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太陽にほえろ! 1974・第97話「その子に罪はない!」

この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。

第97話「その子に罪はない!」(1974.524 脚本・播磨幸治 監督・斉藤光正)

永井久美(青木英美)
島田警部(伊藤孝雄)
市川勝(石橋蓮司)
山村高子(町田祥子)
今寺よし子(服部妙子)
平田守
アパート管理人・高田(小高まさる)
清水吾郎
山田禅二

予告編
N「指名手配犯人・市川勝逮捕」
山さん「獣になりきっているような男に、人間らしい心が残っているんですかね?」
石橋蓮司「子供には関係ねえんだ!」「親が人殺しだろうが、なんだろうが、子供には関係ない・・・」
山さん「三日前の人殺し事件を自白したことを知ってるね?」
服部妙子「あれは、ウチの人じゃありません!」
N「次回「その子に罪はない!」にご期待ください」

 山村精一刑事(露口茂)主役回。シンコも2作ぶりに登場。ゲストは石橋蓮司さん。13歳で叔父を殺して以来、凶悪犯として何度も刑務所に入ってきた男が、一家四人惨殺犯として逮捕される。男にはアリバイがあったが、それを証明できる人を守るために沈黙を続ける。石橋蓮司さんの狂気を秘めた怖さと、愛する人を守ろうとする純情。それを唯一見抜く山さん。本庁のエリート警部・伊藤孝雄さんと真っ向から対立する。人間主義の七曲署刑事と、成果主義の本庁刑事。骨太のドラマが展開される。

 脚本の播磨幸治さんは、のちに松田優作さん主演、村川透監督『殺人遊戯』(1978年)の脚本を佐治乾さんと共同執筆。近藤真彦さん版『嵐を呼ぶ男』(1983年・井上梅次)の脚本を井上監督と執筆することになる。「太陽にほえろ!」は本作で初参加。第104話「葬送曲」、第108話「地獄の中の愛」、第276回「初恋」などを執筆することになる。

 ゲストの石橋蓮司さんは、昭和29(1954)年、13歳で劇団若草に入り、東映の児童劇映画『ふろたき大将』で主役デビューを果たし、高倉健の「網走番外地」シリーズなどに出演。劇団青俳に参加するが、昭和43(1968)年、清水邦夫、蜷川幸雄、蟹江敬三らと劇団現代人劇場を旗揚げ、新劇畑でも活躍。性格俳優として活躍。「太陽にほえろ!」は本作のみとなったが、1997年のスペシャル「七曲署捜査一係」でデカ長・大高道夫役で出演した。

 サイレンを鳴らして夕暮れの街を走るパトカー。現場に到着。ジーパン、殺人事件現場の住宅で現場検証。ゴリさん「四人皆殺しか」。凄惨な現場。山さん、現場に残されていた林檎に刺さったリンゴと、キッチンの柳包丁を見比べている。凶器はやはり包丁か?殿下が山さんに訊ねる。現場となった住宅の外では、ボスがあたりを調べている。ボス、長さんに「凶器は、短刀か、刺身包丁ってところだ」「ああ、やっぱり」。長さん、植え込みにタバコの吸い殻を見つける。

 捜査第一係。捜査会議が開かれている。犯行は前夜の夜10時前後、殺されたのは夫婦、息子、お手伝いの老婆の家族四人全員が居間にいたところを襲われた。凶器は刺身包丁と断定されるも未発見。土地を売ったばかりの現金4000万円が消えている。単独犯か複数犯かどうかは、まだ結論は出ていない。長さんがテキパキと説明。ボス、ゴリさん、ジーパン、殿下、山さん、シンコ。いずれも神妙な面持ち。

 そこへ電話が鳴る。ボスが出る。「え?本庁に?」受話器を置いたボス「的が一つに決まったぞ」立ち上がる捜査員たち。「市川勝だ」と壁の指名手配犯のポスターを指さす。長さんが現場で拾った吸い殻から、市川勝の指紋が検出されたのである。市川は、千葉で質屋に押し入り、老夫婦に重傷を追わせて指名手配中。三月も経たないうちに一家四人惨殺。「ケダモノだな」とジーパン。市川は13歳の時に育ての叔父を殺した凶悪な男。

