見出し画像

六十年代青春スターの共演『男はつらいよ 柴又慕情』(1972年8月5日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年5月27日(土)「土曜は寅さん!4Kでらっくす」(BS テレ東)で第九作『男はつらいよ 柴又慕情』放映! 拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)から、放映作品を抜粋してご紹介します。(期間限定)

 シリーズ第九作『男はつらいよ 柴又慕情』に、九人目のマドンナとして登場したのは、一九六〇年代の日活で青春スターとして活躍した吉永小百合さん。日本一のトップ女優として、その活動の場を映画からテレビにシフトした頃です。日活時代、『ガラスの中の少女』(一九六〇年・若杉光夫)から相手役として、四十三本もの青春映画で共演した浜田光夫さんとの「純愛コンビ」で、『キューポラのある街』『赤い蕾と白い花』(一九六二年)『いつでも夢を』『潮騒』(一九六三年)、『愛と死をみつめて』(一九六四年)など数々の名作で、日本の青春をスクリーンで演じてきた永遠のヒロインです。

 田園調布のお嬢さん、金持ちの令嬢なども演じてきましたが、『いつでも夢を』などで演じたのは、東京の下町、足立区や荒川区の町工場が多いエリアの下町のアイドル的存在の女の子。ちょうど同じ頃、山田洋次監督は倍賞千恵子さんのヒット曲をモチーフにした『下町の太陽』(一九六三年)を演出しています。

 いずれも、タコ社長の経営する朝日印刷のような町工場が映画に登場し、そこにつとめる青年とヒロインの恋という物語が展開していました。

 東京オリンピック直前、高度経済成長を支えたブルーカラーの若者たちの青春が映画館のスクリーンで繰り広げられていました。

 ぼくは最初『下町の太陽』を、吉永小百合さんの『ガラスの中の少女』『いつでも夢を』のバリエーションとして観ていました。オリジナルは日活映画にあると、漠然と思っていました。そう指摘している文献も少なくありません。ある日、小百合さんが日活に入社する前に松竹で出演した『朝を呼ぶ口笛』(一九五九年・生駒千里監督)が、荒川沿いを舞台にしていることに気づきました。あ、これが原点だったんだと。

 その前年、昭和三十三(一九五八)年、早乙女勝元原作、山田洋次脚本、井上和男監督『明日をつくる少女』という作品を、大瀧詠一さんに見せて頂く機会がありました。早乙女勝元さんの「ハモニカ工場」を原作に、助監督時代の山田監督が脚色した、荒川沿いの町工場を舞台にした青春映画です。

 さて、吉永小百合さんと倍賞千恵子さんは、日活と松竹のスターとして、それまで共演作品はありませんでしたが、一九六〇年代から交流があったそうです。さくらと歌子の青春時代、考えるだけでも、嬉しい気持ちになります。

 『柴又慕情』で吉永さんが演じたのは、小説家の父・高見修吉(宮口精二)とのコニミュケーションに悩む、結婚適齢期のOL・高見歌子。学生時代の仲間、みどり(高橋基子)とマリ(泉洋子)と共に、北陸路を旅しているときに、寅さんと出会います。その出会いが、迷っていた彼女の背中を押して、新しい人生へと踏み出す原動力となります。

 これまで様々なマドンナが登場してきましたが、二十代後半のOLが抱く等身大の悩みを、吉永さんが演じています。そういう意味では、日活青春映画で吉永さんが演じてきたヒロインの「その後」として見ることが出来ます。

 この『柴又慕情』は、女性映画としても優れた作品となっています。父と娘の二人暮らし。結婚すれば、お父さんの面倒を見る人がいなくなる。そんな風に婚期を逃してしまったヒロインの物語といえば、小津安二郎監督の『晩春』(一九四九年)の笠智衆さんと原節子さんを思い出します。この『柴又慕情』での宮口精二さんと吉永さんの父娘は、そうした松竹大船伝統の味が息づいています。

 もちろん日活映画ファンの眼で見れば、宮口さんと吉永さんは、中平康監督の『光る海』(一九六三年)でも父娘役を演じているので、そうした面白さもあります。山田監督作品としては、不器用な父親とコミュニケーション不全の子供の物語、という数多くの作品に通底するテーマでもあります。といった様々な楽しみ方があります。

 一方、われらが寅さんは、柴又に戻って早々の「貸間あり騒動」が落語的でもあり、シリーズ屈指の面白さです。博とさくらが、アパート暮らしを辞めて一軒家を持とうと一念発起、タコ社長やおいちゃんたちが精一杯の応援をします。一年中旅暮らしの寅さんの部屋を貸間にして、その家賃を少しでも足しにしてあげたい、というおいちゃんの親心です。そこで軒先に吊るした「貸間あり」の札。周旋屋にお願いしているのなら出す必要ないのに、というのは野暮です。「貸間あり」という札が大事なのです。

 『貸間あり』で思い出すのが、井伏鱒二さんの小説と、川島雄三監督による昭和三十四(一九五九)年の喜劇映画化です。フランキー堺さん、桂小金治さん、淡島千景さんが出演された佳作です。もちろん『柴又慕情』「貸間あり騒動」とは何の関係もありませんが、「貸間あり」の風情が、映画ファンに刺さるのです。

 その札をぶら下げているところに、折悪しく寅さんが帰ってきます。それを見た寅さん。プイッと踵を返して出ていってしまいます。

 ならばと不動産屋で部屋を借りようという行動に出るわけです。まずは、金町駅前の林不動産で部屋を探しますが、不動産屋の社長(青空一夜)は、寅さんの風体を見て、他の不動産屋(桂伸治、現・桂文治)を紹介します。そこで、ラジオでも紹介した寅のアリア「理想の大家の条件」を滔々と語ります。プロの噺家を前に、独り語りをする寅さん。不動産屋に扮したのは、漫才師・青空一夜さん、続いて落語家・桂文治師匠、そして最後に登場するのが、冒頭に紹介した佐山俊二さんです。佐山さんは浅草の軽演劇出身。漫才師に一瞥され、落語家に呆れられ、最後は軽演劇のコメディアンを笑わせるという展開でもあるのです。おそるべし寅さんの話芸です。このあたり、山田監督の喜劇的キャスティングのうまさが味わえるのです。

 そして歌子が自身の幸せを求めて前向きに生きる決意をすることで、寅さんの楽しい日々が終わります。たびたびラジオでもご紹介してきましたが、この『柴又慕情』は、ラスト近く、江戸川土手での寅さんとさくらの、あにいもうとの別れのシーンです。

「じゃぁ、どうして旅に出ちゃうの?」「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ」

 寅さんがなぜ旅に出るのか? 失恋して傷ついたから、だけでなく、自由気ままに空に浮かぶ雲になりたくて、旅に出るのです。永遠の旅人・車寅次郎に、ぼくらが憧れるのはこの自由さなのです。

この続きは、拙著「みんなの寅さんfrom1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。



よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。