『続 社長行状記』(1966年・松林宗恵)
「社長シリーズ」第25作!
回を重ねてシリーズ第25作。派手ではないが、地に足がついている感じがして、ぼくは『社長行状記』前後編が好きである。イケイケムードで、ビジネスはいつも大成功というそれまでのシリーズとは異なり、構造不況のなか、資金繰りに苦労をしたり、信用商売をして手痛い打撃を受ける姿が描かれているのは本作だけ。ということもある。
前作から一月後の昭和41(1966)年2月25日、岡本喜八版『大菩薩峠』(仲代達矢主演)と同時公開された。前作、二見浦の夫婦岩の初日の出でラストシーンを迎えた服飾メーカー「栗原サンライズ」の社長・栗原弥一郎(森繁久彌)は、女房・峰子(久慈あさみ)に、経営不振の折から「馬は全部売り払った」と言っていたはずなのに・・・ テレビの競馬中継での淀競馬場で、秘書課長・児島啓吾(小林桂樹)とともにスタンドで持馬・サンライズモアの疾走を観覧していたのがバレてひと揉め。
「社長シリーズ」では珍しいギャンブルシーンである。この頃、ちょっとした競馬ブームで、この年の秋、森繁・伴淳・フランキーの「駅前シリーズ」で『喜劇駅前競馬』(脚本・藤本義一、監督・佐伯幸三)が作られる。一攫千金、濡れ手に泡の感覚は、堅実な社長シリーズでは珍しい。
で、懐も豊かになり、栗原社長と児島課長は祝杯をあげようと大阪へ。意中のマダム・町子のバー「パンドラ」へ。上機嫌の栗原社長がステージで、森繁久彌十八番の「船頭小唄」を朗々と歌う。この曲は大正10(1921)年に、野口雨情が「枯れすすき」として詩を書き、その年に中山晋平が作曲した「新民謡運動」の一曲。昭和32(1957)年、森繁が野口雨情の放浪時代を描いた東京映画『雨情』(久松静児)で、この曲を歌っている。映画『地の涯に生きるもの』の撮影現場で生まれた「知床旅情」と並ぶ、森繁スタンダード。
このあたりになると、社長なのか森繁なのか、あいまいな感じになってくる。昭和40年代の「社長シリーズ」では、宴会芸だけでなく、森繁が叙情歌や旧制高校の寮歌を歌うシーンを意図的に増やしたと、松林監督から伺ったことがある。「森繁さんが良いんだよ。ぼくらの世代の青春なんだ」と。
さて、大阪の「パンドラ」に、チオール商会の日本支配人・安中類次(フランキー堺)が現れる。まさに神出鬼没、怪しげなフランス語を交えての怪演が楽しい。ドンファンを気取って、社長夫人や児島課長夫人・洋子(司葉子)に取り入り、秘書課の原田伸子(原恵子)には月賦で高価な服を売ったりと、女性へのアプローチを怠らない。「私、独り者、元気パリパリでございます」と絶倫ぶりをアピール。
それが面白くない児島課長。酔うほどに目が座ってきて、安中に絡みだす。「ムッシュ児島、なんでございますか?ケスクセ?」「ケツくせぇとはなんだ?洒落せえ」「ワタクシ、ヘーシンクに柔道習いました。柔道二段デス。一本ドッコイ、ございますか?」。売り言葉に買い言葉、一色即発の危機である。
こんな安中類次だが、なぜかご婦人方がメロメロになり、それぞれの家庭の揉め事の原因となる。プリンセスホテルで開催されるチオールのファッションショーに、栗原社長は「パンドラ」のマダム・町子と、児島課長は伸子と同伴出席するが、同時に社長夫人と課長夫人も招待されていて・・・ もちろん社長の浮気は完遂することができず、夫人たちはチオールの高いプレタポルテを買わされて・・・
