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『女番長 野良猫ロック』(1970年・長谷部安春)

 日本万国博覧会に沸き立つ1970(昭和45)年は、様々な時代のひずみが噴出しつつあった年でもある。斜陽の映画界では、製作システムが激変。この『女番長 野良猫ロック』も、和田アキ子の所属しているホリプロの系列会社であるホリ企画が製作、日活が配給するというかたちで企画された。

 脚本の永原秀一は、1967年『拳銃は俺のパスポート』(野村孝)で、センセーショナルにデビュー、それまでのヒーローが悪玉を倒すシンプルな図式のアクション映画の概念を打ち破った。長谷部安春監督とは1969(昭和44)年のエポック的な『野獣を消せ』でコンビを組んでいる。

 また、長谷部監督の『縄張はもらった』(1968年)に始まる一連の集団抗争アクションは、藤竜也、川地民夫、岡崎二朗、郷鍈治といった、ベテランと若手のバイプレイヤーが、それぞれ強烈な個性を発揮。日活ニューアクションと呼ばれる新路線となっていた。

 1970年前後の東京新宿といえば、西口のフォークゲリラ、ヒッピー文化など、ドロップアウトした若者たちのさまざまなムーブメントが混沌と存在する“最先端”の場所でもあった。高層ビルが建ち行く直前の新宿に、バイクに跨がるカッコいい“ヒーロー”アコ(和田アキ子)がやってくることから物語が始まる。彼女はどこから来て、どこへ行くのかわからない。正体不明の流れ者的存在として描かれている。実は、小林旭の「渡り鳥」同様、風来坊の物語というのが日活らしい。そこで、もう一人のヒロイン梶芽衣子が登場する。彼女の名はメイ。なんという素晴らしいネーミング!

 1965(昭和40)年、本名の太田雅子で日活に入社した梶芽衣子は、アクションや青春映画の助演で活躍。長谷部監督の『縄張はもらった』などで、女優としての大器を感じさせたが、斜陽の映画界ではなかなか芽が出なかった。1969年、マキノ雅弘監督が日活で『日本残侠伝』を撮る際に、堀雅彦社長の提案でマキノが「芽衣子」と命名、いくつかの候補から本人が「梶」という名字を選んで「梶芽衣子」という芸名となった。70年にかけて、任侠路線でも活躍していたが、梶芽衣子の等身大の個性を引き出したのは、長谷部監督による本作だった。冒頭の登場シーンから実にチャーミング。女優がキラキラと輝き出す瞬間がフィルムに収められている。

 主役は女の子たち。新宿のゴーゴークラブにたむろしている彼女たちは、大人と子供の中間。自分たちの行動原理で、新宿という街の混沌のなか生きている。久万里由香、范文雀たちもまたチャーミング。その女の子たちと敵対するのが、藤竜也率いる暴走集団・黒シャツ隊。前年の自動車ショーで発表されたばかりの、ダイハツ・フェローバギー(一般発売は翌年)に乗り、バイク軍団を従えて、甲州街道を疾駆する黒シャツ隊には、疎外された若者のエネルギーと共に、ナチス親衛隊的な威圧感を感じさせる。

 彼らのバックには、右翼団体・青勇会がある。この頃、作家三島由紀夫は憂国の想いで「楯の会」を結成。そうした時代の気分を、ドラマの中に巧みに織り込んでいる。青勇会の幹部に睦五郎、トップに中丸忠雄。中丸と言えば、東宝アクションで活躍した俳優だが、岡本喜八映画のファンという長谷部監督の要望で出演。日活の悪役とはまた違うクールな“権威としての悪”を好演。

 自由奔放な女の子たちと、大人の論理の“悪”。メイの恋人・道男(和田浩治)が、政治結社の構成員になるため、親友のハーフのボクサー、ケリー藤山(ケン・サンダース)に八百長を持ちかけることから物語が動き出す。

 土曜日の午後から月曜日の朝までの、わずかな時間のなかで、メイや道男たちが直面する出来事を、壮絶なバイオレンスと音楽、そしてカーアクションを織り交ぜながら描いている。藤竜也のバギーと和田アキ子のバイクが、新宿西口の地下街をチェイスする場面は、ゲリラ的に撮影されたもの。勧善懲悪なアクションと違い、この映画の若者たちを待ち受けているのは破滅。「野良猫ロック」シリーズに通底している「破滅への衝動」は、この時代を覆っていた若者たちの気分の反映なのかも知れない。この映画の撮影中、よど号ハイジャック事件が発生。監督はじめスタッフはニュースを見ながら撮影に及んだという。

 何より充実しているのが音楽シーン。タイトルバックに流れる和田アキ子の「野良猫ロック」は、後に「男と女のロック」としてレコードリリース。鈴木ヒロミツのヴォーカルがパワフルなザ・モップスの「パーティシペイション」はレコード音源ながら、当時のライブを彷彿とさせる映像。モップスをバックに和田アキ子がシャウトする「ボーイ・アンド・ガール」は、彼女がR&Bの女王ということを認識させてくれる。カルトGSのオリーブの「君は白い花のように」、和田アキ子の「さすらいのブルース」、そして失神バンドとして名高かったオックスの「僕をあげます」などライブ感あふれる映像が連続。そしてラフなスタイルで「カンドレ・マンドレ」を歌うアンドレ・カンドレは、後の井上陽水! 1970年の音楽シーンがタイムカプセル的に凝縮されているのは、本作の最大の魅力だろう。

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