見出し画像

『新・兵隊やくざ 火線』(1972年4月22日・勝プロ=東宝・増村保造)

 昭和46(1971)年、大映が倒産。勝新太郎はホームグラウンドを失ったが、昭和42(1967)年に設立した勝プロダクションで、大映時代から映画制作を続けてきた。大映で最後の「座頭市」となった『新座頭市 破れ!唐人剣』(1971年・安田公義)や、プログラムピクチャー『片足のエース』(1971年10月2日・池広一夫)などを製作していた。大映倒産後は、東宝と提携して、大映京都撮影所のスタッフを起用して『座頭市 御用旅』(1972年1月15日・森一生)、兄・若山富三郎主演「子連れ狼」シリーズを次々とプロデュース。大映プログラムピクチャーの伝統を東宝のスクリーンで維持していた。

画像2

 そうしたなか、前作『兵隊やくざ 強奪』(1968年・田中徳三)から4年ぶりとなる「兵隊やくざ」シリーズの新作が企画された。『新・兵隊やくざ 火線』(1972年4月22日・勝プロ=東宝・増村保造)は、第2作『子連れ狼 三途の川の乳母車』(三隅研次)とともにゴールデンウィーク作品として封切られた。東宝にとっても外部プロダクション製作、しかも人気シリーズの新作は、安定した収益が挙げられるために願ってもないこと。この年、6月には石原裕次郎の石原プロモーション製作『影狩り』(6月10日・舛田利雄)が公開され、大映の勝新太郎、日活の石原裕次郎の新作が観られるのはファンにとってはありがたいこと。大映の倒産、日活のロマンポルノへの路線変更により、この時期、かつてのトップスターの新作が東宝系で封切られていた。

 有馬頼義原作「貴三郎一代」を原作に、浪花節語りからやくざになった一等兵・大宮貴三郎(勝新太郎)と、大学出のインテリ上等兵・有田(田村高廣)が、第二次大戦末期の中国戦線を舞台に「軍隊の非人間性」に抵抗しながら、自由を求めて戦い続けるアクション・コメディ。今回の脚本は、第7作『兵隊やくざ 殴り込み』(1967年・大映京都・田中徳三)を吉田哲郎とともに手がけた東條正年と増村保造が共同執筆。本作の後になるが、東條は勝新のお気に入り作家として、勝プロ製作のテレビ「啞侍 鬼一法眼」(1973年・NTV)、「座頭市物語」(1974年・C X)、「痛快!河内山宗俊」(1975年・C X)などの脚本を手がけることになる。

画像3

 さて、今回はシリーズ初のカラー作品。第7作で敗戦を迎え、第8作は敗戦後の混乱を舞台にしていたが、昭和19(1944)年3月の北支が物語の舞台となっている。大宮と有田の天敵ともいうべき、軍国主義の権化で「戦争大好き」の神永軍曹に宍戸錠。日活アクションの“エースの錠”と、勝新太郎の壮絶な殴り合いが、なんと3ラウンドもある。タイプの違う活劇スターの共演が楽しめる。というか、この映画の錠さん、徹底的な憎まれ役で、シリーズ史上最悪の「ワル」でもある。それに対して、リベラルで「戦争大嫌い」の北井小隊長に大瀬康一。昭和30年代、国産初のテレビヒーロー「月光仮面」や少年向けの時代劇「隠密剣士」で、清く正しいヒーローを演じていた。宍戸錠と大瀬康一のキャラクターは、極端なまでにカリカチュアされているが、これも「軍隊の非人間性」を強調するため。

 さらに、これはでは敵として描かれていたが、中国の八路軍、ゲリラたちのドラマを描かれ、そのリーダー格・芳蘭に安田道代。シリーズは三回目の出演だが、大宮は八路軍のスパイである芳蘭に一目惚れをして、彼女も大宮に好意を抱く。中盤、大宮は八路軍に拉致されゲリラの一員にならないかと持ちかけられ、共通の敵である神永軍曹を倒すために、結果的に共闘する。何が正しいのか? 何が悪なのか? この展開もこれまでになかったもの。

画像4

 この頃、勝プロに所属していた勝村淳、橋本力など大映の大部屋俳優たちが顔を揃えているので、東宝映画なのに大映映画を観ているような気がする。撮影の小林節雄、美術の太田誠一も大映出身なので、ルックや映画の雰囲気も変わらない。メロウな村井邦彦の音楽に1970年代の空気や匂いを感じる。いまではユニークに感じる劇伴だが、当時は「新しい感覚」でもあった。村井邦彦は、1960年代末の「或る日突然」(トワ・エ・モア)、「廃墟の鳩」(ザ・タイガース)、「夜と朝のあいだに」(ピーター)などで日本のポップスシーンをリードした作曲家で、のちに勝プロ製作「新・座頭市」(1976年)の音楽を手がけることになる。

