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『喜劇駅前探検』(1967年・井上和男)

「駅前シリーズ」第20作!

 昭和42(1967)年9月2日、人気テレビコメディの映画化『てなもんや幽霊道中』(松林宗恵)と二本立て公開された「駅前シリーズ」第20作。演出は前作『喜劇駅前学園』でシリーズに初参加した、松竹出身の井上和男監督。渋谷実の薫陶を受け、戯作精神溢れる喜劇を得意とした“蛮さん”こと井上監督にとって、前作は調子の出ない一本だったこともあり、今回は自らテーマのアイデアも出している。

 原案は、千利休や太閤秀吉をテーマに、様々な論考を発表していた國學院大学文学部教授(当時)の桑田忠親。この頃、光文社カッパ・ブックスでベストセラーだった「日本宝島探検 埋もれた財宝を求めて」などの著作をベースに、藤本義一と井上監督が脚色。「駅前シリーズ」とはいえ、どこの沿線のどこの駅前かも特定できないが、森繁久彌・伴淳三郎・フランキー堺の「駅前チーム」が、豊臣秀吉の財宝をめぐって出し抜き合いをするシチュエーションコメディとなっている。

 人生を、鉱山を掘り当てることに捧げている“山師”・森田徳之助(森繁)、儲け話には目がない強欲な質屋・伴野孫作(伴淳)、そして大学につとめる考古学者・坂井次郎(フランキー)。三人が目の色をかえたのは、かつて徳之助がつとめていた割烹旅館「千成」から出た春画の絵草紙の断片に、豊臣家の軍資金の「埋蔵金のありか」が描かれていたから。

 この「千成」の女将・大島圭子(淡島千景)は、豊臣秀吉の血をひく由緒ある家系ゆえ、いまでも「豊臣家再興」に取り憑かれている。いつもの“お景ちゃん”のような常識ある婦人ではなく、豊臣家のことしか考えていない、かなりマニアックで風変わりなキャラクター。それがかえって新鮮で、風変わりということでは、次郎の助手で研究者の池ノ内染子(池内淳子)もそうとうアナーキーなキャラ。女流作家として「千成」に泊まり込んで、豊臣家の古文書を研究している染子だが、その目的は「埋蔵金」を掘り当てること。

 次郎とは恋仲だが「埋蔵金」のこととなると、目の色が変わる。森繁・伴淳・フランキー、そして淡島千景、池内淳子の五人が、それぞれの立場で「埋蔵金」探しに奔走する。なので、いつものような「色と欲」の「色」はほとんどなく、「欲」一辺倒。うまい話を嗅ぎつけて「埋蔵金」を狙ってくるのが、三井三平(三木のり平)、山根久太郎(山茶花究)、砂山六平太(砂塚秀夫)の詐欺師グループ。

 沈没船の財宝を発掘すると称しての出資金詐欺などを繰り返している札付きの三人組で、のり平・山茶花究がイキイキとワルを演じている。この頃、東宝映画で引っ張りだこの砂塚秀夫もコメディ・リリーフとして良い意味で映画をかき回してくれる。

 なので、いつも下町人情はほとんど描かれていないが、徳之助の女房で、かつて「千成」の仲居をしていたお信(京塚昌子)と息子・徳一郎(松山英太郎)と、孫作と女房・お浜(中村メイコ)との「家庭の事情」がアクセントになっている。その程度でも「駅前シリーズ」を観ている気分になる。

 徳之助たちが住んでいるのが「もぐら横丁」。東京映画のスタジオに作られたセットなので路地が狭いが、後半のドタバタの舞台として機能している。「もぐら横丁」とは、作家・尾崎一雄の自伝的小説で、戦後、新東宝で清水宏監督が佐野周二と島崎雪子主演で『もぐら横丁』(1953年)として映画化、森繁も出演している。東京映画では尾崎と妻の出会いを描いた「芳兵衛物語」をフランキー堺と司葉子が演じた『愛妻記』(1959年)が作られた。脚本が長瀬喜伴、演出を久松静児が手掛けており「駅前」とは縁が深い。

 本筋と関係ないが、孫作が鼻の下を伸ばしている、町内の祈祷師・野村弓子(野川由美子)のシーンがおかしい。明らかにインチキ祈祷師で、適当な御宣託で孫作から小金を引き出している。教祖的存在の野村青二斎を演じているのは、当時の名子役・吉野謙二郎(のちの雷門ケン坊)。川島雄三門下の藤本義一らしく、こうした脱線が楽しい。

 森繁・フランキー・伴淳、池内淳子が、地図を頼りに「埋蔵金」を探して山奥に探検する中盤。珍しくロケーションで、結構ハードな動きをさせられているのがおかしい。ここが『駅前探検』たる所以である。冒頭とエンディングのナレーションは森繁久彌が、徳之助ではなく森繁として担当しており、その名調子が良い意味で狂騒曲の額縁となっている。

 これまで「駅前シリーズ」には、巨人軍の王選手やジャイアント馬場、和田弘とマヒナスターズ、かしまし娘など、さまざまなゲストが出演しているが『駅前探検』のゲストは、なんと人気ドラマ「事件記者」のレギュラー陣が勢ぞろい。マニアにはたまらない。「事件記者」は昭和33(1958)年4月から昭和41(1966)年3月にかけてNHKで放映された、島田一男作の社会派ドラマ。日活で10作映画版(1959〜1962年)が作られ、東京映画での映画版『新・事件記者 大都会の罠』(1966年)と『同 殺意の丘』(同年)の演出を井上和男監督が手掛けていた縁での「事件記者」メンバーのゲスト出演となった。

 三平に取材した事件記者・原保美、園井啓介、滝田裕介、近藤洋介、中原成男、守田比呂也が、手配中の詐欺師グループと気付いて、セットの中での追っかけのドタバタが繰り広げられる。

NHKで終了後「事件記者」は、フジテレビで「新・事件記者」(1966年10月〜1967年3月)、NETで「ある勇気の記録」として放映されメンバーが分裂したが、『駅前探検』には「ある勇気の記録」(1966年10月~1967年9月)への移籍グループの滝田裕介、近藤洋介と、「新・事件記者」残留グループの原保美、園井啓介、中原成男、守田比呂也が共演。オリジナルの「事件記者」メンバーが揃っている。いずれの番組もこの年の秋には放送が終了となるので、この『駅前探検』はオリジナル・メンバーが揃った最後の映画版ということになる。

 さて後半、割烹旅館「千成」の地下に「埋蔵金」があることを突き止めた、徳之助、次郎たちはそれぞれ、地下を掘って「埋蔵金」を探す。ほとんどドリフのコントのようなヴィジュアルで、森繁たちが穴を掘る姿は、人情喜劇「駅前シリーズ」の世界とは完全に遊離しているが、なんでもアリのおかしさがある。

井上和男の「駅前」は本作が最後となるが、『喜劇駅前探検』から二ヶ月後の11月、東宝創立35周年記念作として、第21作『喜劇駅前百年』が、シリーズ第1作以来の名匠・豊田四郎によって撮られることとなる。




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