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太陽にほえろ! 1974・第93話「真実の詩」

この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。

第93話「真実の詩」(1974.4.26 脚本・柏倉敏之 監督・竹林進)

永井久美(青木英美)
新井耕一(山本紀彦)
新井治(剛達人・現 剛たつひと)
田所(吉岡ゆり)
新井兄弟の旧知の男(福山象三)
前川信雄(内藤栄造)
中川(朝倉隆)
亀井三郎
直木みつ男

予告編のナレーション
「都会の片隅に起きたスナック殺人事件。容疑者はすぐに逮捕、刑事山村の眼は他の何かを見つめていた。奴をそれほどまでに駆り立てたものは何か? 真実、そして彼の見たものは? 故郷に生きる、昔の恋人の涙と、都会に生きる弟の投げやりな姿だった。」
山さん「奴の真実なんて、悲しすぎるじゃないか」
「次回「真実の詩」にご期待ください」

 山さんこと山村精一刑事(露口茂)主役回。佳作が多い、柏倉敏之さんのシナリオによる「兄弟の絆」と「悲しい真実」の物語。真面目な兄・山本紀彦さんが、無頼の弟・剛たつひと(当時は剛達人)さんを庇って刑務所へ。かつて仲が良かった兄弟が、なぜ断絶したのか? なぜ兄が弟を庇い続けるのか? 山さんは、兄が真犯人ではないと感じていたが、時間切れで検察庁へ送致され、刑が確定してしまう。山さんは苦悩し、自ら再調査を始めるが・・・

 剛たつひとさんの無頼ぶりが、なかなか決まっている。「飛び出せ!青春」の片桐くんが、さらにグレて、渡哲也さんの「無頼」の人斬り五郎のようなワルになりつつある。その感じが実にいい。竹林進監督の演出も、心理描写に重点を置いて、それが視聴者に感動をもたらす。この時期の傑作の一本。

 山さんの覆面車が都内を走っている。新宿の路地。殺人事件の現場となった「スナック・エクセル」では現場検証が始まっている。殿下と長さんが検証している。そこへ山さんが到着。被害者は高木史郎、28歳。店の奥に住み込んでいるバーテンダー。死因は後頭部を殴打され、頭蓋骨骨折。凶器はガラスの花器。死亡時刻は前夜、午後1時前後。山さんは凶器を鑑識に回すように殿下に指示を出す。ジーパンは店の被害状況を調べている。レジスターや帳簿など、だいぶ引っ掻き回している。ゴリさんが第一発見者で、店のボーイ・前川信雄(内藤栄造)を連れてくる。

「俺よ、初めはドアの外で、高木さん、って呼んだんだよ、だけど返事がないから、まだ寝てんのかな、と思ってよ」。それは午前2時ごろのこと。店の中に入ったら、高木が頭から血を流して倒れていた。びっくりしてすぐに警察に通報した。

 捜査第一係。殿下が容疑者が浮かんだとボスに報告。凶器についていた指紋と一致したのは、新井耕一(山本紀彦)、30歳。四年前に窃盗で逮捕された前科あり。町工場に勤めていたとき、事務所の金庫から30万円を窃盗していた。ボスは「よし、重要参考人として連行しろ」と命じる。

 ビル建設現場。ゴリさんとジーパン、長さんが覆面車でやってくる。「新井光一はどこですか?」警察手帳を見せる長さん。新井は上で作業中。刑事たちが来たので慌てて逃げ出す。ジーパン、ゴリさん、長さんが追いかける。足場を走る新井耕一、猛スピードのジーパン、ゴリさん。しばらく走ったところで、ジーパン、後ろから新井耕一に飛びかかる!揉み合う二人。ゴリさんも飛びかかる。取っ組み合いの末、ようやく身柄を確保。

 新井耕一役の山本紀彦さんは、劇団欅在籍中、松竹『吸血鬼ゴケミドロ』(1968年)などに出演。1972(昭和47)年に三船プロダクションに移籍後は『旅の重さ』(1972年・齋藤耕一)などの映画、「気になる嫁さん」「雑居時代」「水もれ甲介」などのドラマで活躍。「太陽にほえろ!」では、本作を皮切りに、第186話「復讐」(1976年)から第703話「加奈子」(1986年)と計7回出演している。

