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『夫婦』(1953年1月22日・東宝・成瀬巳喜男)

7月11日(月)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男監督特集で『夫婦』(1953年1月22日・東宝)をスクリーン投影。DVD化が未だなので、1998年に日本映画専門チャンネルで放映録画をスクリーン投影。成瀬としては『稲妻』(1952年・大映)に続く作品で、原作はなく、藤本真澄から「夫婦もの」をというオーダーで、藤本製作の『丘は花ざかり』(1952年・東宝)の井手俊郎と水木洋子がオリジナル・シナリオを執筆。

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ポスター
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パンフレット

結婚六年目、地方勤務だった笠井電機のサラリーマン、中原伊作(上原謙)が東京出張所へ転勤。その妻・菊子(杉葉子)は、東京育ちのお嬢さんで鰻屋「はや川」の娘で、久しぶりの東京住まいに張り切っているが、実家を継いでいる兄・茂吉(小林桂樹)が近々結婚するため、実家には住めない。なので「貸し間探し」をするが、なかなか良い物件がない。

このあたり、藤本真澄好みの「松竹蒲田喜劇」的な題材。しかも、ようやく見つけた「貸間」は、中原の会社の同僚で、最近女房を亡くしてチョンガーになったばかりの武村良太(三國連太郎)。一軒家で一人暮らしは寂しかろうと、半ば押しかけるように、武村家に引っ越してくる中原夫妻。

一階は中原夫妻、二階に武村と、奇妙な間借り暮らしが始まる。美人で家事をこなし、甲斐甲斐しく、武村の世話をする菊子に、武村はほの、かな恋愛感情を抱く。だけど真面目な性格ゆえ、一線は超えまいと決めている。むしろアタフタして、次第に嫉妬がエスカレートしていく中原。

三國連太郎と上原謙。タイプもキャリアも違い二人が、杉葉子をめぐって、フェミニストになったり、仏頂面になったり。かなりの喜劇的な状況なのだが、成瀬巳喜男の演出はいつものように「夫婦の危機」「男の矛盾」「生活のやるせなさ」を描いていくので、身につまされるというか。三國連太郎の芝居がリアルなので妙な生々しさもある。

また会社の事務員、野田アヤ(田代百合子)が武村に恋をしていて、チョンガーになった彼にアタックしたいが、消極的でなかなかうまく行かない。そこで、同僚の藤野ミエ子(木匠マユリ)がアヤを連れて、風邪で寝込んでいる武村を見舞いする。こうしたシーンは、東宝サラリーマン映画の明朗さ。これぞ藤本真澄好み。

トップシーンは、銀座松坂屋の屋上から始まる。久しぶりに東京へ戻ってきた菊子がご機嫌に眺望を楽しんでいる。いずれも結婚している同級生、赤松夫人(中北千枝子)、横山房子(三條利喜江)立ちとの同窓会。松坂屋の屋上からは、服部時計店の時計塔が見える。成瀬は、のちに『秋立ちぬ』(1960年)でも松坂屋の屋上でロケーションしている。銀座から海が見える場所でもある。

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銀座松坂屋屋上

菊子の実家「うなぎ はや川」があるのが(おそらく)世田谷の住宅街。松坂屋のシーンに続いて、菊子が野川沿いを歩く。後ろの鉄橋を小田急線が走っている。

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野川 世田谷区

後半、銀座通りが映るショットに、懐かしの銀座2丁目のレストラン「オリンピック」が右手に見える。銀座「オリンピック」は、今のティファニー銀座本店の場所にあった。子供の頃、家族で食事をするのは、4丁目の「コックドール」か、この「オリンピック」。または数寄屋橋の「不二家」だった。

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銀座通り レストランオリンピック

やはり後半、お正月のシーン。武村が家の近所で子供たちと凧揚げをする。このロケ地はどこか? 大瀧詠一さんから「三國連太郎さんに聞いてもらえない?」と指令が下り、「釣りバカ日誌」シリーズのパンフを担当していた僕は、ある時『夫婦』の台本と、該当シーンの写真をお見せして、三國さんに話を伺ったことがある。三國さんは「ああ、これは池尻大橋の近くですね」と教えてくれた。どうしても成瀬映画を観ていると、映画に写っている風景が気になって気になって、今日も時層探検をするのです。

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世田谷区 池尻大橋

ラスト近く、中原夫妻が転居する借家があるのが東急玉川線沿線。踏切を世田谷線が走るカットがある。三好栄子が家主のこの下宿は「子供がいない」ことを条件に夫妻を受け入れる。しかし、菊子は結婚六年目にして懐妊していた。ここには長くいられないからと、半年ぐらいでまた借家を見つけようという菊子。しかし現実主義の中原は、子供を産むことを躊躇する。今の感覚ではありえないことだが、ここから先の中原の言動は、やはり承服できない。夫婦の最大の危機を経て、ハッピーエンドになるが…  この違和感は、続く『妻』(1953年)や『山の音』(1954年)で、成瀬が描き続ける「齟齬」でもあり、成瀬映画の味ともなっていく。

と、どうしても成瀬映画を観ていると、映画に写っている風景が気になって気になって、今日も時層探検をするのです。


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