「やっぱり東京に舞い戻ってきていたんですね」と殿下。「ところでみんな聞いてくれ」ボスは続ける。「この時点から捜査本部は本庁に移行された。うちはその協力体制に入る」。その時、ドアを開けて入ってきたのは本庁の島田警部(伊藤孝雄)。それに気づかないジーパン「ボス!本庁は本庁、こっちはこっちじゃないですか?そんなわけのわからない本庁の連中の指示なんて・・・」。それを聞いて、ニヤッと笑う島田警部にボスが気付いて「エラく早かったですね」「イキのいいのを一人貸してくれ」と島田警部。「ああ、ご自分でどうぞ」。

 島田警部は、捜査一係員たちの顔を見ながら品定め。ジーパンの肩を強く叩き「これに決めた」「どういう意味だ?」とジーパン。「ああ、こいつなら使い減りはしませんよ」とボス。何か言いたげなジーパンに「あ、本庁の島田警部だ」「え?」。島田は壁の指名手配犯のポスターに近寄り、ペンで市川勝の顔に髭とモジャモジャの髪の毛を描き込み、ポスターを剥がしてジーパンに差し出す。「こいつを頭ん中に叩き込んでおけ!おい」とジーパンを促して出ていく。「おいジーパン、光栄だろ?」とボス。

 島田警部を演じた伊藤孝雄さんは、昭和34(1959)年、日活映画『密会』(中平康)でヒロインの人妻・桂木洋子さんと不倫する学生に抜擢され、日活を中心に活躍。裕次郎さんとは『あいつと私』(1961年・中平康)、『何か面白いことないか』(1963年・蔵原惟繕)、『破れざるもの』(1964年・松尾昭典)などで共演している。「太陽にほえろ!」では本作をはじめ、計3話に出演しているが、いずれも刑事役。

第97話「その子に罪はない!」(1974年) - 島田警部
第393話「密偵」(1980年) - 中田哲朗(本庁刑事)
第673話「狼の挽歌」(1985年) - 尾崎勝敏(城西署刑事)

 小田急線が走る線路脇でドブさらいをしている。ゴリさん「オエッ!」。前にも第65話「マカロニを殺したやつ」でドブさらいで根を上げていたゴリさん、かなり苦手のよう。えづきながら「本庁の連中もふざけているよな、全く、三人がかりでドブさらいやれ、って言うんだから」。長さんと殿下も駆り出されている。「文句言うなよ、これで狂気が発見できれば、だいぶ違って来るからな」と長さん、顔に泥がかかって気持ち悪い。「そうですよ、山さんやシンコがやらされているより、こっちの方がまだマシかもしれませんね」と殿下。三人の絶叫がドブ川にこだまする。

 幼稚園。園児たちが遊んでいる。「考えられないわ、前科五犯の殺人犯と、彼女、今寺よし子がどう結びつくのか?」とシンコ。園児たちと遊んでいる可愛らしい先生が、今寺よし子(服部妙子)。「まあ、幼馴染ということだけだ」とブランコに乗りながら答える山さん。「ただ一度だけ、市川が恐喝障害で服役中に、彼女が見舞いの葉書を出しているんだ」「市川に身寄りは?」「ない、子供の頃からムショ生まれってあだ名で呼ばれていたくらいだから」「ムショ生まれ?」「ああ、母親が常習のスリで、服役中に市川を産んで、死んだんだ。父親はわからん。それで、たった一人の叔父に引き取られたんだが・・・」。園児と無邪気にジャンケンをしているよし子を見る、山さんとシンコ、思わず微笑む。転んでいる園児を抱き上げて、微笑むよし子。

 今回のヒロイン、今寺よし子を演じた、服部妙子さんは、名古屋のNHK児童劇団に所属、その後状況して文学座に入り、NET「どくろ銭」(1968年)で高橋英樹の恋人を演じお茶の間で知られる。「帰ってきたウルトラマン」第16話「怪鳥テロチルスの謎」第18話「怪鳥テロチルス東京大空襲」(1971年)では石橋正次さんの恋人・小野由起子を演じた。「太陽にほえろ!」には本作を最初に5作品出演している。

