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『続 拝啓天皇陛下様』(1964年1月1日・松竹大船・野村芳太郎)

 昭和39(1964)年1月1日公開 カラー ワイド
 併映 『モンローのような女』(渋谷実監督/真理明美、佐田啓二主演)

 昭和39年のお正月映画として『続 拝啓天皇陛下様』が公開された。後年、『男はつらいよ』で松竹のお正月映画の顔となる、渥美の初めてのお正月主演映画でもある。棟田博の原作を前作でほぼ映画化してしまったため、オリジナルのストーリーが作られた。脚本には多賀祥介、野村芳太郎コンビに加え、山田洋次が参加している

 多賀は野村に師事し、ドキュメンタリータッチの佳作サスペンス『左ききの狙撃者 東京湾』(62年)の脚本に参加。後年はATGで『津軽じょんがら節』(73年)や『もう頬づえはつかない』(79年)など多くの名作をプロデュースすることになる。山田は61年に中編『二階の他人』でデビューし、63年4月に『下町の太陽』を発表、野村作品『あの橋の畔で』四部作(62〜63年)の脚本を執筆。後の方向性を決定づけるハナ肇主演『馬鹿まるだし』(64年)の公開が、ちょうど次週に控えている頃。そういう観点で本作を見ると実に興味深い。

 主人公は岡山出身の山口善助。無学で貧しいゆえに実社会で辛酸をなめてきた男である。がゆえに「軍隊こそ天国」と信じる男の無垢さと悲しさを、昭和史のなかに描くというスタイルは前作同様。山正のような男がもう一人いたら? というのが作家たちの狙いだろう。といっても前作で使われなかった少年時代のエピソードは棟田の原作を映像化している。棟さんのような語り部は登場せず、唯一の客観性は田口計によるナレーション。むしろ観客が、棟さんのような立場で善助を見守っていくスタイルをとっている。

 善助の少年時代の牧歌的な空気は、「馬鹿シリーズ」の故郷描写に通底するものだし、岩下志麻のおなご先生から勉強を教わるシークエンスを発展させると『男はつらいよ 葛飾立志篇』(75年)の樫山文枝と寅さんの個人授業となる。後の作品の萌芽に、松竹の伝統を感じる。

 善助の少年時代の物語は一見滑稽だが、本当に哀しい。おなご先生への強姦未遂という前科を背負って、汚わい屋となる。このあたり野村の重喜劇『糞尿譚』(57年)を彷彿とさせ、「ウンコの善さん」と呼ばれるくだりは、野村脚本による「泣いてたまるか」の「ラッパの善さん」に通じる。

 シャバでろくな事がない善さんにとって、唯一の友人が、華僑の王万林(小沢昭一)とその妻・美理(南田洋子)夫婦。天皇制、軍隊に対する痛烈な風刺を込めつつ、差別を受ける華僑を登場させるという構成に、作者たちの時代に対するスタンスを感じる。戦地の描写の合間に、神戸大空襲のシーンをインサートし、労役にかり出されている王万林たちが「日本なんて全部燃えろ」と叫ぶシーンが強烈な印象を残す。

 さて「軍隊こそ天国」の善さんの任務は、北京の軍犬部隊。ここで出会う加仁班長役の藤山寛美が実にいい。前作の柿内二等兵の勤勉さとは正反対、一升瓶を片手に豪放磊落。ここでも渥美との丁々発止が楽しめる。特に班長との別れのシーンがいい。渥美は寛美について、日本一うまい人で、客席から見ていたい人、と話している。共演するのはしんどい。その理由は、つい見とれてしまって、見とれられないから、というのが渥美らしい。二人は「泣いてたまるか」の「先輩後輩」(脚本・大川久男、渡邊祐介)でも共演。渥美の刑事と寛美の泥棒が将棋を指すシーンに味があった。

 シャバで汚わい屋だった善助が軍用犬・友春の世話をする。ペーソス溢れるシークエンスと過酷な戦争。学徒動員で応召されたが足が悪いため一等兵の高見(勝呂誉)がたどる運命。終戦で友春を中国に置き去りにしなければならない哀しさ。そこに戦争の悲劇がある。

 そして戦後、友春の飼い主・ヤエノ(久我美子)への献身ぶりは「無法松」であり、ヤエノの夫・良介(佐田啓二)が帰還して、その淡い思いが打ち砕かれるのは、「男はつらいよ」に通じる世界である。

 焼け跡の大阪での、王万林らと田中邦衛らの抗争は、戦後史の一ページでもあり、なおも続く善助と王万林の友情が、実にいい。そしてバラックに住む善助と軍歌ばかり唄う恵子(宮城まり子)との出会いと、つかの間の夫婦生活。妊娠した恵子が迎える哀しい結末は、69年の山田作品『吹けば飛ぶよな男だが』の緑魔子を思わせる。

 朝焼けの街、赤ん坊を背負いながら善助が歩いていくショットの美しさは、名キャメラマン川又昂ならではの映像美であり。善助の後ろ姿の哀愁には、チャップリン映画の匂いがする。



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