第93話「真実の詩」(1974年) - 新井耕一
第186話「復讐」(1976年) - 脇田芳夫
第284話「正月の家」(1978年) - 田代先生(青少年福祉協会)
第359話「ジョギング・コース」(1979年) - 岡本幸成
第386話「信頼」(1979年) - 津上昭
第406話「島刑事よ、さようなら」(1980年) - 今野係長
第703話「加奈子」(1986年) - 宮本信彦

 取調室。山さんが新井耕一に尋問している。「どうだ、少しは落ち着いたかね?」「申し訳ありません。私がやりました。金が欲しかったんです」。スナック・エクセルを狙ったのは、昼は人がいないと思ったから。鍵は針金で開けた。中に入って物色、金を探した。「金が欲しかったんです」「お前は働いてるじゃないか、生活には困らないはずだぞ。それとも特別に金が必要な理由があったのか?」「誰だって金が欲しいでしょう?」レジスターや引き出しを物色したと自供する。山さんは現場の様子を思い出す。「金は見つかったか?」「はい」10万円あった。耕一の部屋から出てきた金と金額的には一致する。その時に、奥の部屋からバーテン・高木が出てきた。逃げられず、咄嗟にそばにあった花瓶で殴った。山さん、現場の様子を思い出している。証言と一致はしている。男が悲鳴をあげて倒れたので、耕一は怖くなって・・・とスラスラと自供する。

 しかし、山さん「ちょっと待て、どこを殴ったんだ?」「頭です」「頭のどこだ?」「・・・」。山さんは立ち上がり、灰皿を花瓶に見立てて、犯行を再現させようとする。耕一は、山さんの左正面から殴ろうとする。その腕を掴んだ山さん「前から殴ったんだな?」「はい」「そうすると当然、頭の左側に傷ができることになる。ところが被害者は、右後頭部に傷があった。これはどういうわけだね?」「それは・・・あの時は、カッとなっていたもんで」。しばらくして、思い出したと耕一。「あの男は花瓶を掴むのを見て、逃げ出そうとしたので、だからその、後ろから殴りつけました。傷が右にあるのは、きっとそのためです」。

山さん「後ろから殴ったとなると、殺意があったことになるぞ」
耕一「でも本当なんです」

 緊張している耕一にタバコを薦める山さん。頭を下げてありがたがる耕一、タバコを落としてしまい、拾ってフィルターを袖で拭く。山さん「汚れただろう?新しいのにしろよ」しかし耕一「もったいないですから」と遠慮する。美味しそうに煙を吸い込む耕一を見つめる山さん。耕一「私だって、もっとうまいものが食いたいし、派手に遊んでもみたいんです。だから、金がほしくてやったことなんですよ」とあくまでも自分が犯人だと主張する耕一。

 捜査第一係。「これで解決ですね」と殿下。「楽勝、楽勝、こうトントン行くとは思いませんでしたね」とゴリさん。しかし山さん「そいつが気にいらないんだよ」と引っかかっている。ゴリさん「落としの山さんとしてはあっけなさすぎて物足りないってわけですか?」「喋りすぎるんだよ。こっちで聞かないことまで喋りやがる」。逃げられないと思って諦めたのではと長さん。山さんは続ける。「新井がスナックへ行ったのは間違いないだろうな、指紋が残っていたんだから」。凶器に新井の指紋が付着していたし、盗まれた10万円も新井の部屋から見つかっている。それでも山さんは「あんな律儀な男が、遊ぶ金欲しさに人殺しなんかするとは、俺にはどうしても思えないんだよ」。新井には窃盗の前科があるし、と殿下。「前科があるからといって、そう見るのは危険だけどな」と苦労人の長さん。新井が否定しているならともかく、自供しているから「問題ないでしょう」とゴリさん。このシーンを見ていると、逮捕至上主義で冤罪を産んできた日本の警察が垣間見える。

 山さん、ボスのデスクに向かい「送検はやっぱり、もう1日、待っていただけませんか? 納得がいくまで粘ってみたいんです」。ボスは山さんの意を汲んで「いいだろう。送検の期限は明日の5時だからな」と猶予を与える。