第97話「その子に罪はない!」(1974年) - 今寺良子
第114話「男の斗い」(1974年) - 城所千江
第149話「七曲藤堂一家」(1975年) - 宮野万里子
第209話「働くものの顔」(1976年) - 松原美紀
第610話「38時間」(1984年) - 岩田節子

 ドヤ街。ジーパンが渡された市川勝の手配書。電信柱に寄っ掛かり、当たりを見渡すジーパンに、小さい女の子が近づいて微笑む。「ガムあげようか?」優しいジーパン。髭を生やして、髪の毛が伸びた市川勝が歩いてきて、ジーパンの脇を通り過ぎる。気づかないジーパン「ああ、島田さん」と声をかける。張り込み中の島田に気付いた市川、走って逃走。追う島田警部。追跡のテーマが流れる。ドヤ街の路地で揉み合うが、島田、市川に手錠をかける。やっと追いついたジーパン「こいつは?」と手配書と見比べる。「ボケッとするな!電話!」と島田警部。

七曲署の玄関。マスコミが殺到するなか、市川が連行されてくる。

 捜査第一係。山さん「相変わらずだね、マスコミは!」。廊下からは「中にいるんでしょ」などと記者たちの怒号が飛び交う。部屋にはシンコ、ジーパン、長さん、殿下、そしてボス。「島田警部はどうしたんだ」「島田警部は?」と記者の声。山さんボスに、市川は「奥ですか?」「ああ、本庁が迎えにくるまで、とりあえずな」。長さん、しょげているジーパンのタバコに火をつけてあげる。

 次のカット、タバコ繋がりで、取調室でタバコを吸う島田警部となる。「それから?」「確かに千葉は俺がやったと言ってるんだ。もういいだろ?」「千葉のは?すると昨夜の殺しはお前じゃないみたいに聞こえるぞ」「当たり前だよ」「ほう、じゃあ、誰がやった?」「俺をデカに雇いなよ、見つけてきてやるぜ」と不敵に笑う市川。そこへ山さんが入ってくる。島田警部「面白い、自分で自分を絞首台に送り込んでみるか?」「俺じゃねえ」「お前だよ」「俺じゃねえ」「お前だよ!」と声を荒げる島田警部。「千葉では年寄りを殺し損なったらしいが、昨夜の殺しは大したもんだ。皆殺しとはなかなか手際が良かったじゃないか!」。

 「違うよ」。石橋蓮司さんの目にだけライトを当てて、その狂気を表現する。今までの「太陽にほえろ!」史上、最も狂気に満ちた男という感じ。「俺にアリバイがあるぜ」とニヤッとして、すぐに、顔を背ける。その顔を手で掴んで、自分の方に向かせる島田警部。「アリバイだと?」。少し間があって「とにかく俺じゃねえよ」「言ってみろ、アリバイがあるんだろ?」「そんなものはねえよ」と前言を翻す。「ま、あとは本庁でゆっくり吐き出すんだな」。

 そこで山さん「市川、アリバイがあるんなら言ったらどうだ?」「口を出さんでくれ」と島田警部。ジーパンが扉を開けて「島田さん、本庁から迎えがきてますが」「ああ」と市川とともに出て行こうとする島田警部、ジーパンに「お前も来い!」「はあ」「俺とお前で捕まえたんだ。表で騒いでいる連中に写真ぐらい撮らせてやれ」「俺はいいっすよ」「照れる柄か?さ」と促す。一人残された山さん、何か引っかかる。ふと床を見ると「子安神社」のお守りが落ちている。市川が落としたものだ。

 山さん、廊下で「市川、落ちてたぞ」とお守りを差し出す。「なんだいこれは?」と一瞥し「さあ、行こうぜ、記念写真撮ってもらいによ」と嘯く。山さん、何か引っかかるものがある。

