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『ブラックパンサー』(2018年・MCU・ライアン・クーグラー)

 娯楽映画研究所シアターで、ディズニー+MCU IMAX Enhancedでチャドウィッグ・ボーズマン主演の傑作『ブラックパンサー』(2018年・ライアン・クーグラー)を久しぶりに堪能。四度目になるが、最初は試写室、続いてお台場でスクリーンX、あとの2回も通常スクリーンだったので、IMAXフル画角に拡大されるシーンに「お!」っとなった。

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 この作品が優れているのは、スタッフ、キャストともに、アフリカ系の黒人の方々がほとんどを占めていること。高度に発達したワカンダ王国のテクノロジーも、彼らが夢見る「バラ色の未来」だったりすること。アフリカ的未来像=アフロ・フューチャリズムを提示したヴィジュアルがクール。プロダクション・デザインはアフリカ系の黒人女性アーティスト、ハンナ・ビーチラーたちが手がけている。しかも第91回アカデミー賞で、アメコミ映画では初の作品賞にノミネートされ、作曲賞・美術賞・衣裳デザイン賞の三部門を獲得している。

 さてマーベルの「ブラックパンサー」が生まれたのは、1966年、ブラックパワーの象徴でもある「ブラックパンサー党」と同じ年。1965年にキング牧師がアフリカ系の黒人の投票権を取り返した。その「公民権運動」ムーブメントの中で、黒人政党「ブラックパンサー党」が結成され「ブラックパワーの時代」の象徴となる。キング牧師は「非暴力」で戦ってきたが、白人警官による暴力がエスカレートしたため「ブラックパンサー党」は銃を持つ自警団となった。

 コミックスでは政治にコミットすることはなかったが、ライアン・クーグラー監督とジョー・ロバート・コールによるシナリオは、1992年のオークランドから始まる。カリフォルニア州オークランドは人口の30%がアフリカ系。しかも貧しくて、ストリートギャング、本物のギャングが多く治安も悪かった。ライアン・クーグラー監督は、このオークランドの出身。オークランドから出てきた黒人の監督が、自分の生まれ故郷から物語を始めているのにも深い意味がある。また、オークランドは「ブラックパンサー党」発祥の地。

 というわけでMCU『ブラックパンサー』は、世界の警察で金融の中心地だったアメリカにとって変わる、第三世界の理想的としての「ワカンダ王国」を創造。MCUでの物語の前作にあたる『シビルウォー/キャプテンアメリカ』(2016年・ルッソ兄弟)で、アメリカの経済の象徴のトニー・スターク=アイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr.)と、世界の警察としてのスティーブ・ロジャース=キャプテン・アメリカが決裂。その原因となったのが、アベンジャーズを国連の管理下に置く「ソコヴィア協定」にあった。

 外敵から世界の治安を守ってきたアメリカの組織「シールド」が内部崩壊。国連も大国の論理として、ヒーローの活動を制限する「ソコヴィア協定」を、アベンジャーズに強いることに。それを受け入れる資本家=アイアンマンと、それに反発する第二次世界大戦の勇者で愛国者=キャプテン・アメリカが対立。アベンジャーズが二分してしまい、その救世主として現れたのが、アフリカの小国「ワカンダ」の若きプリンス・ティ・チャラだった。というのが『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』で描かれていた。本作の前段でもある。

 そうしたフィクションの世界と21世紀の世界の現実は、見事に合わせ鏡になっているのがMCUの面白いところ。『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』で、ヘルムート・ジモが起こした爆弾テロでワカンダの国王・ティ・チャカ(ジョン・カリ)が暗殺され、新たな国王となったティ・チャラ=ブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)の為政者としての苦悩。それまでそのテクノロジーや経済的自立を、世界中に隠して、いわば鎖国状態にあったワカンダと、これからの世界の関わり方を、ポスト「シビルウォー」の中で描いていく。そこが面白いのだ。

 ワカンダは、はるか昔に宇宙から飛来してきた、超鉱石「ヴィヴラニウム」が産出され、その恩恵を受けてきた。この「ヴィブラニウム」を活用しているのがブラックパンサーのスーツであり、トニーの父・ハワード・スタークが作ったキャプテン・アメリカの盾の素材でもある。で、このヴィブラニウムは、それまでハワード・スタークが1940年代に発見したものしか確認されていなかった。

 1992年、ティ・チャカ国王は、弟・ウンジョブ(スターリング・K・ブラウン)が武器商人・ユリシーズ・クロウ(アンディ・サーキス)に、このヴィブラニウムを譲渡していたことを知り、ウンジョブはティ・チャカによって殺された。その遺児・ウンジャダカ(マイケル・B・ジョーダン)が、その父の無念を晴らすために、エリック・“キルモンガー”・スティーヴンスとして、ブラックパンサーに挑む。このキルモンガーが本作のヴィラン。

 しかもウンジョブは、アメリカで、ワカンダのスパイ組織「ウオードック」の一員としてスパイ活動をしていたが、アフリカ系黒人のための過激派組織に加わっていた。それなりの「大義」があったのである。その息子・エリック・スティーブンスも、黒人の社会的地位向上のために、ワカンダの王位を狙っている。この「大義」と、ティ・チャラの「大義」の対決でもある。本当に大切なことは何か? それをスーパー・ヒーロー映画の中で提示している。

 サイドキャラも魅力的で、ティ・チャラの恋人で「ウォードック」のエージェント・ナキア(ルピタ・ニョンゴ)、ティ・チャラの妹で王女の天才科学者・シュリ(レティーシャ・ライト)、そして国王親衛隊「ドーラ・ミラージュ」隊長・無敵の女戦士・オコエ(ダナイ・グリラ)がブラックパンサー・ビューティーズとして大活躍。その後のMCU作品やスピンオフ・ドラマ、アニメにもそれぞれ登場する。

 というわけでIMAXフル画角になるのは、ワカンダの広大な自然、ティ・チャラの戴冠の儀式で、ジャバリ族のエムバク(ウィンストン・デューク)を打ち負かすバトル・シーン、韓国・釜山でのユリシーズ・クロウ、エリックたちと、ティ・チャラたちの壮絶なチェイスシーン、そしてクライマックスと、画面が大きくなるのは、無条件に楽しい。

 さらに前作『シビルウォー』にも登場したCIAのエージェント・エヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン)が、ブラックパンサーたちをサポートする大活躍を見せる。余談だが、マーティン・フリーマンは、ドクター・ストレンジを演じてぃるデヴィッド・カンバーバッチの出世作ドラマ「シャーロック」でワトソンを演じているので、僕らにはお馴染みだった。さらにトニー・スタークを演じたロバート・ダウニー・Jr.の『シャーロック・ホームズ』シリーズでワトソンを演じたジュード・ロウは『キャプテンマーベル』のヨン・ロッグを演じている。つまりMCUには二組の「シャーロック・ホームズとワトソン」が出演している。


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