 現場監督が、山さんを飯場を案内する。「あの、窓際が新井の寝起きしていたところです」。文机には本やノートがきちんと整理されている。現場監督は「しかし驚きましたなぁ、新井がそんなことをするなんて、とても・・・」と首を傾げる。硬い一方の耕一は、酒も飲まず、ギャンブルもしない、いつも読書ばかりをしていた。「何か、特別に金がいるようなことを言ってませんでしたか? 例えば女とか」と山さん。「え?あの朴念仁が?」と笑い出す現場監督。「じゃ、身寄りは?」「はい、確か、もう両親はいないって。弟が一人いるって言ってました。治とかいう・・・」「治・・・」と山さん。

 新宿ゴールデン街の都電跡。もう線路は撤去されてる。三人のヤクザに殴られているスーツの若者・治(剛達人 現・剛たつひと)。兄貴分に胸ぐらを掴まれ「いいか治、二度とやったら承知しねえぞ!」。しかし治は「チキショウ!」と殴りかかる。他勢に無勢だが、狂犬のような治は抵抗を続ける。兄貴分「このやろう、まだわからねえのか!」とまた殴る。ボコボコにされても立ち上がり、挑みかかっていく治。そこへ山さんが「やめろ!」と駆けつける。「その手を離せ!」と山さん。「なんだてめえは?」挑んでくるチンピラを片手で捻り「俺は七曲署のものだ」。急に、山さんに挨拶をする男たち。

「実はね、こいつは、うちのホステスを引き抜きしやがったものですからね」と言って3人組は立ち去る。別方向に去りかけた治に、山さんが声をかける。「待てよ、兄さんのことで聞きたいんだ」。

 ティールーム「ナカタニ」。山さんと治が座っている。「冷やしたらどうかね」とおしぼりを差し出す山さん。しかし治はノーリアクション。「兄さんが事件を起こしたことは知ってるな?」うなづく治。「遊ぶ金欲しさに、人を殺すような男かね?」「本人はどう言ってんだい?」「自分がやったと認めた」「・・・」「何か事情があるんじゃないかね?」。特別に金が必要だったとか? 治は知らないと開き直っている。「もう、なげえこと会ってないからな」「どうして?」「俺たち、もう兄弟の縁を切ったんだよ」と言って立ち上がり、去ってゆく。このシーンの剛たつひとさんの眼光が鋭くてイイ。「飛び出せ!青春」の片桐次郎として僕らの世代では親しみのある俳優さん。頬の殴られた痕のメイクも、山さんを前に太々しい感じ、このトッポさが魅力である。

 剛たつひとさんは、本名の中沢治夫名義で、竜雷太さん主演「これが青春だ」(1967年)へのゲスト出演がきっかけで「でっかい青春」(1968年)の後半からレギュラー出演。浜畑賢吉さんの「進め!青春」(1968年)、東山敬司さんの「炎の青春」(1969年)と、日本テレビ「青春学園シリーズ」の顔となる。映画は『ゴジラ対ヘドラ』(1971年)、そして日活最後の一般映画となった『八月の濡れた砂』(同年・藤田敏八)に「飛び出せ!青春」の河野先生を演じる事になる村野武憲さんと共演。筆者は、同作のDVDのオーディオコメンタリーで、剛さん、村野さんと対談。その頃のエピソードを伺っている。

また、剛たつひとさんは「太陽にほえろ!」ではマカロニ編の第49話「そのとき、時計は止まった」(1973年)から、第515話「生いたち」(1982年)まで計8話出演している。

第49話「そのとき、時計は止まった」(1973年) - 米田正男


第93話「真実の詩」(1974年) - 新井治
第147話「追跡! 拳銃市場」(1975年) - 河田吾郎
第273話「逆恨み」(1977年) - 上岡武
第332話「冬の訪問者」(1978年) - 川辺
第347話「謹慎処分」(1979年) - 松井新一
第393話「密偵」(1980年) - 大島刑事(花園署)
第515話「生いたち」(1982年) - 内村耕一

