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『明日は月給日』(1952年・松竹・川島雄三)


 昭和20年代から30年代にかけての邦画を観る楽しみに、映像による当時の東京探訪がある。川島雄三監督は特に、ロケ地にはこだわりがあり、登場人物たちの生活や仕事の場としての風景は、貴重な時代の記録となっている。

 『ニコニコ大会 追ひつ追われつ』(1946年)や『とんかつ大将』(1952年)の浅草や隅田川界隈などの下町。『学生社長』(1952年)や『新東京行進曲』(1953年)、『銀座二十四帖』(1956年)などの銀座風景も、変わりゆく東京、変わらない都会を定点観測するよろこびがある。

 『明日は月給日』は、昭和27(1952)年11月27日に公開された。原作は雑誌「平凡」所載の宮崎博史、北町一郎、鹿島孝二共作の同名読み物。コロムビアレコードの鶴田六郎と久保幸江の同名デュエットソング(作詞・石本美由紀 作曲・上原げんと)を主題歌にしたメディアミックス企画。この頃の雑誌「平凡」は、映画スターの話題や新作映画の情報など中心に編集され、庶民ための芸能メディアだった。

 原作者・宮崎博史はのちに、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」タイアップ小説を雑誌「平凡」に連載、大映で映画化されている。北野一郎は新東宝映画『三等社員と女秘書』(1955年・野村浩将)の原作をスポーツニッポンに連載したり、東宝『へそくり社員とワンマン社長』(1956年・小田基義)の原作など、映画化を前提にしたサラリーマン小説を執筆。松竹映画『若旦那武勇伝』(1954年)の原作でスポーツニッポン連載の「火炎樹」の鹿島孝二は、『おとこ大学 婚前教育の巻』(1954年・田畠恒男)や『おんな大学』(1955年・穂積利昌)などの原作の新聞連載小説を数多く手掛けた。

 この時代、宣伝部が映画のパブを兼ねて、原作小説としてスポーツ紙や雑誌の連載を仕掛けていた。映画中心に各メディアが動いていた時代ならではのこと。

 さて、この年4月、サンフランシスコ講和条約が発効され、連合軍による占領が終結。街角からGIやMP(ミリタリー・ポリス)の姿が激減し、PXとして接収されていた銀座和光や松屋銀座デパートが営業再開した。

 石原鉄太郎(日守新一)と妻・雪乃(英百合子)は子沢山。目黒区、緑ヶ丘の石原宅には、サラリーマンの次男・英二(高橋貞二)、アルバイトに忙しい大学生の三男・敬三(鶴田六郎)、探偵小説好きの中学生の四男・トメオ(前田正二)、デパートで研修中の高校生の三女(東谷瑛子)、小学生の四女(青木美奈子)たちが賑やかに暮らしている。

 さらには早世した長男の小学生の息子・太郎(宮田英夫)が同居している。太郎が上手にハーモニカを吹いているが、宮田英夫の父は、日本を代表するハーモニカ奏者・宮田東峰。昭和元(1925)年には「ミヤタハーモニカ」を監修、本作でも太郎が吹いている。余談だが、宮田英夫少年は、ジャズフルート奏者となり、現在も活躍中である。

 その太郎の母で、長男の未亡人・由美(幾野道子)は、新橋烏森口の「からす森飲食街」で小料理屋「若竹」に住み込みで切り盛りしている。

 また、石原家の敷地の離れには、雑誌編集長の長女・夏代(望月優子)と銀行員の夫・古垣(渡辺篤)が住んでいる。さらに、半年前、結婚して大阪に住んでいるのが、次女・龍子(井川邦子)と小心者のサラリーマン亭主・清水(大坂志郎)。

 大家族、それぞれのエピソードを巧みまとめているのが、脚本の柳沢類寿。家庭劇であると同時に、当時流行のサラリーマン映画でもあるので、これだけのキャラクターをさばくのは、なかなか大変。それでも子役に至るまで、印象的なエピソードをちりばめていて、いつみても感心する。

 石原家の最寄駅は、東急大井町線・緑ヶ丘駅。昭和4(1929)年の開業時には「中丸山駅」という名前だった。昭和8(1933)年に緑ヶ丘駅に改称された。そこから、鉄太郎と英二、そして娘婿・古垣は銀座へと通勤している。「明日は月給日」をヒットさせるのが目的の「歌謡映画」でもあるので、物語は「月給日」の前日、金曜日から始まる。銀座通りに面した「日本一産業」の会計課長・鉄太郎が、ビルの一階にある「東京銀行」の窓口係で、娘婿・古垣から社員の給料を引き出すところから物語が始まる。英二は(おそらく)父の縁故で、「日本一産業」に勤務している。

