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『エノケンの猿飛佐助 ありゃありゃの巻』(一九三七年十二月三一日・東宝映画東京・岡田敬)・『エノケンの猿飛佐助 どろんどろんの巻』(一九三八年一月七日・東宝映画東京・岡田敬)

『エノケンの猿飛佐助 ありゃありゃの巻』(一九三七年十二月三一日・東宝映画東京・岡田敬)製作=東宝映画(東京撮影所)/1937.12.31・日本劇場・八巻・二,〇六七m ・七五分

『エノケンの猿飛佐助 どろんどろんの巻』(一九三八年一月七日・東宝映画東京・岡田敬)製作=東宝映画(東京撮影所)/1938.01.07・日本劇場・七巻・一,五六九m ・五七分

【スタッフ】演出・岡田敬/製作・氷室徹平/製作主任・今井武/作・山本嘉次郎、岡田敬/撮影・吉野馨治/録音・鈴木勇/装置・戸塚正夫/編輯・岩下広一/音楽・栗原重一/演奏・エノケン管絃楽團/主題歌・ポリドール・レコード「俺は猿飛佐助」(作詞・岡田敬 作曲・山田栄一)「若しも忍術使へたら」(作詞・山本嘉次郎 作曲・山田栄一)/殺陣・道藤登/ミネチュア製作・杉政湘雲

【キャスト】榎本健一(佐助と仙人)/瀧姫(梅園龍子)/柳田貞一(眞田幸村)/中村是好(志賀綺堂軒)/如月寛多(志賀綺堂腹臣)/宏川光子(おしづ)/エノモト・エイ一(猿飛佐助二世)/市川朝太郎(穴山小助)/福地悟朗(天文博士)/吉川道夫(三好清海入道)/田島辰夫(居酒屋主人)/エノケン一座総出演

 昭和十二(一九三七)年の大晦日。P C Lから東宝に社名が変わっての最初のお正月映画が、喜劇王・エノケンこと榎本健一の娯楽時代喜劇『エノケンの猿飛佐助』だった。この年の夏の興行で大成功した『エノケンのちゃっきり金太 前後篇』(七月十一日・八月一日)同様、こちらも年末封切りの前篇『ありゃりゃの巻』(七五分)、正月封切りの後篇『どろんどろんの巻』(五七分)の前後篇での製作となった。

 前後篇合わせて一三二分の大作である。現存するのは戦後、新作が足りない時に再公開された九〇分の総集篇のみなので、三二分欠落しているので、その面白さは片鱗から窺い知るしかないのが残念である。

 猿飛佐助は、講談でもお馴染みの忍術使いだったが、明治時代に一世を風靡した「立川文庫」で、真田幸村に仕える真田十勇士の筆頭として登場。フィクションのキャラクターとして親しまれていた。「三雲新左衛門賢持の子、三雲佐助賢春が猿飛佐助」という説もある。「立川文庫」では、佐助の父・鷲尾佐太夫は森武蔵守の家臣で、佐助は戸隠山中で修行をしていたところ、甲賀流忍術の開祖・戸沢白雲斎に見出されて弟子となった。

 という通説をベースに、エノケン版は『エノケンの近藤勇』(一九三五年・山本嘉次郎)同様に、本歌取りの自由脚色。なんでもありの時代劇コメディとなっている。脚本は山本嘉次郎と岡田敬監督。『ちゃっきり金太』に次ぐ大作として企画された。

 主題歌もポリドール・レコードタイアップで「俺は猿飛佐助」(作詞・岡田敬 作曲・山田栄一)「若しも忍術使へたら」(作詞・山本嘉次郎 作曲・山田栄一)がカップリングでリリースされた。

 現存する総集篇は、戦後の東宝マークに、いつものエノケン・ファンファーレ、英語のEnokenサインから始まる。タキシード姿に白の蝶ネクタイ、オールバックのエノケンが『エノケンの千万長者』(一九三六年・山本嘉次郎)同様、観客への挨拶代わりに「若しも忍術使へたら」を唄ってタイトルバックとなる。