 七曲署・取調室。山さんが入ってくると、丁寧に頭を下げる耕一。「どうだ?よく眠れたか?」「はい。みんなお話ししたら、さっぱりして」「留置場の飯はうまかったかね?」「はい」「しかし、箸も付けなかったそうじゃないか」微笑む山さん。「まだ、さっぱりしないことがあるんじゃないかね?」「そんなことはありません」と否定する耕一。山さんはタバコを差し出し「お前の郷里は北海道だったな」。山さんに聞かれるままに、北海道で炭坑夫をしていたことを話す耕一。上京してきたのは5年ほど前。「その時は弟さんと一緒だったのかね?」「そんな話、今度の事件となんの関係があるんですか!」「どんな弟さんだ?」「さぁ、もう長いことあってませんから」。理由を聞かれた耕一は、治を弟とは思っていないと言い放つ。もうお話しすることはないと頑なになる耕一に、山さんは「もう一度聞く、スナックには何をしに行った?」「金を盗みに入ったんです」「なぜ、金が必要だったんだ?」「遊ぶためです」「高木史郎を殺したというのは確かか?」。

「私がやりました!」
「お前は何かを隠している!」
「隠していません!」
「隠しきれると思ったら、大間違いだぞ!」
「俺の眼を見ろ」
「・・・」
「見るんだ!」

 山さんの激しさ。これぞ「落としの山さん」だ。こうして真実に近づいていく。それは山さんが腑に落ちないからなのだ。

「お前の眼が違う、と言っている。何があるんだ新井、本当のことを言ってみろ、なぜお前は本当のことが言えないんだ!新井!」
「いい加減にしてください! もうたくさんだ、あの男は私が殺した、これで十分でしょう? あとはもうどうにでもしてください」
泣き崩れる耕一。男泣きをしている。

 捜査第一係。山さんがボスのデスクへ。部屋には久美しかいない。ボス「どうだい?検事は早く送検するようにって言ってるがね。何か新しくつかめたか?」「いえ」「心象だけじゃどうにもならんぞ」。無言のまま山さん、自分のデスクへ座る。時計は午後5時ちょうどをさしている。そこへジーパンが戻ってくる。新井の部屋から見つかったジャンパーから血痕が検出された。被害者の血液型と一致。状況証拠は耕一が犯人であることを示している。しかし、違う、耕一は何かを隠していると、苦悩する山さん。ゆっくり立ち上がり、ボスに「きっと私の思い過ごしだったんでしょうね」と部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめるボス。

 城南裁判所。法廷で裁判長が「ではこれで判決を言い渡す。主文、被告人新井耕一を懲役9年に処す」。被告席の耕一、呆然と立ち尽くしている。傍聴席のゴリさん、その様子をじっとみている。

 居酒屋、長さんと山さんがカウンターで呑んでいる。山さんの頭の中には「被告人新井耕一を懲役9年に処す」の声がリフレイン。じっと考えている。「どうしたんだ山さん、飲まないのか?」「ああ」「裁判はもう終わったんじゃないか。あれだけ調べて何も出てこなかったんだからな、間違いないよ」「そうだな・・・」。

刑務所、独房でじっと座っている耕一。虚空を見つめる眼・・・。

 捜査第一係。慌てて殿下が入ってくる。新聞記者から、新井が脱獄を図ったことを聞いたと。「逃げたのか?」と山さん。「いえ、すぐ捕まったそうです」「何故だ?控訴もしないで刑に服したのに、どうしてそんなことするんだ?」。山さん、しばらく考えて・・・ボスに「ちょっと行ってきます」と出ていく。

 山さん刑務所へ。署長は「模範囚だったんですよ。それで私たちもつい気を許してしまったんです」。山さん「どうして脱獄する気になったんでしょうかね」。一週間ほど前に、傷害で入所してきたものがいて、それが新井の弟・治をよく知っていた。新井に弟の話をしたら、ひどく興奮した。「新井が変に考え込むようになったのは、それからなんです」。

面会室。連れてこられた耕一、山さんの顔をみて形相が一変する。
「元気か?新井、脱獄なんかして、どうするつもりだったんだ?何か気になることでもあるのか?」
「あんた犯人さえ逮捕すれば、それでいいんだろう?もう、俺のことはほっといてくれ!」
「弟のことが心配なのか?」
「弟とは関係ない!」
「俺にできることはなんでもするから、話してみないか?」

 山さんは耕一のためを思って言ってるんだと優しく語りかける。しかし耕一は山さんに唾を吐きかける。「俺はこういう男だ。わかるか?」自分にはもう構わないでくれと吐き捨てるように言う。