 ところが「三等重役」の平専務(北龍二)から、大事な取引先から材料を現金で購入したいので、給料の資金から300万円用意しろと命ぜられる。「日本一」産業の「平」専務というネーミングに遅れてきたファンはニヤリとする。なんだか植木等の無責任男が出てきそうで(笑)支払いに回すと給料の遅配となる。しかも日曜と月曜と二日続けての連休。明日の土曜は、みんなが楽しみにしている給料日。会計課長・石原鉄太郎は頭を悩ませる。

 というわけで、ここからサラリーマン映画として「宮仕えはつらいよ」の物語となる。のんびりした性格の次男・英二は、仕事よりも彼女との交際しか頭にない。高橋貞二ののほほんとしたキャラクターは実に魅力的。その英二が交際しているのは、日本橋高島屋の特別食堂に勤めている・岩間はる子(紙京子)。日本橋高島屋は、昭和8(1933)年に開店した老舗の百貨店。二人がランデブーする屋上遊園には、この頃、タイからやってきた象の「高子」が飼育されていて、子供たちに人気があった。

 昭和25(1950)年、タイに出張した高島屋の社員が、生後間もない象を譲受け「屋上遊園地の目玉になる」と連れて帰ってきた。山口県下関に船で到着、貨物列車で汐留駅に運ばれ、新橋から日本橋高島屋まで鳴り物入りのパレードをして話題となった。この象は、店名にちなんで「高子」と呼ばれ、屋上遊園地には子供達が殺到。余談だが、成瀬巳喜男『銀座化粧』(1950年)で、田中絹代の息子・春雄が、ある日曜日、行方不明になり大騒ぎとなる。銀座にほど近い木挽町の自宅から、坊やはどこへ行ったのか? かつて大瀧詠一さんと『銀座化粧』のロケ地特定をしたときに、大瀧さんは「象の高子」を見物に行ったのではないか?と推理。その根拠は、坊やの行動ルートを映像に映った建物から類推して、日本橋方向と特的することができた。ちょうど「高子」が東京の子どもたちの注目の的だった時のこと。

 はる子の父は落語家・今昔亭なん馬(古今亭今輔)で、いまは怪我をして高座を休んでいる。そのなん馬の弟子・今昔亭とん馬(桂小金治)は、はる子に恋をしていて、英二との交際を邪魔する。恋敵となる二人だが、桂小金治は愛嬌のあるキャラなので、嫌味がない。松竹、日活、東宝と川島作品の常連となる小金治師匠は、人形町末廣亭に出ているときに、川島雄三に声をかけられ『こんな私じゃなかったに』(1952年)の幇間役でスクリーンデビュー。これが2作目となるが、コメディリリーフとして快調な演技を見せてくれる。

 師匠・なん馬の家で「陰陽」をマクラに「小言幸兵衛」の稽古をつけてもらうシーンに続いて、寄席「新橋烏笑亭」の高座のシーンがある。とん馬の前、「祇園小唄」を歌っている漫才は「都上英二・東貴美江」コンビ。昭和20年代には、まだ街場には小さい寄席がたくさんあった。ここで、とん馬は「まんじゅうこわい」をマクラに噺を始めるが、英二とはる子が中座したので、うろたえて、高座は滅茶苦茶になる。

 この「新橋烏笑亭」は、幾野道子の由美の小料理屋「若竹」の近くにある。「若竹」は仕事帰りのサラリーマンの憩いの場。石原家の面々もなにかにつけて、ここに集まる。三男の敬三(鶴田六郎)は、テープレコーダーのセールスのバイトをしており、由美の店でデモンストレーションを頼んでいる。で、敬三は「若竹」の隣のコーヒーとライスカレーの店「ミステーク」の女の子(久保幸江)と良い仲で入り浸り。ここでコロムビアの歌手・鶴田六郎と久保幸江が、主題歌「明日は月給日」をデュエット、テープレコーダーに吹き込むシーンがある。

 このあと夫婦喧嘩をして大阪から家出してきた次女・瀧子(井川邦子)を追ってきた夫・清水(大坂志郎)が、由美に、体裁をつくろって「瀧子を伊豆の温泉に連れて行く」とリップサービス、それを瀧子が録音していて・・・という、テープレコーダーの笑いが後半にも出てくる。

