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 昭和39(1964)年。小林旭に大きな転機が訪れた。美空ひばりとの理解離婚、永年在籍していたコロムビアから、新生日本クラウンへの移籍。斜陽になりつつあった映画産業の中、「シリーズ男」と呼ばれ、昭和30年代半ばを駆け抜けて来たマイトガイの原点回帰を目指して、「渡り鳥」「流れ者」のプロデューサー児井英生が、野村敏雄の「夜を賭けろ」を原作に、「渡り鳥」タイプの主人公による無国籍テイストの活劇『さすらいの賭博師』(64年8月5日・牛原陽一)を製作。「さすらい」や「ズンドコ節」など往年のヒットを挿入しつつ、ギター片手の主人公が、兄と恋人を殺した犯人を探す放浪の旅を続けるパターンでシリーズ化。

『黒いダイスが俺を呼ぶ』(64年10月30日・井田探)、『ギター抱えたひとり旅』(64年12月19日・山崎徳次郎)、『投げたダイスが明日を呼ぶ』(65年2月13日・牛原陽一)、『さすらいは俺の運命』(65年4月3日・井田探)と八ヶ月で五作も作られた。

「賭博師シリーズ」は黄金時代もかくやのハイペースで連作、この間に小林旭は日本クラウンに移籍、64年10月15日「ギターかかえたひとり旅/宇宙旅行の渡り鳥」「自動車ショー歌/ほらふきマドロス」のシングル二枚同時発売を果たし、「ほらふきマドロス」を除き「賭博師シリーズ」の主題歌や挿入歌として使われている。

 主人公・氷室浩次は、革ジャンやダスターコート、テンガロンハットのウエスタンルックを身にまとい、それまでの無国籍ヒーローを再生させたキャラクター。「悪魔の左手」と呼ばれる凄腕のギャンブルテクニックと、回を追う毎にエスカレートする驚異のスタント・アクションが売り物となり短期間に定着していった。

 時はあたかも空前の007ブーム。ジェームズ・ボンドの荒唐無稽なダンディズムが世の憧れとなっていた。日本映画のアクションにも次第にスマートな007を意識したものが増えていた。東宝では三橋達也の「国際秘密警察」シリーズ(64〜67年))、宝田明の『100発100中』(65年12月))が作られていた。機を見るに敏な企画者・児井英生は、この007テイストを「賭博師シリーズ」に加えリニューアルをはかる。

 そこでモダンなセンスを持つ異才・中平康を起用。ニューフェイス試験で小林旭を見出した中平は、裕次郎の『狂った果実』(56年)で内外の高い評価を受け、『あいつと私』(61年)などの佳作をものしていた。同時に、宍戸錠の『危いことなら銭になる』(62年)などのコミカルでモダンな活劇を手掛けていた。旭とは『殺したのは誰だ』(57年)以来。

 『黒い賭博師』の氷室浩次は、それまでの孤高のヒーローから一転、キャラクターも一新、レギュラー的存在のチョンボや、時子ママ、花田刑事らとの連携プレイも強調され、全体をモダンなテイストのコミック・アクションとしてリニューアル。これまでヤクザ組織相手だったのが、国際賭博団のプロフェッショナルなギャンブラーたちが続々登場。小池朝雄の犬丸、高橋昌也のモノクルの楊といったファンタスティックなキャラクターらと、徹底的にキザな氷室があの手この手のギャンブル合戦を繰り広げる。ベテラン益田喜頓の飄々とした味!

 ヒロインにはセクシーな冨士真奈美。氷室の「悪魔の左手」を狙う敵側の放った女スパイ的存在が、いかにも007時代。高級外車に乗り、賭博のみで生計を立てているプロフェッショナルの氷室には、これまで背負っていた過去の十字架の重みは微塵もない。徹底的にドライでクール、そしてコミカル。中平が提示したのは脱「渡り鳥」の都会派アクション。

 主題歌は「自動車ショー歌」を賭博ネタに置き換えた映画オリジナルの「賭博唱歌」。未CD化なのでぜひサントラ盤の発売が望まれる。挿入歌「遠い旅」(65年4月1日発売)は、敵に叩きのめされた氷室が復活を遂げるハードボイルド常套のシーンで効果的に使われる。ラストでもキャッチ的に流れるが、その汽車の場面はそれまでのシリーズを踏襲したもの。中平康が引き続き取り組んだ『野郎に国境はない』(65年11月13日)でもワンフレーズ使われている。

 回を追う毎にエスカレートしてきたアクション場面だが、本作の撮影中、冨士真奈美を抱えて逃亡するシーンで小林旭は大けがを負う。三十五日も昏睡が続く事態となったが、強運のマイトガイは見事に現場復帰。映画を完成させてしまった。

 本作でリニューアルに成功、シリーズは続いて江崎実生の『黒い賭博師 ダイスで殺せ』(65年10月8日)、中平康の『黒い賭博師 悪魔の左手』(66年1月27日)へと続く。


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