 捜査第一係。山さんがボスに北海道出張の許可を求めている。耕一は弟の話になると興奮する。「二人の間にはきっと何かがあります。それを知るためには、北海道へ行く必要があるんです」「それが今度の事件と関係があるのか?」「いえ、わかりません」「漠然とした話だな」「もう一度原点から洗い直したいんです」「しかし、新井の刑は確定した」「はい」俺たちの仕事は終わったはずだ」「はい」「それでも行きたいっていうのか?」「はい」。

「捜査ということではなく、休暇扱いで良いんです。お願いします」。ボスは無言のまま。「わがまま言ってすいませんでした」と諦める山さん。「まだ寒いんだろうな、北海道は・・・コートを持っていった方がいいぞ」「・・・」。ボスの優しさ、山さんの思い、良いシーン。

 そこへゴリさん、ジーパンが楽しそうに帰ってくる。山さん、ボスに「行ってきます」。ジーパン「どこへいくんですか?山さん」。久美「北海道!」。久美が説明をしようとすると山さん「いやいや、ちょっと湖が見たくなってな」と言って部屋を出ていく。

ジーパン「どうなってるんだ?山さん、急にさ、女学生みたいなこと言い出して」
ゴリさん「しかしな、北海道ってのはいいぞ、湖なんかはどうでも良いけど、毛蟹だろ、とうもろこし、札幌ラーメン、それにジンギスカン鍋ってのがあって、おい、ちょっと聞けよ」
ジーパンも久美も呆れて、どこかへ行こうとする。そんなゴリさんたちを、優しい笑顔でみるボス。

 北海道のボタ山。廃坑となった炭坑。荒れ放題の炭住。ここで新井兄弟育った・・・。運搬トロッコの線路を昇る山さんの後ろ姿。4月の末だが、ボスの薦め通り、いつものとヨレヨレコートを着ている。主のいない炭坑事務所。新井兄弟とは旧知の男(福山象三)に案内され、廃屋となった炭住を歩く山さん。やがて一軒の炭住の扉を開けて「どうぞ」。荒れ放題の炭住。「ここが新井兄弟の住んでいた家なんですね」と山さん。「兄弟の仲はどうでしたか?」「良かったですよ。両親を早く亡くしたせいか、耕一は治の面倒をよく見ていましたよ」「・・・」「その机だって、高校の受験勉強をしている治のために、耕一が自分で作ってやったんですよ」。ボロボロになった手作りの机。山さんが引き出しを引くと、中には一冊のノートがあった。

「3年2組 新井治」とある。山さん、ありし日の新井兄弟に思いを馳せる。セピア色の映像。学生服の治、ランニング姿の炭坑夫・耕一が、明るい笑顔で楽しそうに喋っている。仲の良い兄弟・・・。

山さん「新井耕一はどうして、東京に出ていったのでしょうか?」
旧知の男「山が潰れたから、新しい仕事を見つけなきゃならなかったんだよ」
山さん「しかし、治はまだその頃、中学生だったんでしょう?そんなに可愛がっていたのに、なぜ一緒に連れて行かなかったんでしょうか?何か理由があったんでしょうか?」
「女だよ」
山さん「女?」
「やっぱり、この炭坑にいた女で、耕一はその女と一緒に、東京へ出ていったのさ」
山さん「それで、治はどうしました?」
「随分、恨んでいたな、耕一を。それは見捨てられて、高校へも行けなくなったんだから、無理もないと思うけど、そのうち治はどんどんグレて、中学も卒業しないうちに、フイとここを出ていってしまったんだ」

男は続ける。東京で治に会った者の話では、治は随分荒んだ暮らしをしていた。まだ15歳の治には働き口もないし、耕一を恨んでいて「兄貴とは絶対に会わん」と言っていた、という。

 捜査第一係。電話が鳴る。羽田空港の山さんからの報告。「収穫がありました。新井には女がいたんです」「そんな女、一度も浮かんでこなかったな」とボス。「新井は東京に出てきてから、その女と別れたらしいんです」何か掴めるかもしれないからと、山さんはその足で女を当たることに。

