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『怪談おとし穴』(1968年6月15日・大映東京・島耕二)

 昭和40年代、大映京都撮影所は長年培って来た映像美を反映させた怪談映画の佳作を放っていた。一方の大映東京撮影所は、『大怪獣ガメラ』(1965年)に始まる「ガメラ」シリーズを成功させ、妖怪ブームが吹き荒れた昭和43(1968)年末には梅図かずお原作の『蛇娘と白髪魔』(1968年湯浅憲明)という佳作をものすことになる。

 ジュブナイルに強かった大映東京において、大人向けの本格的現代怪談が誕生した。それが『怪談おとし穴』である。監督はベテラン島耕二。昭和43(1968)年6月15日、山本薩夫の『牡丹灯籠』の併映として作られたモノクロの傑作怪談。

 成田三樹夫は高層ビルにオフィスを構える商事会社のサラリーマン。彼には社内情事を続ける愛人(渚まゆみ)がいたが、社長令嬢に見初められ、結婚すれば若くして重役のポストが約束される。愛人は妊娠しており、成田と結婚の約束までしていた。成田は出世のため、彼女を深夜のオフィスビルのエレベーター内で殺害、遺体をダストシュートに遺棄してしまう。

 オープニング、高度経済成長の象徴である高速道路や、竣工なったばかりの霞ヶ関ビルといった大都会がクールに描写され、現代の物語であることが強調される。そして若山弦蔵のナレーションが現代の怪談を語り始める。深夜のビル。警備員が無人の文書課タイプルームを覗く、そこには顔面が醜くただれた女が! なかなかの滑り出しである。

 成田三樹夫は田宮二郎の『野良犬』(1966年)で強烈な印象を見せた昭和40年代の新しいタイプの悪役俳優。新東宝の天知茂とはまた違った雰囲気のピカロとして、現代怪談に相応しい。

 物語は「四谷怪談」をベースにした男の欲と女の恨みがテーマのオーソドックスなものだが、幽霊が登場するシチュエーションが現代的。深夜のオフィスビルに出現する女の幽霊の恐怖。ドラマは、自らの欲のために愛人・西野悦子(渚)を殺してしまったノンキャリアのサラリーマン倉本(成田)が、彼女の霊と兄・船越英二に追いつめられるまでをサスペンスフルに描く。

 巻頭、悦子を殺して出世をしている倉本の耳に、オフィスの不気味な怪談話が入ってくる。曰く、西野悦子の亡霊ではないかと。しかし倉本は「用意周到だったから大丈夫だ」と自分を納得させる。そこから映画は回想シーンとなる。

 島耕二の演出は丁寧な描写を重ね、成田三樹夫の身勝手さ、渚まゆみの無念さをじわじわと描く。深夜のオフィスビルといった現代的なアイテムが、新たな恐怖を生み出す。この頃、大映テレビ室制作のドラマ「ザ・ガードマン」で、夏の怪談シリーズと題して現代怪談が作られていたが、そのバリエーションでもある。

 タイトルの『おとし穴』は、高層ビルのダストシュートであり、出世欲にかられたサラリーマンがはまった欲望の「おとし穴」でもある。是非ソフト化が望まれる一本である。



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