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『お嬢さん社長』(1953年・松竹・川島雄三)

 昭和24(1949)年、松竹映画『悲しき口笛』(家城巳代治)で、シルクハットにタキシード、ステッキを抱えて主題歌を歌う11歳の少女に、日本中が喝采を送った。天才少女歌手・美空ひばりである。横浜の日劇で歌っているところを、川田晴久の誘いで観た、喜劇の神様・齋藤寅次郎監督は「これはいける!」とすぐに起用。

 それが昭和24年3月28日公開の『のど自慢狂時代』(東横映画=大映)だった。まだデビュー前、ここでひばりは、笠置シヅ子の「セコハン娘」を歌い、その三ヶ月後、齋藤寅次郎監督は、古川ロッパ、エンタツ・アチャコ、川田晴久のオールスター喜劇『新東京音頭 びっくり五人男』(6月7日・新東宝)で再びひばりを起用。ここで歌ったのが、笠置シヅ子の「ジャングル・ブギー」の替え歌だった。

 コロムビアはこの少女と契約、デビュー曲となったのが、7月26日公開の『踊る竜宮城』(佐々木康)の挿入歌「河童ブギウギ」だった。それが松竹でのキャメラテスト代わりとなり、10月19日公開の『悲しき口笛』での準主役への抜擢で、ここで『モロッコ』(1930年)のマレーネ・ディートリッヒを意識した前述のタキシード姿は、大人びた歌声の天才少女歌手のプレゼンテーションとしては最高のルックだった。その時のスタイルが、そのままアメリカの「ライフ」誌に掲載され、翌年には川田晴久とともに二ヶ月に及ぶ、ハワイ、アメリカ公演が実現する。

 戦後日本のショウビジネス界を象徴するサクセスストーリーである。美空ひばりは次々と松竹映画に主演、その歌声はスクリーンからこだました。レコードの曲が映画で歌われ、映画の主題歌がレコードでヒットする。たちまちトップに上り詰めた「歌う映画スター」は、まだハイティーンの女の子。

 昭和28(1953)年12月29日、正月映画として封切られた川島雄三の『お嬢さん社長』は、ひばりにとっては42作目となる。まだ16歳だが、美空ひばりは日本映画を代表する「歌う映画スター」となっていた。

 企画の福島通人は、横浜国際劇場の支配人だった昭和22(1947)年、「美空楽団」の歌姫・美空和枝と出会って以来、マネージメントを担当。デビュー作『のど自慢狂時代』から映画、レコードのプロデューサーとしてひばりを支えてきた。昭和26(1951)年に、新芸術プロダクションを設立、翌年に歌舞伎座で女性初となる美空ひばり公演を実現させた敏腕プロデューサーである。昭和31(1956)年には、所属会社の異なる、江利チエミ、雪村いづみとの夢の共演映画『ジャンケン娘』(東宝・杉江敏男)を企画した。

 川島雄三は、その美空ひばりをフィーチャーしながら、これまでも『夢を召しませ』(1950年)などで手掛けてきた松竹歌劇団=SKDをジョイント。さらには『とんかつ大将』(1952年)で好んで描いてきた浅草の裏町を舞台とした。つまり川島雄三映画と美空ひばり映画のジョイント企画でもある。

 「お嬢さん社長」というコンセプトは、この映画の前年、水原綾子が亡父の薬問屋を株式会社にして奮闘努力する『お嬢さん社長と丁稚課長』(松竹・萩山輝男)を受け継いだもの。川島も鶴田浩二の『学生社長』をこの年、手掛けているが、こうした「商人もの」「会社もの」は、戦前から松竹映画が得意としていた。

 また、ひばりのニックネーム「お嬢」のイメージとも重なるが、「お嬢」の語源は、仲良しの江利チエミ、雪村いづみとおしゃべりをしている時に、ひばりが冗談ばかり言って笑うので「お冗談」から「お冗」となり「お嬢」となった。と、雪村いづみさんから伺ったことがある。