ジーパン「湖に行くなんてしおらしいこと言ってたけど、やっぱり仕事だったんですね。山さん」
ゴリさん「ん、だけどやっぱり、毛蟹は食っただろうな、毛蟹は・・・な?」
ジーパン「食うばっかし」
ゴリさん「毛蟹だぞ」
今回は、あくまでもジーパンとゴリさんは脇役、箸休め的な笑いのシーンが入る。

 住宅街のマイホーム。白いクルマで出勤する夫を見送る妻(吉岡ゆり)。山さんがやってくる「田所さん、ちょっとお伺いしたいことがあるんです。新井耕一のことです」「私、知りません、そんな方」「田所さん、新井が殺人事件を起こしたことは、ご存知ですね?」「耕一さんが?」。田所の妻はそれを知らなかったようで、蒼白となる。

 耕一のかつての彼女・田所を演じている吉岡ゆりさんは、第8回ミス・エールフランスコンテスト準ミス受賞。OSK日本歌劇団出身で、日活ニューアクションの傑作『野獣を消せ』(1969年・長谷部安春)で渡哲也さんの妹役でで出演、新藤兼人監督『裸の十九才』(1970年)などに出演。特撮的には「帰ってきたウルトラマン」第36話「夜を蹴ちらせ」でお馴染み。

応接間。山さんが田所の妻の話を聞いている。
「あの人、新井さんは、私と東京に出てきたものの、いい仕事が見つからなくて、うまく行かなかったんです。それでとうとう私からも離れて行って」
山さん「そうですか」
「だから私・・・」
山さん「今の生活をお始めになったんですね。それっきりですか?新井とは・・・話はここだけのことにしますから」
「・・・」
山さん「新井を助けるためなんです」
「一度だけ、家にきました。3月の末です」
山さん「事件の直前ですね」
「お金を貸してくれ、っていうんです」
山さん「いくら?」
「50万円。私にはそんな大金、とても無理です。だから私、10万円だけ」
山さん「10万円・・・貸したんですね? なんで金が必要なのか、言いましたか?」
「弟さんのためです」
山さん「しかし、新井は弟を見捨てたんでしょう? 仲が悪かったんでしょう」
「あの人は、そのことで苦しんでいたんです。弟さんをなんとか、自分のところに呼び寄せようとして。工場のお金に手をつけたのも、弟さんを呼んで、高校に行かせようとしたからなんです」
山さん「じゃ、治が東京に出てきてからも、二人は会っていたんですか?」
「・・・」
山さん「会っていたんですね?」
「詳しいことは分かりませんが、そうらしいんです。なんだか悪い仲間と付き合っている、って心配していました」
山さん「どうして弟のために金が必要だったんでしょう?」
「弟さんが脅かされているんだ、と言ってました」
山さん「誰に?」
「なんでも、スナックのバーテンとか・・・」

その理由は田所の妻にもわからない。「でもあの人は、そんな事件を起こせるような人じゃありません。きっと何かの間違いです」。目に涙を浮かべている。山さん、何かに気づく。

 捜査第一係。ボスのデスクを囲んで、珍しく刑事たちが椅子に座って捜査会議。長さん「すると、スナックのバーテンというのは高木のことでしょうな」。殿下「高木は新井の弟を強請ろうとしていたのか」。ゴリさん「それをなんかのきっかけで新井が知った」。ジーパン「つまり新井は、金を取りに行ったんじゃなくて、反対に金をわたしに行ったってことになりますね」。殿下「ところが新井は高木と喧嘩になって殺した」。ゴリさん「すると、動機が違っていた、わけですか?」。状況説明の台詞を割って、各刑事が喋っていく。「太陽にほえろ!」の常套手段だけど、段取りっぽくなく、説得力があるのは、それぞれのキャラクターが視聴者の中で確立しているからでもある。

山さん「いや、それだけではない。新井がスナックに行ったとき、治がそこにいた、ってことだって考えられるだろう?」
長さん「すると真犯人は治で、新井はそれを被るために、自分で罪を背負ったというわけか?」
山さん「いや、これはあくまでも想像だがね」
ボス「うん・・・」
ジーパン「いずれにしても、なんとなく真実が見え始めたって感じですかね、山さん」
山さん「・・・」
ジーパン「どうしたんですか?」