 七曲署玄関。記者たちが殺到。原田警部が誇らしげに、市川との手錠を持ち上げる。その後ろにジーパン。フラッシュの放列。

 捜査第一係。「いやぁ、参った参った」笑顔でジーパンが戻ってくる。「テレビまで来てるんですよ・・・どうしたの?せっかくホシが上がったとうのに?」。シンコ、ゴリさん、山さん、深刻な顔。ゴリさん「バカだねお前は、すぐのぼせ上がっちゃって」。山さんはボスに話を続ける「普通、犯人は無理にでもアリバイをでっち上げるもんですが、市川は言いかけて、慌てて打ち消しているんですよ」「打ち消した?」とボス。山さんは子安神社のお守りをボスに見せて「打ち消したんですよ」。

 真新しいお守りを手にする殿下。山さんは続ける。「市川は否定したが、奴のものに間違いはない」。ジーパン「ふざけた野郎だ、自分は何人も殺しておいて、何がお守りだってんだよ」。シンコ、ジーパンを見る。殿下からお守りを受け取った長さん「これは安産のお守りだぜ」「安産?山さん、どう言うことですか?」とゴリさん。「俺にもよくわからないんだ」と山さん。ボス、山さんをじっと見る。山さん、ボスを見返す。調べてみろという暗黙の指示だ。

 山さんの回想。お守り(青)を手に病院へ。妻・高子(町田祥子)が心臓発作で緊急入院したのだ。「奥さんは心臓の発作が収まって、今、眠っておられます」と医師。「ただし発作のショックで、残念ながら、お腹の赤ちゃんは亡くなられました。なんと言っても奥さんの命が大事ですから」。山さんの苦悩。

 回想は続く。山さんの家。高子が隣の赤ちゃんを預かって、可愛がっている。優しく微笑む山さん。食事の支度に立ち上がる高子。赤ちゃんをあやす山さん。「あなた、ちゃんと赤ちゃんを見ていてくださいよ。怖い顔して泣かしちゃだめよ、犯人じゃないんですからね」「ふふふ」笑う山さん。これまで誰にも見せたことのないような笑顔で赤ちゃんを見つめる。

 廊下で「市川、落ちてたぞ」とお守りを差し出す。「なんだいこれは?」と一瞥して「さあ、行こうぜ、記念写真撮ってもらいによ」と嘯く。取調室、「違うよ、俺にはアリバイがある」。山さんの頭の中でリフレイン。

 深夜、ボスのマンションの電話が鳴る。山さんからだ「ボス、獣になりきったような男に、人間らしい心が残っているんですかね?」「やはりずっと考えていたのか? 山さんどう思う?」「それがわからんのですよ、本当にわからんのですよ」「もし残っていたらどうなる?」「残っていたら・・・」。時計は0時20分。山さんの傍には高子が寝息を立てている。

 七曲署玄関。パトカーが出動。新聞記事。写真のキャプション「犯人の市川勝(26)右・本庁島田警部、左・七曲署柴田刑事」。写真には市川、島田警部、ジーパンが映っている。見出しには「一家四人惨殺事件 容疑者「市川」 犯行を全面自供」とある。

 ゴリさん新聞を読んでいる。「へえ、偶然のタレコミか。何が本庁の警部様だ」。ジーパン、暗い表情。ボスが入ってきて「殿下、市川が凶器を犯行現場近くに捨てたと言っている。すでに長さんも行ってるんだ、すぐに行ってくれ」「ゴリとジーパン、ところが市川は、被害者が土地を売った4000万円について、一向に口を割ろうとしないんだ。共犯の線も含めて、市川の昔の仲間と、犯行前後を徹底的に洗って欲しいんだ。これは本庁の指示でもあるぞ」。

 本庁、山さんが島田警部に、市川の話が訊きたいと申し入れるが、断られている。「七曲署への捜査の指示は、すでに藤堂くんに伝えてある。それには市川の尋問という項目は入っておらん」「それは分かっていますが」と山さん。「ケチなことを言うつもりはないが、個人プレーは困る。捜査を混乱させることにしかならんのだ」。山さんは食い下がる「市川は千葉でやった後、3ヶ月間もどこに潜り込んでいたと言ってますか?」「ドヤだよ、ドヤを泊まり歩いていたんだな」「それは違う!市川はドヤに潜り込んだ途端にタレこまれたんです。奴の顔は知れ渡ってますよ。ドヤ当たりをうろうろしていて、3ヶ月も持つわけありません。一箇所にじっとしている以外はね」。立ち止まった島田警部、真顔で「何を狙っている?」「女です。市川を匿っていた女がいるはずです」。島田警部含み笑いをして「無駄だよ。すでに調べはついている」。島田警部の顔のアップ。「市川に女はおらん」。ここでもアップを効果的に使う斎藤光正演出。

