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『うそ倶楽部』(1937年3月1日・P.C.L.・岡田敬)

 今宵の娯楽映画研究所シアターは、岸井明のモダン喜劇研究その3。岡田敬監督『うそ倶楽部』(1937年3月1日・P.C.L)。もちろん、じゃがだらコンビの相棒・藤原釜足との共演作。主演はもうひとり、活動弁士から映画俳優となった文化人・徳川夢声さんである。もともとこの映画の企画は、古川緑波さんのアイデアによるもの。東京日日新聞・大阪毎日新聞に連載されていた「うそ倶楽部」に材をとって、「人は何気なくうそをついているもの」「うそは生活の潤いにもなるが、時にはトラブルの原因にもなる」という視点で「映画にしたら面白かろう」とP.C.L.のプロデューサー・伊馬鵜平氏に提案して映画化されたもの。

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 なので、ノンクレジットだが原案・古川緑波ということになる。この経緯は「古川ロッパ日記」に詳しい。脚本は伊馬鵜平氏と岡田敬監督。登場人物全員が「小さなうそ」「大きなうそ」をついて、それで揉め事にもなるが、最後が「うそから出たまこと」で、誰もがハッピーとなる。

 天正8年、大槻家の先祖が、戦乱のさなか、子孫のためにお宝と思い込んでいるガラクタを埋めて、その在処の地図を後世に残した。その、眉唾の伝説をまことしやかに祖父・徳川夢声さんが孫・大村千吉さんに話している。その息子・大槻半四郎(藤原釜足)は人造羊毛会社に勤めている。しっかりものの妻・英百合子さんが、晩酌は1デシリットルをきっちり測って、家計を守っている。

お手伝いさん・清川虹子さんの恋人で植木屋の“ホラ新”さんを演じているのは、吉本興業専属の落語家・二代目・春本助次郎さん。この“ホラ新”がいい加減な男で、ガラクタを御隠居に高値で売りつけては小遣い稼ぎをしている「口から先に生まれてきたような男」。

 さて大槻家の2階には、医学生と偽って本当は音楽大学に通っている甥・大槻京助(岸井明)が済んでいて、長女・椿澄江さんと目下恋愛中。二人は内緒で付き合っていて、毎晩、外でランデブーをしている。

 この大槻家の面々が、次々と遭遇する大小の騒動を明るい笑いで描いてくホームドラマ。戦後、東宝のドル箱となる江利チエミさんの「サザエさん」シリーズの原点のような作り方。京助くんは、密かにビクターの歌手のオーディションを受けていて、もう少しでレコードデビューできそうな勢い。その帰りに「白木屋の食堂で待っていて」と椿澄江さんに言うセリフがあるが、白木屋とは日本橋にあった百貨店。寅さんの啖呵売で「赤木屋・白木屋・黒木屋さんで〜」というフレーズがあるが、その白木屋である。

 ビクターのスタジオでレコーディングを終えると、ロビーにいるのは小唄勝太郎さん。その勝太郎に、お祖父ちゃんが夢中で、という設定も後半に生きてくる。

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 ある日、半四郎がお祖父ちゃんに、「我が社ではガラスから羊毛を作る発明をした」と企業秘密を漏らしてしまう。戦後盛んになるグラスウールである。その会話を立ち聞きした“ホラ新”が、床屋で得意げにその話をしていたのを、大日本人造羊毛株式会社社長に聞かれてしまったために、半四郎がクビになる。そのことを言えない半四郎。ここで「うそ」をついてしまう。

 新聞に「右ノ者今般当社ヲ罷免ス」と社告が出て、妻とお祖父ちゃんにバレてしまい、半四郎は窮地に立たされる。同じ紙面には京助も大々的に記事になって「レコード界に天才歌手現はる 智恵巡こと大槻京助君 制服を捨ててデビュー」と大々的に報じられてしまったのだ。京助のピンチを救ったのが、たまたま家を訪ねてきた勝太郎だった。お祖父さん、京助が勝太郎の知り合いと知るや、急に歌手デビューを応援することに。

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 とまあ、こんな感じで「うそから出たまこと」のエピソードが綴られていく。失業した一家の主人・半四郎にとって、頼みの綱は、先祖伝来の「埋蔵小判」だったが・・・このクライマックスが、なかなか面白い。気を利かせた“ホラ新”さんが、田舎に先回りして「小判王大歓迎」の横断幕を掲げて、お祖父ちゃんと半四郎を迎える。派手なジンタが「東京節」を演奏して大歓迎。しかも“ホラ新”さん、労働者も雇って、地元の人たちが集まっての大騒ぎ。今度は、後に引けなくなってしまった、お祖父ちゃんが窮地に立たされて・・・

 最後はあっと驚く急展開となるが、この映画、どこかで見たことがあるな、と思ったら、山田洋次監督、ハナ肇さん『喜劇一発勝負』(1967年・松竹)の後半、食いつめたドラ息子のハナ肇さんが、追い詰められた挙句、温泉を掘り当てて、大逆転をする展開がよく似ている。

 で、ジャズ・シンガー、岸井明さんの唄うシーンを待ち構えているが、なかなか出てこない。タイトルバックの「うそ倶楽部」(作詞・伊藤松雄 作曲・三宅幹夫)は、レコードは古川ロッパさんが歌っていたが、映画版は岸井明さん。劇中、ハイキングに行くシーンでも岸井さんが歌っている。ビクターのスタジオでのレコーディングの場面でも、歌が終わったカットから入る。自宅の二階の物干しで、椿澄江さんと「楽しき我が家」を少し口ずさむ。

 そして満を持して、ラストシーン。歌手となった岸井明さんが、温泉旅館のバルコニーでスイートハート=“スーちゃん”を前に、ジャズソング「スーちゃん」(Sweet Sue, Just You)を唄ってくれるのだ! 昭和12年2月20日にリリースされたばかりの新曲でレコードでは岸井明さんの日本語訳の歌詞だったが、ここでは映画版オリジナルとなっている。

♪   月の夜も 星の夜も ヨッちゃん ヨッちゃん
 いつも見る 君の夢 おおヨッちゃん ヨッちゃん
 ふとさめて 真夜中に 今の夢を思う
 目に浮かぶ 君の顔 おおブーちゃん ブーちゃん
 腰弁の会社員 つまらんぞ つまらんぞ
 晩酌は1デシリットル つまらんぞ ああつまらんぞ
 クビになっても 平気です うそから出たまこと
 素晴らしい 宿屋のおやじ ぼくのおじさん
 うそついて 金掘れば お祖父さん お祖父さん
 その代わり お湯が出る お祖父さん お祖父さん
 いつもいう 口ぐせの うそから出たまこと
 おお素晴らしい お湯が出る (インスト)

 この岸井明さんの歌声を聞いていると、ああ、このまま戦争の時代にならなければ良いのに・・・としみじみ思ってしまう。岸井明さんの歌声は、人の心を柔らかくして、幸せに導いてくれるのである!

ああ、楽しき哉! 戦前のジャズソング!

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