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「ABC殺人事件」(2019年・BBC・アレックス・ガバッジ)

6月8日(水)、2018年にBBCが製作した、アガサ・クリスティー原作のドラマ「ABC殺人事件」(アレックス・ガバッジ)を三夜かけてアマプラで。ジョン・マルコヴィッチがエルキュール=ポワロ?と最初は思ったが、やー、素晴らしかった。

1933年、ポワロ(マルコヴィッチ)は、「忘れられかけた名探偵」となっている。その頃、欧州はファシスト党によるレイシズムが横行。ロンドンでも外国人排斥ムードが高まっていた。第一次大戦を機に、ベルギーからイギリスへやってきた「フランス語」ネイティブのポワロも「外国人だから」というレイシストたちの冷たい目線が注がれている。

しかも、盟友ヘイスティグスも登場しない。頼みのジャップ警部も冒頭で亡くなってしまう。スコットランドヤードの若手警部から「あんたは本当にベルギーで警察官だったのかね?」と侮蔑される。このドラマの異色は、ポワロが「過去を隠していること」。ベルギーで警察官だったというキャリアを生かしてロンドンで私立探偵をしていたポワロが履歴を詐称? 

何かの「闇」を抱えながら、孤独な老人となっているポワロ。そこへ「ABC殺人事件」が起こる。「6月21日 アンドーヴァーを警戒せよ」とABCの署名入りの挑戦状が届き、Aで始まるアンドーヴァー、Bで始まるベクスヒル、Cで始まるチャールストンで、次々と殺人事件が発生。現場にはガイドブック「ABC鉄道案内」が置かれていた。

と、お馴染みの事件が展開される。マルコヴィッチのポワロは、禿頭で髭も白髪。白い髭を染めているが、話しているうちに、染料が落ちてきて、それを警官に笑われたり。その切なさと、外国人ゆえのレイシズム。稲妻のデザインのイギリス・ファシスト連合が結党された1933年のムードの重さ。キーとなる下宿の娘・リリーがくちずさむ、コール・ポーターの「夜も昼も」は、ちょうど前年にフレッド・アステアがロンドンのウエストエンドの舞台で歌ってヒットしていた。

しかし老ポワロは事件が進むにつれて、イキイキとしてくる。「自分の影」のような連続殺人犯との戦いこと、ポワロの生きがいでもある。同時に、回想シーンでポワロの「ベルギー時代」の過去が明らかになっていく。なぜポワロは教会で「告解」をしないのか? 全てが明らかになる最終回。ああ、そうなのかと。

デヴィッド・スーシェ、ケネス・ブラナーのポワロでもベルギー時代の過去が描かれているが、ジョン・マルコヴィッチらしい「ポワロの知られざる過去」もなるほど。

脚本のサラ・フェルブスは「そして誰もいなくなった」(2015年)、「検察側の証人」(2016年)、「無実はさいなむ」(2018年)、「蒼ざめた馬」(2019年)とクリスティーのドラマ化シナリオ、製作を手がけている。そのいずれもの脚色が「異色」だけど「納得」である。

事件の中心にいるストッキングのセールスマン、ABCのイニシャルのアレクサンダー・ボナパルド・カストを演じているのはオーストラリア出身のイーモン・ファレンの雰囲気が不気味で、しかもポワロと同じ「孤独」を抱えている。ドラマ的には、二人の「孤独」がシンクロしていく演出だけど、真犯人は・・・ と、小学生の時から繰り返し読んでいる物語だけに…  ともあれ、3時間たっぷりと味わった。


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