 鉄工場の親父。山さんに「この前もね、島田さんて人が見えましてね、同じこと聞かれましたよ」「ああ、本町の・・・」。

 山手線が走る。線路の向こうで、山さんが労務者風の男に聞き込み。「女ね、市川が?ハハハ、奴は女はダメ、からっきしダメ」「なぜだ?」「年中ムショぐらしですもんね、なにしろ」と笑う。

 捜査第一係。久美が電話を取る。「山村さん?さっきからシンコさんが待っていたんです」。シンコに代わる。「山さん、あたし、怖い」。幼稚園で園児と遊ぶ今寺よし子のインサート。「市川が13の時、叔父を殺した時も、彼女はその場にいたんです」。幼稚園についたシンコと山さん。「市川が叔父を殺した理由はなんだ?」「それが・・・」「どうした?」シンコは歩きながら話し始める。

 回想シーン。夏の夜。市川の家で中学生のよし子が学生鞄から教科書を出している。「市川はほとんど学校を休んでいたんです。働かされていて、だから彼女が時々、学校のことを話に寄っていたんです。その日、市川はいなくて、市川の叔父が一人で酒を飲んでいたんです」。床に転がる酒の茶碗。ゆっくりとよし子に近づく叔父の影、恐れおののくよし子。市川に刺されて倒れる叔父。シンコは続ける「このことがあるまで、市川はおとなしい、内気な子だったそうです。みんなからムショ生まれとあだ名で呼ばれても、笑っているような」「それがその時からガラッと変わった」。園児と楽しそうに遊ぶよし子。

「シンコ、もし君が彼女の立場だったら、どう思う?」と山さん。「え?」「自分のために人を殺した友達が、それを境に獣のような男になっていったとしたら?」「わからないわ、でもふた通りしかないと思う。すっかり忘れようとするか、あるいは逃げ出すか・・・」「今寺よし子は一度だけ、服役中の市川に、葉書を出している」「山さん、何を考えているの? まさか、彼女が市川を匿っていた・・・」「シンコ、彼女から目を離さないでくれ」。山さんは立ち去る。

 富士アパート。管理人・高田(小高まさる)が「刑事さん、困りますよ、捜査令状をお持ちなら別ですけどね」と迷惑そう。「だから入口からちょっと中を見せてもらえればいいんです」と山さん。高田、渋々とマスターキーを持ってよし子の部屋に山さんを案内する。「本当に入口からだけですよ」。よし子の部屋に入る山さん。約束が違うと高田。整頓された室内。「男性関係はどうです?」「刑事さん、今頃、むしろ珍しいくらいですよ、きちんとした娘さんで、ただの一回でも、そんなとこ見たことありませんね」と高田。「おとといの夜、10時ごろ、彼女、いましたか?」「いつものように6時ごろ、帰ってきましたよ」。その時、住民が高田の部屋のベルがなっていると声をかける。

 高田を演じた小高まさるさんは、戦前、昭和12(1937)年に新興キネマに子役として入社。東宝に移籍し、山本嘉次郎監督の名作「綴方教室』(1938年)で高峰秀子の弟役を好演。戦前から戦中にかけて子役として数多くの映画に出演。戦後は、バイプレイヤーとして新東宝で3枚目を演じている。

 その間に、山さんがよし子の部屋を見渡す。高田がやってきて山さんに電話だと告げる。

「山さん、凶器の刺身包丁が発見された。市川が言った通り、犯行現場付近だ。ただ、それで遊んでいた5歳の坊やが重体なんだ」。

 病院。手術中のサイン。殿下、長さんが心配そうに立っている。「これで市川は死刑になってもお釣りがくるくらいだ」と怒りを隠せない殿下。

 捜査第一係。山さん、ゴリさん、ジーパン、ボスが、連絡を待っている。ゴリさん「山さん、無駄でしたね、やっぱり市川は本ボシですよ」「山さん、まだ、市川が本ボシじゃないと思ってるんですか?」とジーパン。

