太陽にほえろ! 1974・第101話「愛の殺意」
この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。
第101話「愛の殺意」(1974.6.21 脚本・鎌田敏夫 監督・竹林進)
永井久美(青木英美)
今井典子(酒井和歌子)
今井誠行(村井国夫)
若い男(田利之)
西村美弥子(佐々木敬子)
マンション管理人(五月晴子)
予告編
酒井和歌子「もう来ないわよ、美弥子さん」
N「ずっと育まれてきた兄への愛は、近寄る他人に牙を向ける。遠い過去の傷痕、もはや女は殺意に舞う。あたりに血の匂いがする。」
(殿下、酒井和歌子さんに殺られる?)絶叫!
N「次回「愛の殺意」にご期待ください」
ワコちゃんこと酒井和歌子さんが「太陽にほえろ!」史上、最も最恐の「悪女」を演じる鎌田敏夫脚本作。坂井和歌子さんは「飛び出せ!青春」で清楚で美しい本倉明子先生を演じて、僕らの世代でも”憧れのお姉さん”だった。「飛び出せ!〜」も手がけた鎌田敏夫さんは、そのイメージを覆して「兄への屈折した愛」を貫くために凶行を重ねるファムファタールを創造。恋人を事故で失くしたばかりの殿下に、ピンチが迫る。かなりコワいエピソードになっている。
兄を演じた、村井国夫さんも見事な演技で、冤罪に陥れられてしまう前半、ヒッチコックの巻き込まれ型サスペンスのように、無実なのに殺人犯になっていく恐怖。そして妹との深い絆にまつわる悲しく、苦しい過去が明らかになっていく。今回はゲストが酒井和歌子さんと村井国夫さん、そして田利之さん演じるストーカー男さんだけという、シリーズでも珍しい展開。
しかもヒロインの名前は典子! 酒井和歌子さんで典子というと、山田信夫さん脚本、恩地日出夫監督の傑作『めぐりあい』(1968年)のヒロインを思い出すが、今回の典子は『氷の微笑』のシャロン・ストーンとか、『危険な情事』のグレン・クローズのような「悪女」。しかも「刑事コロンボ」式の、予め犯人を明かした上で展開する「倒叙もの」のスタイルだけに、いつもワコちゃんスマイルが、全く別の意味を持ってくる。
新宿住友ビル前。殿下が歩道橋の階段を上る。買い物袋を両手に抱えた今井典子(酒井和歌子)が朗らかに歩いてくる。この頃、スーパーは持ち手のない紙袋が主流だったので、買い物かごを下げて、紙袋を抱えて歩く主婦が当たり前の光景だった。階段を上がってきた殿下、典子とぶつかり、路上にオレンジが散乱してしまう。少女漫画でよくあるというイメージの「最悪の出会い」パターンを再現。階段を転がる夏みかん(この場合酸っぱそうな夏みかん。オレンジはこんなに沢山買うことできなかったし、グレープフルーツは珍しくてまだ普及していない)。
殿下「すいません」と夏みかんを拾い上げる。せっかくの買い物が台無しとがっかりしている典子。両手に夏みかんを抱えて「すいません、あ、袋破けちゃいましたね」と謝る殿下。典子、爽やかな笑顔で「いいえ」「あのお近くですか?」「ええ」「それじゃお送りします!」。恋が始まる予感の(パターン化された)描写。
典子のマンション。殿下、典子を送ってくる。マンション管理人(五月晴子)「あらお帰りなさい」。夏みかんを落とす殿下。管理人に拾ってもらう。「ここなんです」典子の部屋に到着。玄関で「ここ置きます」と殿下。しかしまた夏みかんを転がしてしまう。微笑む典子。夏みかんを拾う二人の手が重なる。恋の予感(その2)。玄関には赤いエナメルのパンプス。
殿下、挨拶して帰ろうとすると、部屋の奥から水の音。「どこか水が出てるんじゃないですか?」「ちょっと待って」。風呂場に行き、浴槽の水を止める典子。湯船には女性の水死体! 驚くでもなく、冷静な表情の紀子、死体が浸かった浴槽にタオルを漬け、絞って濡れタオルに。「どうぞ手を拭いてください」と殿下に差し出す。ああ、怖いねぇ。ここで典子のサイコパスぶりを匂わせる。
「お洗濯してて、忘れちゃった!」といつものワコちゃんスマイル。殿下はニヤニヤデレデレの表情。「本当にすいませんでした。ありがとうございました」と見送られ、上機嫌の殿下。典子、平然とした顔で部屋の中へ。
