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『河内カルメン』(1966年・鈴木清順)


『肉体の門』でセンセーショナルなデビューを果たした野川由美子。鈴木清順監督とは、同じ田村泰次郎原作の悲恋もの『春婦伝』で再びコンビを組み、三部作の第三部にあたるのがこの『河内カルメン』である。封切られたのは昭和42(1966)年2月5日。清順監督のフィルモグラフィーでいうと『刺青一代』(1965年11月13日)と、『東京流れ者』(1966年4月10日)の間にあたる。

 原作は今東光。今といえば大映の勝新太郎、田宮二郎の「悪名」シリーズ(1961〜74年)や、宝塚映画の森繁久彌の「河内風土記」シリーズ(1961〜63年)や、日活の宍戸錠、山内賢の「河内ぞろ」シリーズ(1964〜65年)などの原作で知られる。清順監督、山内賢の「悪太郎」二部作(1963〜65年)も今東光原作だった。

 この頃、野川由美子は「賭場の牝猫」シリーズで活躍し、単なるお色気女優に止まらない実力派として、各社のスクリーンでフレッシュな魅力をふりまいていた。その野川のために企画されたのが「和製カルメン」。プレスの表記では「田舎娘、女工、女給、モデル、お妾、女実業家と女の出世街道を爆進する日本版カルメン・露子の物語」とあるが、様々な男性体験と壮絶なドラマを通じて女として磨きをあげていくという原作の骨子を活かしつつ、清順監督はどこかユーモラスでドライなコメディに仕上げている。

 露子が生駒山を自転車で疾駆するファーストシーン。憧れのボン(和田浩治)とのキスシーンのリリカルさ。露子をレイプする源七(野呂圭介)と佐一(杉山元)の漫才のような会話。女性として悲惨な目にあいながらも、ポジティブな生き方を選択する露子は、大阪のおさわりバー「ダダ」に就職。そのあたりの呼吸が実に楽しい。この「ダダ」でのシーンはミュージカルセンスあふれる演出で、男と女たちが生き生きと描かれている。

 そこで露子は、うだつが上がらないが、口だけは達者の信用金庫職員の勘造(佐野浅夫)に、同郷人ということで口説かれてしまう。気がつけば、曖昧宿の一室。結局、勘造と同棲することになるが、そうした運命を受け入れてしまう露子は、男にとっては天女のような存在。しかし、この勘造、実に魅力的な男で、二人の別れのシーンでの佐野浅夫は、非常識なようでいて歩をわきまえた男を、ユーモラスにそして哀切をこめて熱演している。

 このアパートの美術について木村威夫は「暗がりに帰った佐野浅夫が、女を探し求めて灯りをつければ、はるか奥の彼方の暗部の中に野川がポーズを作って立っている。その構図はなんと言おうか、その長い空間が充分に役目を果たしているのを見たときは、もう胸のつまるような思いである」(キネマ旬報1975年2月上旬号)と述懐している。

 奔放ともいうべき、露子に関わる男たちは、不思議な魅力にあふれている。ファッションモデルとなった露子は、その先生・鹿島洋子(楠侑子)のレズビアンのターゲットとなる。が、それだけは勘弁という潔癖なところをみせ、洋子のセックスフレンド・高野誠二(川地民夫)に間一髪救われる。この誠二も、調子はいいが憎めない男。恋人にするには物足りないが、友達としては最高という存在。

 その洋子の屋敷も、夜、誠二と洋子がセックスをしているシーンの<声>を猫に置き換えて、まるで舞台美術のように描かれる。

 大阪見物に露子が出るシーンの浮き浮きした気分。市電で初恋のボンと再会するシーン。奔放な露子の純情とその顛末は、ボンの住む閉塞されたアパートとその劣悪な環境が予見させてくれる。

 金貸しの齋藤長兵衛に扮したのはベテラン嵯峨善兵。戦前の新興映画でデビューをし、戦中、戦後も活躍したバイプレイヤー。伊丹十三の『マルサの女』(1987年)まで、50年以上も銀幕で活躍した人。八ミリキャメラを喜々として回す、倒錯した実業家ぶりが印象的。いわゆるコスプレ、ブルーフィルムの撮影で露子が「女としての喜びを知る」というおまけもついている。

 コミカルな展開のなかに、ときどきインサートされる、不動院の良巌坊(桑山正一)のショット。母・宮城千賀子がお金で関係を持っていた不動院は、彼女のトラウマとして登場してくる。クライマックス、河内に戻った露子は、その不動院と対峙することになる。妹・仙子(伊藤るり子)の哀しい女の性。母・きくの業の深さ。こうしたドロドロした情念は、今東光の世界でもある。

 主題歌「河内カルメン」は、コロムビアレコードの東ひかり(今東光が命名)がうたっており、本編の野川の歌は東の吹替え。「泣いてよし・・・ すねてよし・・・ 抱いてよし・・・ すべて満点!」とは当時の日活宣伝部のコピー。歯切れの良い河内弁の応酬。60年代大阪の風俗がモノクローム画面いっぱいに広がり、テンポの良さは、この時期の清順監督の充実ぶりを伺わせる。

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