「市川は言いかけたアリバイを慌てて打ち消した。俺も初めは些細なことだと思った。でも私の尋問経験の中でも、およそ犯人が自分が言いかけたアリバイを打ち消すと言うことは考えられないんだ。たった一つ、アリバイを証明できる人間との関係を知られたくないとする時以外はな」と山さん。「すると市川は、誰かとの関係を知られたくないために、殺してもいない四人の人間を殺したと言ってるんですか?」とゴリさん。「市川が隠しているのは多分、女だろう。しかもその女は市川の子供を孕っているはずだ」。

「お守りだ。安産のな」とボス。「こいつがなければ、俺も山さんの考えに同意はできなかった。おそらく、山さんだって、これほどの確信は持てなかったはずだ」。ゴリさんはそれでも「どうして市川は女との関係を隠すんですか?」と疑問を呈する。そこへ電話が鳴る。シンコからだった。

「ボス、山さんの勘が当たったみたいです」シンコが電話をしている電話ボックスの前にある産婦人科「神保医院」の前に今寺よし子が立っている。

 捜査第一係。「シンコが話したいそうだ」とボスが山さんに受話器を渡す。「あ、山さん、いいえ、もうさっきから何軒も、ここでも入っていく勇気がないらしいの」「シンコ、彼女から絶対に目を離すな、もし入っていくようなら構わない、止めるんだ、そうだ止めるんだ!止めるんだぞ!」山さんは強い口調で言う。市川の無実を確信しているのだ。

 クラクションの音。病院の前で崩れるよし子。

 本庁。島田警部が電話で話している。「俺の顔を?確信はあるのか?市川がホシじゃないという・・・」いまいましそうな島田警部の顔。

 取調室。自分の両手にかけられた手錠をいじっている市川。山さんが立っている。「なんなんだよ、こんな夜遅く」と市川。「今寺よし子を知っているな。お前は一度、今寺よし子のために人を殺した。今度はなんのために彼女を庇う?この3ヶ月間。お前は今寺よし子に匿われていたんだ。いや、それどころか、今度の殺しがあった夜は、お前たちは一緒にいたはずだ。あの殺しはお前の仕業じゃない」「あんた俺の弁護士になってくれよ、俺、10年以上、彼女にあっていないぜ」「今度の殺しが加われば、お前は助からんぞ」「分かったよ、やめてくれよ」微笑む市川。

 そこへ島田警部が、すごい形相で入ってくる。刺身包丁を机に置き、ライトを市川の顔に当てる。「市川、よくみろ、覚えがあるだろう?」「難題これは?」「貴様の命がいくつあっても足らんぞ、子供の命も奪ったんだぞ!さあ、こうなったら、何もかもぶちまけろ!盗んだ金はどこへやった?言ってしまえ!さあ、言え!」と怒鳴る島田警部。「どこへ隠した!言うんだ!今までのように優しく扱わんぞ。どこへやった!」。

 山さん「市川、なぜ、言わん?お前がやったんじゃないと、なぜ言わん?」「お前は口を出すな!」「俺にはアリバイがあると言ったらどうだ?」「何を言う」「今寺よし子と一緒だったと、なぜ言わない!子供のためか!」山さん、大声で怒鳴る。島田警部と山さんの主張が真っ向から対立している。

 「今寺よし子はお前の子供を孕っている」「出鱈目言うなよ」と市川。「お前にも人並みの親の気持ちがあると言うのか? 自分が何人も人を殺して、今更自分の子供の安産を願うのは虫が良すぎる。お前にそんな資格はないんだ!」。市川、絶叫して立ち上がり「子供には関係ねえんだ!」と机をひっくり返す。山さんに向かって「てめえ、殺してやる!」と胸ぐらを掴む。島田警部、それを止めて、市川に往復ビンタ。「子供には関係ねえんだ!」と叫ぶ。「親が人殺しだろうが、なんだろうが、子供には関係ねえんだ」と泣き出す。