 土曜日の昼休み、英二とはる子は、議論をしながら銀座界隈を歩き続けている。前述の『銀座化粧』で、田中絹代が堀雄二を東京案内するシーン。銀座の三十軒堀川の埋め立て工事が描かれているが、『明日は月給日』では、その工事が完成して「三原橋地下街」が出来ている。高橋貞二の英二と、紙京子のはる子が、会話をしながら、地下街の階段を降りるカットがある。この「三原橋地下街」は昭和27(1952)年12月1日に正式オープンするから、その直前に撮影されたことになる。まだピカピカの階段。東京の映画ファンには、その後銀座地球座、平成になると銀座シネパトスとして親しまれ、耐震性の問題で地下街を取り壊すことになり2013年に閉館。2020年には完全に埋め立てられた。

 歩きながらも激しく応酬する二人。はる子の父・なん馬の療養費のために、はる子は高島屋をやめて退職金をもらい、その後はファッションモデルでも、給料さえよければバー勤めでもいい、と考えている。それに反対する英二との口論が続く。

 二人は、そのまま晴海通りを築地方向に歩く。万年橋の下には築地川が流れている。万年橋を渡ると松竹の映画館がある。映画館ではヴィヴィアン・リーとローレンス・オリビエ主演のイギリス映画『美女ありき』(1942年・アレクサンダー・コルダ)を上映中。この年、6月22日に東宝系の有楽座でロードショー公開されている同作のセカンドランだろう。ただ次のカットが日比谷公園なので、万年橋の次は有楽町に行ってるかもしれない。そこで英二は、父・鉄太郎からお金を借りる算段をとっているから、安心して欲しいとはる子を説得する。

 さて、いよいよ「月給日」だが、平専務が熱心に取引している「マールソン商会・日本代理店」に現金ではなく、小切手支払いをしたために、専務が激怒。責任を負って鉄太郎は辞職を決意する。銀行員の娘婿・古垣が「マールソン商会」の評判が良くないから手形にしなさいとアドバイスしたからである。そこで、石橋家とは古い付き合いの新聞記者・田中友二郎(須賀不二男)の指示で、英二は記者と一緒に「マールソン商会」の実態調査に乗り出す。これが金曜の夜から、給料日の朝にかけてのこと。

 家族が一丸となって、父の名誉のために動く後半は、サスペンスもあり、見ていて楽しい。結局「マールソン商会」と取引をすると「丸損」することがわかって、無事給料が支払われる。他愛のない物語だが、家族に訪れた危機を、みんなで乗り越えることで、誰もが幸せになる。ラスト、家族全員の記念写真のシーンの微笑ましさ。これぞ「松竹大船調」の味である。川島雄三映画は東京風景を眺める楽しみもある、次作『学生社長』にも、東京の失われた風景が活写されている。

明日は月給日
1952年11月27日(木)公開

【出演者】
高橋貞二
紙京子
井川邦子
幾野道子
日守新一
望月優子
大坂志郎
渡辺篤
英百合子
鶴田六郎(コロムビア)
久保幸子(コロムビア)
北龍二
須賀不二夫
桂小金治
東谷瑛子(新人)
宮田英夫(コロムビア)
前田正二(劇団若い人)
青木美奈子(劇団若い人)
古今亭今輔
小藤田正一
長尾敏之助
津村準
竹田邦一
青木富夫
草香田鶴子
水上令子
南新一郎
千代木国男
井上正彦
戸田優子
特別出演・漫才 都上英二 東貴美江

【スタッフ】
製作 小倉武志
原作 宮崎博史 北町一郎 鹿島孝二 雑誌「平凡」所載
脚本 柳沢類寿
撮影 西川享
美術 中村公彦
録音 熊谷宏
照明 小泉喜代治
音楽 木下忠司
装置 清水勝太郎
装飾 橋本庄太郎
衣裳 田口とし江
現像 林龍次
編集 斎藤正夫
監督助手 野村芳太郎
撮影助手 平林孝三郎
録音助手 小林英男
照明助手 宇野重治
録音技術 河野貞壽
進行 清水富二

主題歌 コロムビアレコードコレクターズ 浅野(A -1480)
作詩 石本美由起
作曲 上原げんと
「明日は月給日」 唄 鶴田六郎 久保幸江

作詩 石本美由起
作曲 上原げんと
「若しもホームが出来たなら」 唄 鶴田六郎 久保幸江


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