 昭和19年3月、北支の最前線で、大宮一等兵(勝新)と有田上等兵(田村高廣)の部隊が全滅。二人は丘の上の関帝廟に立てこもって、ありったけの銃弾をぶっ放す。弾が尽きたら戦死は免れない。もはやこれまでと、有田は自決を覚悟。フライングして手榴弾の信管を抜くが、咄嗟に大宮が庇った途端に大爆発。気がついたら八路軍を殲滅していた。またしても二人だけになった大宮と有田。

 そこへ北井小隊の神永軍曹(宍戸錠)の部隊が通りかかる。神永は「軍人魂」の権化というか、やたら威勢がいい。というか『地獄の黙示録』(1979年)のキルゴア軍曹(ロバート・デュヴァル)のようなイっちゃってるキャラクター。その態度に、有田も大宮も反発するが、二人は生き残りとして北井小隊に編入される。小隊長・北井少尉(大瀬康一)は「戦争は大嫌い」と公言して憚らないリベラル派。北井少尉は「部下を死なせずに内地に帰したい」と考えている。しかし中学出の幹部候補生なので、神永には馬鹿にされている。

 大宮と有田が隊に着いて早々、神永が「八路軍のスパイだ」と近隣の日本人贔屓の村長・王(大滝秀治)の息子・黄(坂本香)を捕らえてくる。「中国人を見たらスパイと思え」と鼻息が荒い神永軍曹。しかし北井少尉は「この子と八路軍はなんの関係もない」と疑問を抱く。しかし神永は黄を縛り上げる。大宮の過去も調べ上げている神永は、大宮に銃剣を用意させて「やくざだったら度胸があるはずだ。このガキを突け!」と命令する。こうした虐殺が、各地で行われていたことを、ぼくらの世代は戦中派の親や、戦地に行った親戚からよく耳にしていた。しかし大宮は「俺は子供はやらないよ」と顔を背ける。神永軍曹の鉄拳制裁で血だらけの大宮、よそ見しながら口から血をピュッと吹く。そのタイミングが絶妙で、陰惨な状況なのにおかしい。それでも「突け!」と神永軍曹。大宮、やる気なさそうに、ひょいひょいと銃剣を突く真似をするが、黄少年には当たらない。「貴様!」と怒り心頭の神永、大宮に殴りかかり。ここで宍戸錠V S勝新太郎の壮絶な「第一ラウンド」となる。

 有田上等兵が北井少尉を連れてきて、その場はことなきを得る。黄の父で村長の王は、若い頃、日本の大学に通っていて、日本人に世話になったことがあり「日本人大好きです」という親日派。その日の午後、黄は姉・芳蘭(安田道代)とともにお礼にやってくる。手土産の鶏もさることながら、大宮は芳蘭の美しさに一目惚れしてしまう。ところが、神永軍曹がその芳蘭を捕まえて、自室に連れ込んで強姦しようとする。1960年代の「兵隊やくざ」では、ここまでは描かれなかったほどの直裁的な描写である。ロマンポルノ、ピンク映画の時代となり、男性向け娯楽映画にはこうした刺激的な表現になっていた。神永がズボンを下ろし、芳蘭にのしかかろうとしたその時、黄から姉のピンチを教えられた大宮が、神永の部屋のドアを蹴破って、そのピンチを救う。

 上官に反抗するのか!と怒る神永に、大宮は「ふんどし丸出しで、何が上官だ!」と楯突く。神永の部下の兵隊たちにボコボコにされるが、大宮は反撃して、いつものように全員をノシてしまう。そこで宍戸錠V S勝新太郎の壮絶な「第二ラウンド」の火蓋が切って落とされる。騒ぎを聞きつけた有田が駆けつけ、大宮に「小隊長殿は喧嘩が嫌いだ。小隊長のために止めろ」と制止。「後は俺が引き受けた」と頼もしきかな上等兵殿である。

 北井少尉に叱責される神永軍曹。しかし、神永は芳蘭を八路軍のスパイと睨み、手籠にすれば情が移って、情報を引き出せると思っていると、嘯く。今ではコンプライアンス上、絶対に許されないシチュエーションだが、その話に北井少尉も納得。おいおい。芳蘭への誘惑は、神永ではなくリベラルな有田上等兵に任せることに。しかし有田は、その任は自分ではないと、女を口説くことにかけては右に出るものがいない適任者として、大宮を推薦する。

