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『あばよダチ公』(1974年・澤田幸弘)


 昭和45(1970)年、渡哲也の『斬り込み』でデビューを果たした澤田幸弘監督。『太陽の季節』『狂った果実』が作られた昭和31(1956)年に日活に入社。同期に小澤啓一、一年後輩に長谷部安春監督ら、日活ニューアクションの旗手たちがいる。日活アクション全盛期に助監督として活躍し、斎藤武市、鈴木清順監督などに師事し、同期の小澤啓一の「無頼シリーズ」でチーフ助監督を担当していた。同期や後輩に比べて、遅咲きだった澤田の監督デビューだが、『斬り込み』のインパクトの強烈さと、その完成度は高く評価された。従来のスター中心の日活アクションから、若手の個性派による集団劇の日活ニューアクションというジャンルを発展、成熟させた功績は大きい。

 『斬り込み』は主演の渡哲也が撮影に参加出来るのが10日間だったというが、その制約を逆手にとって藤竜也、郷鍈治、沖雅也らのチンピラが群雄割拠する抗争劇のスタイルで製作。もともとチンピラの集団劇を指向していたという澤田は続く『反逆のメロディー』(1970年)では、原田芳雄という俳優を得ていわゆる日活のスターシステムに反逆するかたちで、藤竜也、地井武男、そして「男はつらいよ」の佐藤蛾次郎を起用してさらなる集団劇を完成させた。山田洋次監督のファンだったという澤田は、寺男の源公のイメージが強かった蛾次郎の中に潜む、無垢の狂気ともいうべき凶暴性を引き出し強烈な印象を残した。

 さて『あばよダチ公』が作られたのは昭和49(1974)年。沢田にとっては9本目の劇場映画にあたる。澤田はその間、石原プロと東宝製作による刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の演出も手がけていた。第三話から参加していた澤田は、当時大ブレイクした松田優作のジーパン刑事編でも第八十話「女として刑事として」と第八十一話「おやじバンザイ」の二本を演出している。その松田優作をフィーチャーしたのが『あばよダチ公』だった。その直前、澤田が手がけた日活児童映画『ともだち』(1974年)にも松田は出演している。

 松田主演といっても、『あばよダチ公』は澤田得意の集団劇スタイル。大門正明、河原崎健三、そして佐藤蛾次郎とチームを組んでいる。山田洋次に心酔していたという(西脇英夫著「日本のアクション映画」)澤田だが、『あばよダチ公』の前半は、ダークな「男はつらいよ」ともいうべき展開を見せる。

 松田が三年の刑期を終えて故郷千葉県浦安に戻ってくるところから映画は始まる。本人は高倉健を意気がっているが、どこかズッコケた調子は車寅次郎的でもある。まだ東京ディズニーランドが出来る以前の浦安は、川島雄三の『青べか物語』(1962年)の世界でもあり、かの寅さんが『男はつらいよ 望郷編』(1970年)で、豆腐屋のマドンナに惚れて、蛾次郎の源公と共に住み着いた場所でもある。

 フラリと戻ってきた優作を迎えるのは、初井言栄の母であり、妹ならぬ出戻りの子連れ姉・悠木千帆(現・樹木希林)である。そして蛾次郎である。優作を「アニキ!」と慕う、いささかオツムの弱い蛾次郎に、観客は「男はつらいよ」の源公を重ね合わせたことだろう。昔の仲間達と再会し、無銭飲食をめぐるトラブルでブタ箱に入るところまで、その行動は「寅さん」的である。

 こうした澤田のオマージュは、本当のワルになり切れないアウトローへの暖かい視線に彩られている。ことに『狼の紋章』(1973年・松本正志)でも松田優作と共演した加藤小夜子が現われてからの展開は、フランス映画『冒険者たち』(1967年・ロベール・アンリコ)などに連なるユートピアを求める青春群像ドラマを呈して行く。魚屋のワゴンを拝借し、並走するコーラの運搬車からファンタをいただく道中の楽しさ。ダム建設反対小屋に立てこもる5人組は、まるで子供たちの砦ごっこのようで、ユートピア的な楽しさに溢れている。

 彼らグループの仲の良さが、セックスという問題でほつれる中盤も、あくまでもコミカルに、そしてどこか切なく展開される。どんな作品でもユーモラスな場面を盛り込んできた澤田幸弘の喜劇指向がより強く感じられる。

 その楽しさは、地元警察がダーティな方法で郷鍈治の建設会社社長と手を組んだあたりから、破滅のドラマへと急展開する。一度は彼らのいいなりになって東京へ戻ろうとする松田たち。しかし、汚い大人に反逆しようと再び死地に赴いていくシーンのカッコ良さ。やくざ映画の殴り込みのようなカタルシスを感じさせつつ、警官隊に包囲され、ろう城を余儀なくされるクライマックスの閉塞感。「あさま山荘事件」を想起させるビジュアルは、彼らの破滅を予感させる。しかし、その後に訪れる開放的なラストシーン。どこまでもユートピア的な魅力に溢れた楽しい作品である。

 優作と澤田のコンビはその後もテレビ「俺たちの勲章」「大都会パート2」「探偵物語」や、澤田によるロマンポルノの快作『レイプハンター 狙われた女』(1980年)に優作がゲスト出演するなど、その友情は終生続いた。

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