深夜、土砂降りの多摩川堤。レインコート姿の典子がクルマで到着。降り頻る雨の中、トランクから女性の遺体を引き摺り下ろして、川へ。遺体は赤いパンプスを履いている。「♪赤い靴 はいてた女の子 異人さんに連れられて いっちゃった〜」典子が口ずさむ。遺体を引きずるその表情は、完全にサイコパス。
雨も上がり、典子、クルマを停めて降りてくる。勤め帰りのような雰囲気。しかしタイヤには遺棄現場の泥が付着している。
今井経理事務所。「ああ、典子か?」「いたのお兄ちゃん?」と兄・今井誠行(村井国夫)が残業をしている。「お兄ちゃんのところに何度電話しても出ないし、うちへも帰ってこないし」「俺はずっといたよ」「それに美弥子さんも来ないし」。美弥子は誠行の恋人である。「美弥子さんがくるっていうから、私、早引きして、ずっと待っていたのよ」。がっかりした表情の誠行「そうか、行かなかったのか、美弥子さん・・・」「もう終わるの?仕事」「ああ」「待っててもいい?」。仲の良い兄妹である。アップのワコちゃんが魅力的!(犯人だけど)。
「もう来ないわよ、美弥子さん」悪戯っぽい眼差しだが、コワいコワいセリフ。典子は事務所の洗面所へ。鏡を見て、最高の笑顔で笑う。コワいコワい。バッグから髪に包んだ、美弥子の遺体の髪の毛の束を、そっと浴槽に入れる紀子。水道の栓をひねり、水を流すと髪の毛は排水口で渦を巻いている。ヒッチコックの『サイコ』(1960年)か、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの『悪魔のような女』(1955年)などの猟奇サスペンスの味わい。
多摩川堤。美弥子の遺体が発見され、現場検証が行われている。ゴリさん、長さん、遺体を視認している。
捜査第一係。ゴリさんと長さんがボスに報告。「被害者の身元を確認しました。西村美弥子23歳、昭南大学4年生・・・」。2部上場の西村ケミカル社長令嬢である。殿下、山さん、ジーパンも集まってくる。「殺しですね」と山さん。「被害者から検出された水ですから、川の水ではなく、水道の水でした」とジーパン。「風呂かどこかで溺死させたれてから捨てられたというのが鑑識の結論です」と山さん。
今井経理事務所。「美弥子さんが殺された?」驚く誠行。山さんとジーパンが事情聴取に来ている。「誰が?誰がそんなことを!」狼狽える誠行。山さん「ここでいつも一人で仕事をなさっているんですか? 昨夜は何時ごろまで」「12時すぎです」。ジーパンは当たりを目で調べている。というか誠行を疑ってかかっているようだ。「いつもそんなに遅くまで?」「どうしても今日、渡さなきゃならない書類がありまして」。
ジーパン「ちょっとすいませんが、便所借りていいですか?」と洗面所へ。
山さんは、誠行のアリバイを確認する。「一度食事に出ただけで、あとはずっといました」。
ジーパン、浴室を調べる。浴槽の排水口に、髪の毛の束を見つけ、ポケットにしまう。
山さん、窓の側に立ち「ここから外に出られますか?」「ええ、私が疑われているんですか?」と誠行。「色々お聞きしたいことがありますから、ちょっと署まで来ていただけませんか」とジーパン。山さんは「任意出頭の形ですから、拒否なさっても結構です」。こういうセリフで、小学校の時に「任意」という言葉を知った。
殿下とゴリさん。今井典子の勤め先へ。殿下、典子の顔を見て驚く。「君は・・・」「あら」と明るいワコちゃんスマイルの典子。「おい、なんだ殿下、知ってるのか?」。ゴリさんは典子に「ちょっとお聞きしたいことがあるんですか?」と警察手帳を見せる。一瞬、表情が固くなる典子。「刑事さん?」「ええ、お兄さんのことでお聞きしたいことがあるんです」と殿下。
スカイブルーのワンピースの典子。殿下、ゴリさん外へ。殿下「お兄さん、昨夜何時頃、帰ってきましたか?」「1時過ぎに一緒に帰ってきましたわ」「一緒に?」「兄のところに何度電話しても出ないので、心配になって訪ねて行ったんです」とゴリさんの顔を見る典子。「昨夜は兄の恋人に当たる人も訪ねてくることになってしましたし、あのう、兄がどうかしたんですか?」。美弥子が殺されたことを告げるゴリさん。「殺された・・・」。はっと驚く表情の典子。
「それで兄が疑われているんですか?」「美弥子さんと一番親しかったのは、お兄さんですから」とゴリさん。典子、絶叫して「兄じゃありません!そんな、兄がかわいそうです!ひどいわ!兄は人殺しのできるような人じゃありません。そんな人間じゃないわ!」と泣き出す。ずっと酒井和歌子さんのアップ。