 「一番大切なものは上等兵殿です。二番目が芳蘭」と大宮は、そんな汚いことはできないと拒むが、有田の「ならば他のものが芳蘭を抱くことになる」の言葉に、渋々と、口説き作戦を引き受ける。「芳蘭はその正体をさぐるんだ。ただし、この三日のうちに」と期限付きで、大宮のくどき作戦が始まる。中国語のレッスンと称して芳蘭に接近、いいムードになる。やがて芳蘭は「八路軍、12時きっかり、南から襲ってくる」と大宮にそれとなく八路軍の作戦をリーク。

 これを報告したら芳蘭はスパイとして処刑される。それは忍びない。そこで大宮は「俺は身体を張ってお前を守る」と約束して、芳蘭を逃がすことに。「あなたどうなる?スパイ逃すと死刑?」と心配する芳蘭。大宮は「形見に欲しいものがある」と、芳蘭の「下の毛」が欲しいと頼む。第3作『新・兵隊やくざ』(1966年・田中徳三)の従軍看護婦(小山明子)の時と同じである。女性の下半身の毛は戦地では「弾除け」になるという俗説である。

 大宮が八路軍の襲撃予定を報告すると案の定、神永軍曹は「あの女、捕まえて締め上げましょう」と上申。しかし大宮は「あんなイイ女、殺されてたまるか」と嘯く。「八路軍が来たら、俺が上等兵殿を守るんだ」と大宮。しかし八路軍の攻撃は大したことはなく、2時間の戦闘で、部隊の負傷者はわずか6名で済んだ。ほっとする北井少尉。大宮は「スパイを逃した罪」で営倉入りとなる。しかし神永はそれでは収まらず「営倉に入れるだけじゃ他の兵隊に示しが尽きません」と、大宮に制裁を加える。しかも有田に殴らせる。この辺りの宍戸錠の憎々しさは、シリーズ随一。というかあまりにも非道なので、観ていてつらい。あまりにもワル過ぎる。

 営倉に入れられた瀕死の大宮、芳蘭の「毛」を愛でる。そこへ、宝蘭の弟・黄が、鍵を銃で壊して、大宮を助ける。芳蘭会いたさの大宮が連れられたのは八路軍のキャンプだった。芳蘭はこの地域の八路軍のリーダー格で、なんと八路軍入りを持ちかけらるが・・・

 というわけで、今回はあまりの日本陸軍の非道さに対して、敵だったはずの八路軍の方が人間的であるという視点で、後半、大宮と芳蘭が共闘して、神永軍曹たちのワルを一掃していくという意外な展開となる。八路軍の闘士でありながら大宮のストレートさ、純情さに引かれていく芳蘭を安田道代が好演。大宮と有田を助けるために、大宮の目の前で神永に抱かれるシーンの哀切。芳蘭に惚れ抜いた大宮は、そのことが許せなくなり、二人の間はギクシャクしていくあたり、その恋愛感情がちゃんと描かれている。

 神永軍曹は、戦闘中、北井少尉を射殺。流れ弾に当たったことにして、自分たちだけが生き残り転属、有田も一緒である。「上等兵殿!」に会うために八路軍のキャンプから、大宮と芳蘭が神永成敗にやってくる。河村兵長(松山照夫)を脅かし、便所の肥溜めに落として「神永はどこだ?」と脅す大宮。汚臭を放つ河村兵長に、神永は「汚いな」「汚ねえのは手前だ。もっと汚ねえ」と大宮。二人は、素手で殴り合いの一騎打ちをすることに。ここで宍戸錠V S勝新太郎の「第三ラウンド」となる。この殴り合いは、宍戸錠が愛してやまない西部劇『スポイラース』(1942年)で、ジョン・ウェインV Sランドルフ・スコットの再現でもある。延々と二人のタフガイの殴り合いが続く。名場面である。

ラスト、八路軍たちによって生命を助けられた有田が大宮に「俺たちには、軍服は用はない。この大陸で生きるだけ生きるんだ」と、八路軍からもらった逃走用の中国服を着る。こうして、二人の果てしない旅が再び始まる。

 劇中とエンディングにシリーズ初の主題歌「兵隊やくざ」(作詞:石本美由起 補作・編曲:山路進一)とカップリング「男と男」(作詞:美沢香、作曲:村井邦彦 編曲:馬飼野俊一)がコロムビアからシングルリリースされた。

画像1


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。