とまあ、いつもの展開を眺めているだけでも楽しい。さて、栗原社長宅にいるお手伝いさん・ふみ子を演じているのは浦山珠実。昭和40年代のシリーズでは最終作まで、出番は少ないが森繁との絡みがあって楽しい。浦山珠実さんは東宝バイプレイヤーのなかでも一際印象的で、松林監督やクレージー映画の坪島孝監督が好んで起用。『クレージーメキシコ大作戦』(1968年・坪島孝)での谷啓の婚約者役など、印象的な女優さんである。ちなみに、ぼくのペンネームは、浦山さん公認で「浦山珠夫」とつけた。
栗原サンライズに、出社する社長を出迎えるが、やはり東宝バイプレイヤーで一際目立つ長身の古谷敏。この年、7月からスタートする「ウルトラマン」のスーツアクターとして抜擢される直前の敏さんである。
さて『サラリーマン清水港』(1962年)あたりから、朝のシーンで、森繁社長と小林桂樹課長がその日の交通事故数や天気、倒産数などについて会話する。今回は大気汚染の話題である。
「君は今日冴えとるかね?」「いやぁ、今日はスモッグ警報が出ております」「ほう、いくら出ておる?」「0.2PPM」「あんまり良くないね」
おなじみの会話は、最初その日の新聞記事からの話題を桂樹さんが読み上げて、それに森繁さんが反応するというアドリブから始まり、それが定番となったという。『三等重役』(1952年)から14年間、コンビを組んできた二人ならではの呼吸が楽しい。
さて、栗原サンライズは積極的営業政策を打ち出して「サンライズ精神」を発揮しようと決意。折しも営業部長・佐々(三木のり平)が福井の業者から歓待を受けて「夜は片山津に出来た、大豪華版のホテル永山がリザーブしてありまして、そこにも別口に芸者が7、8人待機してるんでございます。もうパーっパーというところの段じゃございません。もうシェー!てなもんですよ」。ここでも赤塚不二夫「おそ松くん」のイヤミの「シェー!」が三木のり平さんによって展開される(笑)
で、先方の福井レーヨンと下請けの北陸化繊が、どうしても栗原社長を歓待したいということになり、いよいよ北陸出張へ。しかも栗原社長は、金沢の四高出身で学生時代の思い出の地。出張先でその頃の親友で大学教授の富岡(中村伸郎)と酌み交わす。お座敷に来た芸者・花代(沢井佳子)が、初恋の人そっくりで、学生時代の郷愁に酔いしれる栗原社長。加山雄三の『お嫁においで』(1966年)などで清純なイメージの沢井佳子だが、社長シリーズでは芸者役は多く、さわやかなお色気を振りまいている。
その花代を前に朗々と「第四高等学校寮歌」を歌う栗原社長。今前半の「船頭小唄」と後半の「寮歌」と森繁節オンパレードである。片山津の旅館で花丸とシッポリと鼻の下を伸ばす栗原社長だったが、その旅館では、派手な接待に大喜びの安中類次が、宴会の余興で「私、これから柔道やるでございます」と、またまた酔った児島課長と「ヘーシンクVS日本柔道」対決に発展。その騒ぎのあおりで、毎度のことながら浮気は未遂に終わってしまう。
さて、ビジネスの話では、ノスタルジックなムードのなか、富岡から教え子の繊維メーカー「藤丸商事」の生地を買ってもらえないかと依頼される。藤丸商事の社長・中山を演じているのは桐野洋雄。「ウルトラマン」31話「来たのは誰だ」でケロニアに返信するゴトウ隊員を演じて特撮ファンにはおなじみだが、松林監督のお気に入りで社長シリーズではしばしば取引先の社員や社長を演じている。
さて、富岡の申し出を二つ返事で承諾をしてしまう栗原社長。チオールの婦人服の量産化のための服地を藤丸商事から購入する契約を結ぶ。しかし、それが大きな痛手となってくる。ビジネスに情実を持ち込んでしまったために・・・