 タイトルバック。美空ひばりの「若い歌声」にのせて、富士山マークに続いて、マドカ(美空ひばり)がゴルフ場でホールインワン。お嬢さんで社長だから道楽でゴルフという感じでスタート、続いて水面を走るモーターボード。どこかでレジャーか?と思わせておいて、隅田川を疾走している。東武伊勢崎線の鉄橋の向こうには、昭和6(1931)年竣工の「松屋浅草デパート」の威容が見える。船上キャメラは切り替わって、吾妻橋をくぐるショットに、画面の奥には、先ほどの東武線の鉄橋。その奥には、言問橋が見える。で、キャメラはまた切り替わって、松屋浅草の全景。屋上には遊具「スカイクルーザー」や「ロープーウェイ」の鉄塔が見える。続いてキャメラは、(おそらく)日本橋通りを俯瞰でながめ、都電の軌道、そして行き交う車を写し、医者(小林十九二)を乗せた高級車が「日本一乳菓株式会社」本社ビルの正面玄関に横付けされる。

 日本一乳菓の社長・小原重三郎(市川小太夫)は、ワンマンで気が短く、気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らす。雷社長として恐れられていたが、持病で療養することになり、社長の椅子を、ハイティーンの孫娘・小原マドカ(ひばり)に譲ることを決意。

 歌舞伎俳優・二代目市川小太夫は、戦前から『日輪』 (1925年・マキノプロ=聯合映画芸術家協会=春秋座)など、舞台の傍ら映画でも活躍。『決戦高田の馬場』 (1933年・太奏発声=J.O.)での中山安兵衛役などで人気となり、戦後は松竹や大映の時代劇で活躍。その口跡の良さが印象的。ひばりとは『とんぼ返り道中』(1950年)、『ひばり捕物帖 唄祭り八百八町』(1953年)でも共演している。現代劇への出演は少なく、この年『君の名は』に続いての『お嬢さん社長』への登板となった。

 話は映画に戻る。ところがマドカは、SKDのスター(江川滝子)に肩入れして、今日も勉強をサボって、国際劇場へ。ちょっとしたパトロン気取りのマドカの態度に、SKDの演出家・秋山五郎(佐田啓二)はカチンときて、マドカに説教をする。

 そのお詫びにと、日本一乳菓のお菓子を持って、五郎の住む、浅草の裏長屋に、謝罪にやってきたマドカは、気の置けない長屋の人たちの人情に触れて、ここが自分の居処だと感じるようになる。

 それもそのはず、長屋の長老で、幇間の桜川一八(坂本武)は、マドカの実の祖父だった。一八の娘がSKDの踊り子で、マドカの父と恋仲になるが、重三郎が許さず、マドカだけが引き取られていたことがわかる。

 ともあれマドカは「お嬢さん社長」として、日本一乳菓の経営改革に乗り出す。長屋の住人でインダストリアル・デザイナーの並木(大坂志郎)を、社長付の宣伝デザイナーに起用。自社提供の音楽番組の演出には、SKDの秋山を採用して、マドカが自ら出演。このあたり「サラリーマン喜劇」のパロディのようだが、森繁久彌の「社長シリーズ」がスタートするのは、2年後の正月映画だから、これは松竹の会社員喜劇の伝統でもある。

 劇中、JODC「日本一アワー」で、マドカが歌う挿入歌は「悲しきおもかげ」「楽しい日曜日」「星影の愁い」。歌謡映画としても楽しめる。ショウのシーンの振付は、日劇ダンシングチームなどを手掛けていた県洋二。この「日本一アワー」に流れるCMが楽しい。アニメーションで川を流れてくる桃、魚釣りをするクマが桃を釣り落とし、洗濯をしているお婆さんが拾い上げ、桃の中から桃太郎が出てきて、女子アナ「あなたと私の日本一乳菓がお送りする唄と踊りの豪華ショー。今日から謎の特別出演者が登場いたします。さあ、それは誰でしょう?」。そこでマドカが「若い歌声」を歌いながら登場。

 日本でのテレビジョン放送がスタートしたのは昭和28年2月1日。最初はNHKだけだった。この年8月28日に初の民放、日本テレビが開局したばかり。それから四ヶ月後、日本一乳菓は提供番組「日本一アワー」を持っていたことになる。映画の観客にとって、ほとんどの人はテレビ未体験。『お嬢さん社長』では、ひばりちゃんのテレビ出演も擬似体験することができたのだ!

