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『美しい暦』(1963年・森永健次郎)


 吉永小百合と浜田光夫。純愛カップル、ゴールデンコンビと呼ばれ、昭和30年代後半から40年代にかけて、日活のスクリーンでフレッシュな魅力をふりまいた。まだアイドルという言葉がない頃、吉永小百合が連続して主演した日活青春映画で、同世代ばかりでなく、幅広いファン層を獲得。その小百合映画の原作で最も多かったのは、石坂洋次郎作品。

 戦後民主主義と新しい時代の若者像を、独特のダイアローグで描いた石坂文学は、青春映画に限らずアクション映画でも「個人の自立」を尊重し、描き続けてきた日活映画のカラーにぴったり。石原裕次郎の『乳母車』(1956年)や『陽のあたる坂道』(1958年)に始まる日活での石坂文学の映画化は、吉永小百合というヒロインを得て、1960年代にそのピークを迎える。

 この『美しい暦』が公開された昭和38(1963)年には、吉永主演で『青い山脈』(1月3日)、『雨の中に消えて』(3月17日)、『美しい暦』(8月11日)、『光る海』(12月25日)の四本が作られている。

 『美しい暦』は、地方都市の女子校生徒の恋への憧れと、型破りな教師と美人教師との恋愛、そして男女交際に無理解なベテラン教師の存在などなど、石坂文学を象徴するエレメントで構成されている。ヒロインのクラスメートには、お妾さんの娘がいて、それが保守的な地方都市のなかで微妙な存在となっている。

 「青い山脈」や「若い人」の題材の良い意味でのリフレインが見られる。昭和26(1951)年には、桂木洋子をヒロインにして松竹で初めての映画化がされている。

 石坂洋次郎は明治33(1900)年、青森県弘前に生まれ、慶応大学卒業後、大正15(1926)年から十二年間に渡り、秋田県立横手高等女学校(現・横手城南高校)で教鞭をとっている。その時の経験を文学に昇華させた「若い人」が昭和12(1937)年に映画化され、石坂洋次郎映画というジャンルが誕生する。東北、しかも学校という保守的な世界のなかで、生命力にあふれた若い女学生たちのエネルギーにふれることで出来上がった石坂文学は、戦後の青春映画にとって格好の題材でもあった。

 本作の舞台は、プレスシートには「東北の素朴な学園」とあるが、ロケーションは長野県松本市。松本城がランドマークとして効果的に登場している。吉永小百合は、女子高校二年生で演劇部で活躍している、質屋の娘・矢島貞子。叔父夫婦と出かけた山で、浜田光夫演じる田村邦夫と出会い、ほのかな恋心を抱いている。田村は県立東高校三年生でやはり演劇部。

 映画は、貞子の田村への淡い想いと、化学の教師で水泳部顧問の村尾先生(芦川いづみ)と美術の武井先生(長門裕之)の恋愛が描かれる。貞子の親友で演劇部の部長・吉村春枝を演じたのは白樹栞。春枝は妾腹だが、母親(山岡久乃)と酒を酌み交わす屈託のなさがある。お祭りの晩、むしゃくしゃし貞子と、春枝が酒を飲むシーンの吉永小百合は実にチャーミング。

 貞子の母を演じたのは、成瀬巳喜男映画などでおなじみの往年の美人女優・丹阿弥谷津子。余談だが、後年『釣りバカ日誌』シリーズで、三國連太郎扮するスーさんの妻・久枝を演じることになるが、本作で妹役を演じた奈良岡朋子もまた『釣りバカ日誌9』(1997年)から、スーさんの妻役で出演している。

 吉永小百合の若い生命力からくる美しさと、芦川いづみの清楚な美しさ。日活映画が誇る二大ヒロイン女優の共演は、いつまでも瑞々しく感じられる。二人が、武井先生が書いたハガキを盗み読むシーンの楽しさ。松本城近辺の風景のなか、ハガキを読む二人のむつまじさは、教師と生徒という関係ではなく、女性同士の連帯感を感じさせる。

 自転車に乗るシーンの撮影で、肉離れを起こして発熱した吉永小百合を、芦川いづみが、夜を徹して看病したというエピソードが残されているが、この時から吉永小百合は芦川いづみを「マリア様のような人」と称することになったという。

 武井先生に憧れる、眼鏡をかけた女子高生・相川フミに扮した松岡紀公子は、現在の松岡きつこ。本作における「保守」代表の家庭科教師・浅川先生には、ベテラン女優・細川ちか子。彼女が生徒たちに与えるプレッシャーは、石坂文学においては、常に打破されるべき、古く悪しき権威の象徴でもある。そういう権威主義をヒロインや、若い先生が打ち破っていく爽快さが、青春映画のさわやかさでもある。

 東高演劇部との合同サイクリングで、「ロミオとジュリエット」の口調で会話をするシーン。貞子がふてくされて放つセリフにもご注目! 戦前の日活多摩川時代から、昭和29年の再開日活へと、風俗映画や青春映画を得意とした森永健次郎監督のさわやかな演出が楽しめる一篇。

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