 その様子を見て、島田警部。市川が本ボシではないことにようやく気づく。本庁の廊下。じっと山さんの顔を見ていた島田警部。「狙いは、そっちの方が確からしい」。完敗の表情。

 夜、山さんが今寺よし子のアパートへ。管理人室のドアをノックするが、管理人ヘッドフォンで盗聴音声を鑑賞。気づかない。山さん、管理人の肩を叩いて「今寺よし子さんの部屋を見せてもらいます。令状は後から来ます」「困りますね」と管理人。そこへ島田警部が現れて「令状なら、ここにあるよ」。

 アパートの廊下、とある部屋の前に立ち止まる山さん、先ほど、管理人が盗聴していたのはこの部屋の睦言かと。よし子の部屋に入る山さんと島田警部。管理人は「一体、今寺さんが何をしたと言うんです?」。それには答えず、部屋を捜索。手がかりになるものはなさそうだ。一通り見渡したところで、古新聞の山を見ていた山さん。新聞紙の下に、タバコの焼け焦げを発見する。「高田さん(管理人)、今寺さんはタバコを吸ってましたか?」「いいえ、とんでもない、とにかくそんな人じゃないんですよ、そんな」。山さんは管理人を部屋に返して捜索を続ける。

 焼け焦げを見て「まだ新しい」「市川が3ヶ月もこんなところに隠れていられるかね?管理人もいるし、隣の部屋の人間にだって、すぐバレるはずだ」と島田警部。山さんが押し入れを開けると、壁に白い模造紙が貼ってある。それを剥がすと・・・

 「落書きか!」と島田警部。絞首刑になる犯罪者をイメージした絵だった。「市川はこの中にいたんですよ、3ヶ月間、息を潜めて・・・」。驚く島田警部。ピアノのスローバラードのテーマが流れて。

 その夜、七曲署の前に立ち尽くしているよし子。山さんのクルマのライトが照らし出す。シンコ、クルマを降りた山さんに駆け寄る。入ろうかと迷っているよし子。音楽は続いている。「山さん、どうします?」「君がしていたことをすれば、彼女が入っていくのを待つ」。よし子を見つめる山さんとシンコ。よし子、署内に入っていくところで音楽が終わる。

 取調室。よし子に暖かいお茶を出すシンコ「どうぞ」。山さん「市川を匿っていたね?」うなづくよし子。「いつからだね?」「3ヶ月前です」「千葉で質屋を襲った後だね?」。よし子、山さんの顔を見て、思い出し、顔を伏せる。

 回想シーン。雨が降っている。傘をさして歩いているよし子に「ヨッ子!」と声をかける市川。「勝っちゃん!」「俺・・・」「あたし、知ってる・・・強盗したんでしょ?」「・・・」「ね、勝っちゃん、逃げられりゃしないわ、ね」。近所の人が歩いてきて会釈をするよし子。「自首か・・・やっぱりな、ヨッ子ならそういうと思ったよ、だけど、一晩だけゆっくり休みたいんだ、どうせ一生、ムショ暮らしだもんな、一晩だけゆっくり眠りたいんだ、頼む、ゆっくり眠りてえんだ・・・」。

 取調室。顔を上げるよし子。その目には涙が・・・「こうなったのも、私のせいでもあるんです。あの人、私のために人を殺しました。それにどんな理由があっても、あの人に限って、誰も救ってくれる人はいませんし、誰もが同じ目で見るんです。あ、やっぱりムショ生まれの子かって、でもこのあたしですら、今まで何もして上げれなかったんです。あたし、あの人から一生刑務所で暮らすって言葉を聞いた時、私はもう自首を勧める気持ちになりませんでした。1日でも多く休ませてあげたい、そう決めたんです。刑事さん、一生って長いですね」「市川が三日前の皆殺し事件を自白したことを知ってるね」「あれは、あの人じゃありません。あの日、あたしたちは、明け方まで歩き続けていたんです。最後の日だったんです、最後の・・・」「最後の?」と山さん。