 しかし好事魔多し。重三郎が社長の時代から、専務・安田(多々良純)、宣伝課長・三戸(永井達郎)、経理部長・貝谷鉄太郎(有島一郎)は、ライバル会社による「日本一乳菓」乗っ取りの手引きをしていた。貝谷部長の娘・由美子(月丘夢路)は、マドカの社長秘書として、秋山と恋に落ち、父・鉄太郎たちの陰謀に心を痛める。

 川島雄三らしく、会社組織の魑魅魍魎のドタバタ劇と、長屋の住人たちのユートピア的な世界の対比が鮮やか。一八の弟子・桜川三八役の桂小金治は、実にイキイキとコメディリリーフを楽しく演じている。また長屋の小町娘で、水上バスの車掌をしている菊子(小園蓉子)とマドカの友情も、「下町娘とお嬢さん」という対比の面白さ。

 山の手の自宅から、マドカが浅草に行くシーン。隅田川を航行する水上バスで、吾妻橋のたもとへとやってくる。水上バスからの浅草風景。吾妻橋、東武伊勢崎線の鉄橋、そして松屋浅草デパート。ロケーションの風景を眺めているだけでも楽しい。

 浅草国際劇場のバックヤードは、松竹大船撮影所のセットだが、開演前の活気や、踊り子たちがバタバタしている姿は、レビューや踊り子を愛した川島映画ならではの味。『夢を召しませ』でも、このバックヤードや楽屋が舞台だった。シリーズ第21作『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(1977年)も、こうした浅草国際劇場の舞台裏で、マドンナ・紅奈々子(木の実ナナ)の物語が展開される。当然ながら松竹にはこうしたSKDを題材にした作品が多い。

 マドカの秋山への淡い恋。重三郎と一八の和解。お嬢さん社長の限界などなど、細かいエピソードをテンポ良くまとめながら、ハッピーエンドまで一気に展開していく後半。川島映画のリズムは、実に心地良い。

『お嬢さん社長』1953年12月29日公開 松竹大船撮影所

【スタッフ】
製作 久保光三
企画 福島通人
脚本 富田義朗・柳沢類寿
撮影 西川享
音楽 万城目正
振付 県洋二
美術 梅田千代夫
録音 妹尾芳三郎
照明 高下逸男
装置 古宮源蔵
装飾 守谷節太郎
衣裳 斉藤耐三
現像 林竜次
編集 斉藤正夫
監督助手 中平康
撮影助手 小原治夫
録音助手 田中俊夫
照明助手 八鍬武
録音技術 金子孟
進行   新井勝次

主題歌 コロムビアレコード
「若い歌声」A-一八一九

「悲しきおもかげ」
野村俊夫作詞・万城目正作曲・松尾健司編曲

「楽しい日曜日」A-一八二八
松坂眞美作詞・万城目正作曲・松尾健司編曲

「星影の愁い」石本美由起作詞・万城目正作曲・松尾健司編曲
唄 美空ひばり

【出演者】
美空ひばり
坂本武
大坂志郎
市川小太夫
桜むつ子
小園蓉子
多々良純
有島一郎
清水一郎
桂小金治
高屋朗
稲川忠完
竹田法一
水木涼子
永井達郎
高瀬乗二
小藤田正一
青木富夫
小林十九二
奈良真養
南進一郎
高松栄子
草香田鶴子
高友子
戸川美子
大杉陽一
仲麻篤美
長尾敏之助
中川健三
津村準
人見修
千葉晃
舟川享
長尾寛
長谷部朋香
後藤泰子
谷川浩子
田代芳子
河村百合子
佐々木恒子
水谷重子
渡規子
三原京子
東遥子

【特別出演】
佐田啓二
月丘夢路

監督 川島雄三

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