♪今日は会社の ボーナスで
 ちょいと一杯 つきあって
 気がつきゃ 夜更けの空袋
 若しも 忍術使えたら
 ウチで待ってる 女房を
 ラランドロドロ 煙にまく

 タイトルバックは勘亭流で、いつものスタッフがクレジットされる。今回は忍術シーンの特撮が売り物で、スクリーンプロセスや同ポジを多用しているが、特撮スタッフはクレジットされていない。スタッフの最後に<ミネチュア製作 杉政湘雲>とクレジットされている。杉政湘雲は「盆景」の第一人者で戦後まで活躍した人。「盆景」は、お盆の上に土や砂、石、苔などをレイアウトして自然の景色をミニチュアで再現する伝統芸。庭園、盆栽、生花同様、古くから自然を再現する趣味として親しまれてきた。日本初のミニチュア造形は、この「盆景」の大家・杉政湘雲が手がけていたのである。

 とある山中、猿飛佐助(エノケン)は師匠の仙人(エノケン二役)のもとで、忍術修業を続けていた。朝の風景。ハンモックで目覚めた仙人が「窓よ開け」というと、朝の光が差し込んでくる。「火よ燃えろ」と指差すだけで、へっついに火がついて竈門はグラグラと煮える。「ホイ」の一言でハンモックは同ポジで消えて、一日が始まる。単純なトリック撮影だが、当時の子供たちは、目を見張ったことだろう。

 仙人に起こされ、寝ぼけ眼の佐助は朝の食事の支度。といっても火吹きだけを渡すだけ。仙人はそれを口に咥えて、あたりの霞を吸い始める。逆回転で霞=煙を吸っているように見せているだけなのに「霞を食う仙人」のイメージを巧みにヴィジュアル化している。「朝の霞は格別」と仙人も大満足。調子に乗った佐助が霞を吸おうとすると、仙人が「お前は湯気でも吸っておけ」と嗜める。いよいよ朝の修業。ラジオ体操の音楽に合わせて、手を取って、押したり引いたりの乱取り。これも子供たちがすぐに真似をしそうなコミカルな動き。ジャンプをすると同ポジで消えたり、現れたり、ただそれだけなのに、エノケン二役のトリック撮影に「忍術映画」の醍醐味を感じていたことだろう。

 場面は変わって上田城。ダミアの「暗い日曜日」のインストが流れて、重々しい雰囲気。天守閣の眞田幸村(柳田貞一)に天文博士(福地悟朗)が「殿、胡乱な星が動きますゆえ、御用心あそばせませ」とご注進。「容易ならぬ敵がご城下を窺いおる形と存じます」と、真田家に危急が迫っていることを予言する。そのバックに「暗い日曜日」が流れるのは、この曲がグルーミーで不吉な曲というイメージが浸透していたことがわかる。「この幸村の城を狙うとは不敵な奴!」。エノケン一座のまとめ役、エノケンの師匠でもある柳田貞一の大真面目な表情。すぐにその敵が隣国の志賀綺堂軒だと察知する幸村。

 さて、その志賀綺堂軒(中村是好)が家臣を集めて、作戦を告げようとするのだが、しどろもどろ。偉そうにふんぞりかえっているだけで、デクの棒だということがわかる。エノケン一座のベテラン・中村是好らしいコミカルなキャラクター。綺堂軒、何を言ってるかさっぱりわからないと家臣たち。そこへ、綺堂軒の娘・瀧姫(梅園龍子)が現れて、真田攻めの作戦を説明する。家臣たちは、腹臣・トーチカ半兵衛(如月寛多)を首領と頂き、上田に間諜=スパイとして潜入。真田の有力な家臣たちを人知れずに暗殺するというものだった。「いざ開戦という時に、少しでも敵の力を弱くしとくためだわ。つまり間諜兼、暗殺団として派遣されるのよ」

綺堂軒「どうじゃ名案じゃろ?」
瀧姫「あたしがお父さんのために考えてあげたのよ」

 中村是好は、時代劇口調を拗らせてしどろもどろ。梅園龍子はモダンガールの口調のまま。というのがおかしい。いよいよ真田家の危急が迫る。

 その頃、山中では佐助の修業が続いている。「高いところからふんわりふんわり」と飛び降りる術の呪文「ふんだらけたら」を教わった佐助。実践したら真っ逆さまに落下。大失敗してしまう。師匠が呪文を間違えていた。というギャグ。これもロケーションが効果的で、エノケン二役の芝居がなかなか楽しい。「どうも師匠、耄碌しているから、とってもいけねえや」と佐助。師匠に愚痴を漏らして、猛烈に抗議をする。二役の芝居は、二重露光と吹き替えを巧に使って、アフレコでエノケンがコミカルなセリフを入れているので、全く違和感がない。

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