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上の空

最近改名した友人のミュージシャン、上の助空五郎

改名前はバロン、と名乗っていた。ボードビルの芸人、ボードビリアンというが、実はどんな芸風なのかイマイチよくわかっていない。

本人はよくチャップリンの話をよく引き合いに出してくれる。ウクレレを弾き語り、踊ったり、パントマイムをしたり、朗読したり。芸風は広い。洒脱で、風刺も効いている。

年齢が同じ、ということもあり、波長が合う。ベタッとした仲ではないが、肝心な機会、要所要所では会っている。

先日は私が彼の改名披露公演に立会った。彼は10年住んだ私の東京の家の引越しに立ち会ってくれた。

元々は近くに住んでいたご近所さんでもあった。その時は、近所に住んでいる別のミュージシャン二人も誘って、その名も「ご近所さん」というバンドをやっていた。「ご近所さんの歌」という歌を共作で作ったこともある。

さて、そんな彼について実はよく知らないことも多い。ただ、会った当初から一つだけすぐに気づいたことがある。

彼は人の話を聞く時、上の空になることがある。それが丸わかりなのだ。恐ろしいほどはっきりと、聞いていないことがわかる。

誰しも経験があるはずだ。長い話、つまらない話、興味のない話、自分に関係のない話。

多くの人は聞いているフリをする。

彼もひょっとしたらフリをしているのかもしれない。が、私には彼の上の空である時がわかってしまう。

気づいた時は、何だコイツは?と思った。ショックだった。人が熱を入れて話しているときに、彼はもうそこにはいなかった。途端に梯子を外された気分だ。よっぽど指摘してやろうか、と思ったが、失礼に当たると思い言えなかった。

しかしその内仲良くなるにつれて、徐々に上の空であることをやんわり伝えるようになった。

今、聞いてなかったよね?

すると、彼はバツが悪そうにすんなりと認めた。パートナーにもよく指摘されると答えた。

聞けば、改名のきっかけもそうなのだという。自分が上の空であることは知っていたが、それが原因でやらかしてしまったことへの反省もあるという。しかし、それを名前にするかね。もはや自虐を通り越している。開き直っているようだ。

呆れたような、軽蔑するような、ある意味尊敬するような、憐れむような気分。

最近は上の空になった瞬間即座に「聞いてる?」「今空の上でしょ?」と突っ込むようになった。彼はその度に驚き(あるいは驚いたふり)「よく分かるね〜」などと言う。その度、私は少し得意な気持ちになる。ちょっと優位に立った気分だ。

しかし彼に隠していることが一つある。

実は、私もよく上の空になるということ。彼の話を聞いている間に、時々上の空になっていること。ヤバい、とは思うのだが、この歳になると(いや、歳は関係ないか)そんなに興味のないテーマに時間を割けなくなっているのだ。

今日も彼の上の空であることを指摘しながら、いつ自分の上の空がバレる日がくるか。ドキドキしながら話をしている。


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