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『首』(1968年6月8日・東宝・森谷司郎)

昨夜は、橋本忍脚本、森谷司郎監督、小林桂樹主演『首』(1968年6月8日・東宝)をスクリーン投影。9月19日にようやくDVD化され、これが初ソフトパッケージ化となる。待望久しである。

戦前より軍国主義への批判、官僚主義に疑問を呈してきた行動派の弁護士・正木ひろし氏は、1943(昭和18)年の「首なし事件」、1953(昭和28)年の「八海事件」などを手掛けた人権派の弁護士。今井正監督の傑作『真昼の暗黒』(1956年・現代ぷろ)「八海事件」についての著書「裁判官」の映画化で、このシナリオも橋本忍先生が執筆している。

さて、この『首』は、戦時中、茨城県那珂郡長倉村で起きた「首なし事件」を描いた正木ひろしの「弁護士」の映画化である。1944(昭和19)年1月20日、長倉村の採炭業者・奥村登(宇留木浩)が賭博および、闇物資横流しの嫌疑で逮捕され、大宮警察署で里見巡査部長(渋谷英男)の取調べ中に、脳溢血で亡くなったとされた。

ところが、身に覚えのないことなので否認を続けた採炭業者に対して、感情を爆発させた巡査部長が殴打したことが原因で死亡したのを、警察、検事局が隠蔽してしまう。

炭鉱業者・滝田静江(南風洋子)からの相談を受けた、正木ひろし弁護士(小林桂樹)は「拷問が原因」との疑念を抱いて行動を起こして、遺体の司法解剖をさせようとするが、検事や警察に妨害された上、正木弁護士が現地に到着する前に、水戸の医師・室田(大滝秀治)によって解剖され「脳溢血」と断定されてしまう。

正木弁護士は怒り心頭、ならばと東大法医学教室の南教授(三津田健)に再鑑定してもらおうと、危険を冒して、墓所を掘り返すが…

実話の映画化ということで、事件の経過や、正木弁護士、検事、警察署員、被害者の同僚たちのドラマが、時系列でドキュメンタリー・タッチで描かれていく。モノクロ・スタンダードの画面が、生々しく、戦時中の凄惨な事件と、その背景を描いていく。名手・中井朝一のキャメラが素晴らしく、佐藤勝の音楽も東宝の大作映画らしい風格。

橋本忍脚本は、事実をきちんと踏まえながら、泥沼化していく戦争のなか、司法省や警察が機能しなくなっていった現実をリアルに描いている。誰もが「お国のため」を掲げながら横暴になり、暴走している。

加藤茂雄さんや小川安三さんなど、東宝映画でお馴染みのバイプレイヤーたちのウエイトもいつもより大きく、彼らの俳優としての力を最大限に引き出している。

特に「首」を持ち出すために雇われた東大雇員・中原を演じた、大久保正信さんが圧倒的だ。遺体処理のベテランだが、まるで仙人というかホームレスのような要望で、水戸へ向かう汽車やクルマの中ではキセルで煙草を蒸して、飄々としている。それでいて感情を現さない。さしもの正木弁護士も「こいつなんだ?」という表情をして、少し見下している。が、一度仕事を始めたらプロフェッショナル。特に後半、東京へ「首」を持って帰るシーン、ハラハラドキドキの「勧進帳」シークエンスにおける活躍は、何度観ても素晴らしい。

この大久保正信さんは、東宝のBフォーム(大部屋俳優)出身で、黒澤明監督『七人の侍』(1954年)の屋根の上の野武士や、『赤ひげ』(1965年)の長坊の親父役、そして内田吐夢監督『飢餓海峡』(1965年)の漁師・辰次も良かった。どの映画でも役者の演技ではなく、そこにいる人なのである。

あ、そうそう、本作の脚本・監督・主演トリオによる『日本沈没』(1973年・東宝)では、「火を消せ!」と家族に叫ぶ、下町の老人を演じていた人。つまり森谷司郎監督のお気に入りでもあった。

ヘビースモーカーということでは、本作の小林桂樹さんが、次々とタバコからタバコへ火をつけていくチェーンスモーカーなのだが、これは山田洋次監督が『男はつらいよ 葛飾立志編』(1976年)で、小林桂樹さん演じる田所先生でリフレインしている。つまり、寅さんに登場する田所先生は『日本沈没』の田所博士プラス『首』の正木弁護士だったわけだ。

ラスト近く、1945(昭和20)年5月27日の東京空襲での「首」の顛末が描かれるシークエンスのSEは、東宝特撮映画、戦争映画でお馴染みのサウンド。なので『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965年)をいつも思い出してしまう(笑)

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