山さん「いや、もうたくさんだな、真実なんて」
ジーパン「どういう意味ですか?」
山さん「新井兄弟が、そこまで追い詰められて行った気持ちを考えると・・・悲しすぎるじゃないか」

「悲しすぎるじゃないか」これを言った時の山さんの目に涙が浮かんでいる。露口茂さんの芝居、本当にうまい。ここで視聴者は山さんの心情に共感する。これが「太陽にほえろ!」の大きな魅力である。ボス、ジーパン、ゴリさん、殿下、長さんの顔がインサートされる。誰もが山さんの「悲しすぎるじゃないか」に共感している。この「心情のドラマ」に、多感な時期に出会えたことは本当に良かったと思う。

 山さん、ゆっくりと立ち上がり。ボスに「新井の弟を洗ってきます」「ああ」。部屋を出ていく山さん。ボス「ジーパン、ぐずぐずするな、捜査はやり直しだ!みんな山さんを応援してくれ」。全員、立ち上がり、再捜査に取り掛かる。この「立ち上がる」芝居のために、全員が椅子に座っていたのか。「心情のドラマ」から「アクションドラマ」へ転換する瞬間。大野克夫さんの音楽もスピーディーな「追跡のテーマ」となる。

 ジーパンとゴリさん。住宅街を歩く。治のアパートの下、山さんと合流する二人。「あ、山さん、治は?」「もう引っ越したそうだ」「引越し先は?」「逃げたんでしょうか?」「よし、みんなで手分けして治の行方を追ってくれ!」と山さん。

ミツワ運送店。長さんと殿下が治の行方を聞き込み。
ガード下で、バーテン風の男に聞き込みをする山さん。
早稲田弦巻町を歩く、殿下と長さん。ロングショットが効果的。
キャバレーのボーイに聞き込みをするジーパン。
商店街を歩く山さん。
ゴリさん、路地裏でチンピラに力づくで迫る。

 七曲署・屋上で佇む、山さん。立ち並ぶ高層ビル街、その下にまだ残っているアパートや民家にズーム。それにダブって、セピア色のイメージショット。仲睦まじくしている耕一と治の兄弟。耕一の笑顔。治の笑顔。それを消してしまった「悲しい真実」。山さんの悲しい表情。スナックで後ろからバーテン高木史郎を、花瓶で殴打する治のイメージショット。それを目撃してしまった耕一の驚愕の表情。山さんが一歩ずつ近づいてきた「悲しい真実」。取調室で「私がやったんです、私が」と自白する耕一。刑務所で「弟は関係ない!」と絶叫する耕一。山さんの胸に去来する複雑な思い。

「いい兄弟が・・・なぜだ? なぜなんだ?」山さんの心の声。

 屋上にゴリさんが上がってきて「治の仲間らしい男が浮かんできました。中川っていうんですがね。治と一緒にキャバレーで働いていたって言うんですよ。治の行先、知ってるんじゃないですか?」と報告する。走り出す山さん。

 スナック喫茶・パークサイド。サングラスの山さんとゴリさんが入ってきて、ウエイターに中川の席を確認。中川(朝倉隆)が立ち上がる。「中川だね?新井治を知ってるな?」と山さんが言ったところで、二人を振り切って走り出す。ゴリさんと山さん、中川を追って取り押さえる。「なんだよ、あんたたち!」「七曲署のもんだ」「俺は何もしてねえ」「どうして逃げた?」と連行する。

 取調室。山さんは中川に「新井治のやったことはわかっているんだがね、君も共犯かね?」「違うよ、俺は金を取っただけだ」「ふーん、どこの金だね? 今更誤魔化せるかと思ったら、大間違いだぞ」「ムーライトってキャバレーに勤めていた時、治と一緒に・・・」「いくらだ?」「全部で100万ぐらい」「その店には高木ってバーテンもいたんだな?」「・・・」「そしてお前たちは、高木に見つかって強請られた、50万円寄越せとな、そうだろ?」。うなづく中川。「それでどうした? はっきり言ってみろ!」「俺じゃない!高木を殺したのは治なんだ!」。

