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『さまざまの夜』(1964年9月12日・松竹大船・番匠義彰)

 番匠義彰監督研究もいよいよ大詰め。ラピュタ阿佐ヶ谷「蔵出し!松竹レアもの祭」で上映され、色々と物議をかもした、番匠ラスト3本前の、青春メロドラマ『さまざまの夜』(1964年9月12日・松竹大船)。原作は菊村到さんの同名小説。永すぎた春の恋人たちが、結婚前に惑う、本当の愛とは? 男性のセックスと、女性の戸惑い。結婚に失敗した男と女。妻の不倫で生まれた子を自分の子として育てた夫の気持ち。男が若い時に性のはけ口にしていた女性に対する、婚約者の嫉妬。「さまざまな男女の、さまざまの夜」が錯綜する展開は、番匠監督らしい題材でもある。

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 ヒロインには、これが映画初主演となる北林早苗さん。小学生時代から「音羽ゆりかご会」に入り、1955(昭和30)年に劇団若草に入団。本名・村田貞枝として『女中さん日記』(1956年・大映)、井上梅次監督『火の鳥』(1956年・日活)などに出演。昭和36(1961)年、獅子文六原作、NHK連続テレビ小説「娘と私」のヒロイン・麻理の少女時代を演じ、同年、フジテレビ「君の名は」でヒロインの真知子役に抜擢された。この時、菊田一夫さんが「北林早苗」と命名。日活映画ファンには、1960年代後半、小林旭さんや渡哲也さんの任侠アクションのヒロインのイメージが強い。特に『無頼より 大幹部』(1968年・日活・舛田利雄)で、五郎(渡哲也)のかつての恋人役で、五郎が出所してきた時は、待ちきれずに平凡なサラリーマンの妻となっていた女性を好演している。

 さて、その北林早苗さんがヒロインで、それがこの映画の地味な印象、暗めの印象になっている。婚約者・勝呂誉さんに求められてもセックスを拒み、父・山形勲さんがバー勤めの三ツ矢歌子さんを愛人にしているのが「不潔」で許せない。ひとたび、勝呂さんに身体を許したら、今度は、彼がかつて「性のはけ口」にしていた、小料理屋の女将・富永美沙子さんに対して、またまた「不潔」だと怒る。その鬱憤を、自分に気があるプレイボーイ・津川雅彦さんに「汚してもらおう」と彼を誘い出す。誠に身勝手極まりない女性。彼女は、母・沢村貞子さんが、若い時にたった一度の過ちで生まれ、父の本当の子ではない。それゆえ、結婚や恋愛、セックスに対して、素直になれない。

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 脚色は、助監督の三村晴彦さん。菊村到さんの原作にあるエピソードを丁寧に重ねてドラマを構築。ヒロインの行動の矛盾やわがままぶりは、どこかで観たことがあると思ったら加山雄三さんの「若大将シリーズ」のヒロインで星由里子さんが演じた澄ちゃんと同じタイプ。一言で言うと「めんどくさい」タイプの女性でもある。なので、勝呂誉さん演じる恋人の忍耐力と、包容力に「偉いなぁ」と感心してしまう。

 音楽は番匠監督と最も相性の良かった牧野由多可さん。フラメンコギターを効果的に使って、ヒロインの心の「漣(さざなみ)」を表現。また、東京オリンピック直前の東京の風俗が活写されている。津川雅彦さんが行きつけのナイトクラブには、スリーピーこと松本英彦さんのクインテットが出演。ムーディなジャズ演奏を披露してくれる。

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妻の不貞を受け入れて、20年間ヒロインを育ててきた、これまた忍耐力のある父・山形勲さんが、愛人・三ツ矢歌子さんのマンションで「夢の新居」をブロックで作っている。LEGOではなく、国産で最も普及していた「河田のダイヤブロック」というのも懐かしい!

また、前半で北林早苗さんに拒まれ、富永美佐子さんの飲み屋に勝呂誉さん。流しが「何か歌いましょうか?」。仏頂面の勝呂さん。諦めた流しが外で歌うのはクレイジーキャッツの「学生節」! 飲み屋の2階で、冨永美佐子さんの肉体に溺れるシーン。自家製のマムシ酒をすすめる冨永さん。きっと学生時代も、こうしてたんだろうな、というところで「学生節」が聞こえてくる。見事な演出!

前半、北林早苗さんと勝呂誉さんがランデブーする映画館は、丸の内ピカデリー。次週上映は『フリッパー』(1964年)とウグイス嬢がアナウンス。劇場の外景ショットに、丸の内東映がある東映会館のビルが映っている。丸の内ピカデリーは有楽町マリオンに建て替えられたが、東映会館は2021年今でも現役である。

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 デザイン会社に勤める新庄まゆみ(北林早苗)と大学の研究者・三石潔(勝呂誉)は、結婚を前提に交際している。しかし、三石の若い肉体が、まゆみを求めても、彼女は拒むばかり。仕方なく三石は、学生時代に身体の関係があった小料理屋の女将・ユキ子(富永美沙子)の元へ。まゆみの勤務先の社長・茂登子(南田洋子)は、かつて売れっ子作家だった夫・古木(山内明)の才能が枯渇し、酒とギャンブルに溺れているのが許せない。古木と茂登子はほとんど家庭内別居だった。

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 仮面夫婦といえば、まゆみの父・新庄豊(山形勲)と妻・エイ(沢村貞子)もギクシャクしている。母は夫の浮気にもじっと目を瞑り、父は銀座のバーの女性・照美(三ツ矢歌子)を囲って日参している。まゆみの周りは、結婚に失敗した男女ばかり。それゆえ、三石潔との将来にも不安を感じている。

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 三組のカップルが、それぞれ悩みを抱えている。ドラマが進むにつれて、意外な形で破綻をしたり、予想通りの別れになったり「さまざまの物語」が展開していく。その失敗を、反面教師として、若いカップルが問題を乗り越えていく。構造的には「トラブル」を乗り越えて「収まるところに収まる」番匠喜劇「花嫁シリーズ」と同じなのだが、北林早苗さんのやや暗めのルックスもあって、いささか重い雰囲気がある。

 母・エイから、自分の本当の父親のことを聞いて、まゆみは三浦半島に実父・柿沼史郎(高木信夫)を訪ねる。しかし、胸に描いていた実父との対面は叶わず、電話で話した柿沼は「私はあなたのことを知らない」と現実的に答えるばかり。

 クライマックスは、三石のアパートを訪ねたまゆみが、ユキ子と鉢合わせ。怒りと屈辱に塗れたまゆみは「三石のように汚れて、私も対等になろう」と、当てつけの行動に出る。この心理、モテモテの若大将に嫉妬した澄ちゃんが、青大将(田中邦衛)とドライブや旅行に出かける「当て付け」行動に他ならない。

よく観ると、この映画の三人の男、勝呂誉さん、山形勲さん、山内明さん、いずれも「忍耐強い男」である。プレイボーイ役の津川雅彦さんも、最後の最後に「忍耐強さ」を発揮する^_^

 色々あって最後はハッピーエンドとなるが、父母も、茂登子と古木の夫婦も結果的に破綻してしまい、自分たちはそうならないように幸せになろうと決意する筈なのだが、まゆみの性格からすると・・・大丈夫かな、と思ってしまう。北林早苗さんは女優としては悪くはないのだけど、この映画のヒロインはちょっと違ったかな・・・。

南田洋子さんと津川雅彦さんのツーショットは、売れっ子デザイナーとプレイボーイの組み合わせなのだけど、まずは兄嫁と義弟として観てしまう^_^


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