「あたし、子供を産むと言い張ったんです。あの人は反対しました。でもどうしてもと言うなら、部屋を出ていくって。生まれてくる子が、凶悪犯の子だったって、どうしても知られたくないって、あの人、生まれてくる子供に、自分の過去だけは、どうしても知られたくないって、どんなことがあっても」。うなづく山さんの悲しい目。「確かにどんな子供でも、刑務所で生まれた子供にとっても、あなたから生まれる子供にとっても・・・」。

シンコ、悲しそうな顔。ボス、ゴリさんの顔・・・

 子安神社のお守りを差し出す山さん。「安産のお守りだ。市川が持っていた」。ハッとした顔をするよし子。「おそらく君と別れた後で手に入れたものだ。市川には守ってくれる誰もいなかったが、彼の子供には、あなたのような立派な母親がいる。私には何も言う資格はないが、もし、君の気持ちがぐらついているとしたら、そのことをよく考えて欲しい」。よし子涙を流して「私・・・」とお守りを手にとる。「私、私ぐらいついていたんです、とても」とお守りを抱きしめる。「ぐらついていたんです・・・」。

捜査一係。山さんが戻ってくる。「ボス」「どうやら獣のような男にも人間らしい心が残っていたらしいな」とボス。「しかしタバコの吸い殻の指紋はどうなるんですか?そいつが決めてだったんですよ」とゴリさん。「そう、そうなんだ。真犯人はうまい決め手を残してくれたよ」と山さん。

よし子のアパート。管理人室のドアをノックする山さん、横にはゴリさん。ジーパンも来ている。引き戸を引く山さん。部屋の中へ。遠くで赤ちゃんの鳴き声。ゴリさん、ジーパンも中へ。山さんヘッドフォンを手にする。機械のスイッチを入れると「あんた、ハンカチは?」「持った持った」と夫婦の会話。切り替えると別な部屋の母親と子供の会話が聞こえてくる。「盗聴器か?なるほど、高田はこれで今寺よしこの部屋に市川が隠れていることを知ったんですね」とゴリさん。高田だったら、簡単に市川の指紋が手にはいるわけですね」とジーパン。盗聴器からは子供が歌う桜田淳子さんの「三色すみれ」が・・・「それで奴は利用する気になったんだ」と山さん。

スイッチを切り替えると高田の声がする。「奥さん困りますよ、家賃というのは月末と決まっているんですよ、今日が何日だと思ってるんです?」「本当に4日です。少しだけ待って・・・」。山さん「高田だ」。ゴリさんとジーパン、廊下で高田を待つことに。山さん、何かに気づいて、盗聴器を見て「多すぎる・・・」窓の外を見ると他のアパートから高田が出てくるのを見つける。階段を降りる山さたちの目の前に、戻ってきた高田が・・・。慌てて逃げ出す高田を追う、山さん、ゴリさん、ジーパン。空き地で高田を確保。絶叫する高田。

留置所。市川が「山村さん、頼みがあるんだ、よし子に伝えてくんねえかな、子供を産んじゃいけねえって」「子供には関係ないと、お前の口から言ったはずだ」「嘘だよ、そんなこと嘘だ」。山さん黙って留置所を出ていく。市川「・・・」

山さん黙って本庁の外廊下を歩いている。そこへ島田警部。「山村くん、見事に顔を潰してくれたな、だが二度とこんな真似はさせんと、君のボスに言っておいてくれ」。山さん頭を下げて歩き出す。

七曲署の門。山さんが立っている。ヘリコプターの音。シンコの話を聞いて微笑む山さん。「ふうん彼女がね」「昨日、よし子さんがはっきり言ったわ、お腹が大きくなっても、面会に行くつもりですってね。彼女、もしそのことで亭主がぐずぐず言うようだったら、どやしつけてやる!って、本当に彼女、そう言ったのよ、どやしつけてやるって」「そうか」嬉しそうな山さん、嬉しそうなシンコ。「彼女がそう言ったのか」「山さん、彼女、きっと立派な強いお母さんになるわね、あたし、そう思う」。シンコ歩き出すボス」と照れている。「だってそうだろ、人のお守りもいいが、奥さんもすっかり元気になったんだしな。頑張れよ!」とボス。照れる山さん。


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。