「そうか、やっぱり治がやったのか・・・」

 治がスナックに5万円を持って行ったが、高木に「そんな端金じゃダメだ」と言われた。そのうちに喧嘩になって、治が突き飛ばすと、花瓶が高木の頭の上に落ちてきて、頭を強打した。それが真実だった。「それで今、治はどこだ? どこにいるんだ!」怒鳴る山さん。

 高級ラウンジ。山さんとゴリさんが現れる。カウンターで飲んでいた新井治が、二人に気づく。鋭い眼光。剛たつひとさんの眼が実にいい。ゆっくりと近づく山さんとゴリさん。治は観念したような表情を一瞬見せるが、立ち上がって逃走。裏口階段を降りて逃げる治。ゴリさん、走る。山さん、走る。路地裏、道路、路地裏と疾走する治。懸命に追いかけるゴリさん、山さん。治を路地に追い詰めるが、治は懐から匕首を出して構える。日活映画「無頼」シリーズの渡哲也さんのようにカッコいい。剛たつひとさんは、こういうアウトロー映画が似合ったと思う。時代がもう少し早ければ、日活アクションではかなりいい感じだったのでは、と思わせるほど、立ち姿が決まっている。

 ゴリさん「バカな真似はやめろ!」。後から来た山さん、ゴリさんの肩に手をかけ「俺に任せてくれ」。ゆっくりと治の方へ。「近づくな!」と叫ぶ治、匕首を構えるが、すでに腰は引けている。去勢を張るには、山さんの迫力に気圧されてしまっている。「刺すぞ! とまれ!」。

「治、お前は兄さんに罪を着せておいて、平気なのか?」
「あいつは、俺を見捨てやがったんだい! そのために、俺がどれだけ苦労したか、中学生の俺がな!」
「・・・」
「あいつがどうなろうと、俺の知ったことか!」
「兄さんはな、それで苦しんでたんだよ、お前がグレたのも自分の所為だと思ってな」
「うるせえ、あいつは、俺が金を借りに行った時も、自首しろって言っちゃ、何にも助けてくれなかったんだ・・・」
「兄さんはな、お前のために話をつけようと思って、高木のところ行ったんだ」

「来るな!」と匕首を振り回す。
「治!お前にはまだわからないのか?」
「あいつは俺を売りやがったじゃないか!」
「お前のことを話したのは新井じゃない、中川なんだぞ」
「なにぃ?」
「新井は最後までお前のことを、一言も喋らなかった。お前を庇ってな。どこまでも自分で罪を被るつもりなんだぞ。これが兄さんの、お前への精一杯の気持ちなんだ、わかるか?治」

治、ゴリさん、山さんのショット。
「それでも俺を刺して逃げる気か? 刺せるなら刺してみろ」
治、目に涙を浮かべている。ピアノのテーマが流れる。山さんのアップ。
「わかってやれよ、兄さんの気持ちも、そのためには、お前が自分の罪を認めて、兄さんの無実をはっきりとさせてやることだ。どうなんだ治!」
治、匕首を持つ手を緩めている。
「北海道時代の二人に戻るんだ、仲のいい兄弟に・・・」山さんの優しい表情。治は山さんの顔を見上げる。狂犬のような眼光はうすれ、少年時代の顔に戻っている。俯いて、匕首を持つ手を離し、その場にうずくまり号泣する。山さんの目にも涙が浮かんでいる。「兄さん・・・」。治は、ゆっくりと泥まみれになった両手を山さんに差し出す。山さんが手錠をかけると、治は声をあげて泣いて、山さんの膝に頭を埋める。

 刑務所。釈放された耕一が出ていくる。近所で遊ぶ子供達の声。耕一の目の前に山さんが立っている。一瞬、顔を背ける耕一。
「新井、弟さんからの言伝がある。いいか、そのまま言うぞ。兄貴、すまなかった、許してくれ、俺のことは心配しないでくれ、元気でな」
「本当に、本当に治がそう言ったんですか?」
「お前の、本当の気持ちが、わかったんだろうな、会いたがっていた」

涙を浮かべる耕一。
「行ってやれよ」
山さんに頭を下げる耕一。その肩に優しく手をかける山さん。耕一、ゆっくりと歩き出す。見送る山さん。そこへボスのクルマがやってくる。黙って「乗れよ」の仕草。助手席に乗る山さん。見事なラストシーン。


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