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『喜劇駅前満貫』(1967年・佐伯幸三)

「駅前シリーズ」第18作!

 昭和42(1967)年1月14日、正月第二弾として、植木等&谷啓のバディもの『クレージーだよ天下無敵』(坪島孝)と二本立てで封切られたシリーズ第18作。前週は『社長千一夜』(坪島孝)と『レッツゴー!若大将』(岩内克巳)のなので、東宝娯楽映画の人気シリーズが立て続けに公開されていた。

 加山雄三といえば『エレキの若大将』(1965年)の主題歌「君といつまでも」が大ヒット。『社長千一夜』でも黒沢年男が歌ったり、この『駅前満貫』ではフランキー堺の坂井次郎と、松尾嘉代の千代子の「愛のテーマ」として歌ったり、松井八郎の音楽にも「君といつまでも」のフレーズが使われている。特にクライマックス、千代子への思いが募れば募るほど「君といつまでも」のワンフレーズが流れて笑いを誘う。

 監督の佐伯幸三は、『喜劇駅前女将』から「駅前シリーズ」専任として連投してきたが、本作が最後となる。昭和12(1937)年、大都映画『浮世絵双紙』で監督デビューを果たし、戦時下から戦後にかけて大映で活躍。昭和28(1953)年、河村黎吉が病に倒れ、急遽、森繁久彌と小林桂樹で撮った『一等社員 三等重役兄弟篇』を演出している。風俗喜劇作家として、戦後、新東宝から東京映画、東宝で数々のコメディを手掛けてきた佐伯は、昭和47(1972)年に病没。これが遺作となる。

 瀬川昌治監督は、新東宝時代に佐伯監督に師事、『名探偵アジャパー氏』(1953年)のチーフ助監督として佐伯に師事。瀬川が考案するギャグを「面白いね」と次々と採用、新東宝を退社した瀬川に「助監督をやらないか」と声をかけたのが、フランキー堺の『ぶっつけ本番』(1958年)。これが縁で、瀬川とフランキーの付き合いが始まり、昭和44(1969)年、瀬川は『喜劇大安旅行』(松竹)で、フランキーとコンビを組む。

佐伯が病気で降板した「駅前シリーズ」にも、瀬川に声がかかるが、ちょうど東映で渥美清と「列車シリーズ」を手掛けていたために実現をみなかった。「駅前シリーズ」終了後、フランキーは瀬川との「旅行シリーズ」で、喜劇映画の主演を続けることとなる。

 さて『喜劇駅前満貫』の原案は、劇作家でサイレント時代から日活向島撮影所、松竹蒲田撮影所などで映画シナリオを執筆してきた劇作家・川村花菱。川村は松竹蒲田で、尾崎紅葉の『金色夜叉』、徳富蘆花の『不如帰』、菊池幽芳の『乳姉妹』などの脚色を手掛けている。昭和29(1954)年に亡くなった川村が遺したプロットをもとにしたシナリオは、前作『喜劇駅前競馬』(1966年)に引き続き、マスメディアの寵児でもあった藤本義一。関西弁ネイティブの藤本は、関西を舞台にした風俗喜劇のシナリオを数多く手掛けてきたが、今回の舞台は、東京渋谷区恵比寿。国鉄恵比寿駅にほどちかい路地にある雀荘「満貫荘」の女将・景子(淡島千景)と、その亭主のダメ男・森田徳之助(森繁久彌)を中心にいつもの「駅前チーム」が織りなす物語。

 ユニークなのは森繁と淡島千景のキャラクター。織田作之助原作『夫婦善哉』(1956年)の柳吉と蝶子の関係のように、関西から流れてきた徳之助は、元は伊豆の旅館「梅川」の仲居だった景子と暮らしている。雀荘のオーナーといっても、実質的には景子が取り仕切っているので、徳之助は髪結の亭主。二人の間には浪人生の息子・徳一(松山英太郎)がいるが、彼はしっかりもの。劇中、森繁が「わたしは昔、“夫婦善哉”でして」というセリフがあるように、楽屋オチというより、藤本義一は『夫婦善哉』を意識して、徳之助と景子を描いている。

 物腰が柔らかい徳之助は、一見、何を考えているかわからないが、かつての景子の仲居時代の同輩で、亭主の浮気癖にほとほと愛想がつきて、伊豆から家出してきた染子(池内淳子)が、徳之助と景子の家に住み込むことになると、浮気の虫が騒ぎ出す。それも積極的ではなく、常に受け身で、情けなさも含めて、女性の側から「しゃあないなぁ」と思わせて関係を持つ。という感じはまさに『夫婦善哉』の柳吉そのものである。

 フランキーの坂井次郎は、景子たちの旅館の若旦那だったが、発明に夢中になるあまり、今は「坂井プランニングセンター」所長として、怪しげな発明に心血を注いでいる。そのスポンサーが、静岡県の西浦でミカン山を持つ伴野孫作(伴淳三郎)。伊豆の農家のオーナーなのに、いつもの山形弁というのがおかしい。その女房・駒江が音羽信子。東京と伊豆を行ったり来たりという構成で、ミカン山のロケーション効果で、いつもの駅前シリーズよりスケール感がある。

 そして、恋女房の染子がありながら、バーのホステス・鹿子(野川由美子)に入れあげて愛想を尽かされる松木三平(三木のり平)がおかしい。無職の三平に、「東京のアイデアセンターで働け」と言われた三平が上京。そうとは知らずに次郎の事務所で、自分は「プランニングセンター」の出資者だと、大言壮語で振舞うシーンがおかしい。口から先に生まれてきたような三平を、のり平さんがイキイキと演じている。ご本人曰くは「適当だよ、あんなもん」と仰っていたが、力を抜いてアドリブまじりに演じる軽みが実にいい。

 で、鹿子がつとめるバーで、徳之助と三平が知り合って、鼻の下を伸ばした二人が、鹿子のアパートに行って、結局、身包み剥がされるのもおかしい。孫作から借りた五万円も鹿子に取られた三平、徳之助は外泊の言い訳に三平を「戦友」と家に連れて帰る。

 万事がこの調子。藤本義一のシナリオは、いつもの駅前チームのキャラクターの性格や行動原理をきちんと書き分けているので、風俗喜劇として楽しい構成となっている。山茶花究のラーメン屋「珍満亭」の親父・山本久造が、染子に惚れて、マッチングを徳一に依頼するシークエンス。いいかげんな徳一が、安請け合いしているだけなのに、縁談が成立したと久造がどんどん本気になっていく。

 次郎のアイデアは、飛行機からミカンをおもちゃのパラシュートで落とそうとして航空法でNGになったりと不発の連発。結局、孫作は「プランニングセンター」への出資をやめて、不動産屋となり上京。三平の消息をさがして件のバーに行くと、三平が鹿子の代わりに働いている。そのバーでかしまし娘がホステスとして孫作にサービスをする場面のおかしさ。結局、かしまし娘は芸人でステージでネタを披露する。前半には都はるみが歌うシーンがある。

 奇妙な登場人物の狂騒曲ということでは、藤本義一は、川島雄三の薫陶を受けているだけに、こうした人物の出し入れがうまい。このまま藤本が続投していたら後期「駅前シリーズ」はまた別な展開になっていのではと、つい思ってしまう。



 

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