取調室。長さん、山さんが、誠行を取調べている。「美弥子さんは昨夜、君の家にくることになっていたんだね」と山さん。「ええ」「それはどういうことなんだ?」「美弥子さん、家を出て、僕のマンションにきてくれる決心をしてくれたんです。もう家には帰らない、と言って」。美弥子は前夜父から諦めろと言われたばかりだった。「君は美弥子さんより、西村ケミカルって会社に魅力を感じていたのではなかったのかね?」と斬り込む山さん。「初めはそうでした。そのつもりで美弥子さんに近づいたんです。でも、それだけじゃなくなったんです。本当です。僕は昨夜、全てを正直に美弥子さんに話しました。美弥子さんも、僕の気持ちをわかってくれて、家を出る決心をしてくれたんです」。
長さん「美弥子さんは5時過ぎに、君の事務所を出たんだね?」。仕事が残っていたので誠行は「先にいっててくれと言ったんです」「そんな大事な日に、美弥子さんをほっぽらかして、12時過ぎまで仕事をしていたのかね?」と山さん。「仕方ないじゃないですか、一人でやっている事務所なんだから」。そう、フリーは大変なんだよ、山さん。「美弥子さんのことは妹に頼んでおきました」。長さん「君は食事以外に事務所を出なかったと言ったな?」「ええ」「妹さんはな、昨夜、君のところへ何度も電話したけど出なかったから、心配で訪ねていったと、そう言っているんだがね」「でも私はいたんです!」。ああ冤罪の恐怖!
「美弥子さんは君の事務所に来た時、風呂へ入ったかね?」と山さん。否定する誠行。「美弥子さんが風呂へ?入りませんよ、風呂なんか」。山さんポケットからハンカチを取り出し、シャーレーに入った髪の毛を見せる。「美弥子さんの髪の毛だよ」と長さん。「君の事務所の風呂場の排水口から発見された」「風呂へ入りもしないのに、どうして彼女の髪の毛がそんなところへ引っかかっているんだ?」。山さんは追及する。「嘘だ、そんなことは嘘だ!あんたたちは俺を罠にかけようとしている。罠にかけて自白させようとしているんだ!」。長さん、山さん、じっと誠行の顔を見つめる。
夜、捜査第一係。ボスが窓際に立っている。いわゆるブラインドタッチのイメージの源泉のショット(笑)。応接のソファーには、俯いたままの典子。時計は午後8時56分。ボス「久美、もう帰っていいぞ」「はい、じゃお先に」「ご苦労さん」。夜遅くまで働いているんだね。入れ違いに殿下が入ってくる。「まだ(典子は)いるんですか?」「ああ、兄さんが出られるまで、帰らんそうだ」。殿下、鑑識の報告をボスに渡す。「今井のクルマに付着していた泥は、死体の捨てられていた多摩川の泥と一致するそうです」。うなづくボス。「それから、クルマのトランクからも女の髪の毛が発見されています。害者のものです」「殿下、(典子は)家が近くだと言ってたな?送ってってやれ」とボス。
ボス、典子に近づいて「家に帰って待っててください。お兄さんは今の所、いつ返せるかわかりません」「兄は人殺しなんかじゃありません。人殺しなんかじゃありません!」「・・・」「兄に会わせてください、会わせてください!」。殿下は気の毒そうに「取調べ中は、面会は許されないんです。帰りましょう」と声をかける。そこでボス「あなた、クルマの運転は?」。典子、つぶらな瞳で「いえ、免許なんか持ってません」と否定する。「あなたのところは、お兄さんと二人きりらしいですね?」。両親は、兄弟が幼い時に二人とも亡くなっていた。「他にご兄弟は?」「兄の間に、姉が一人と、私の下に弟が一人いました」「いました、て?」「死んだんです。小さい時に・・・」。
ボスは続ける。「ご両親も兄弟も小さい時に亡くなられたんですか?」「はい、あたしたち、一家心中の生き残りなんです」。典子たちが幼い時に父親が貧しくてどうにもならなくなり、一家心中をしたと告白する。「それで私と兄だけが生き残ったんです」。その悲しい境遇に同情する殿下、ボスも悲しそうな顔。「兄を返してください!兄を返してください!」と涙ながらに訴える典子。
殿下、典子をクルマで送ってくる。俯いたままで暗い表情の典子を部屋までエスコートする殿下。マンション管理人(五月晴子)が殿下を怪訝そうに見ている。部屋に入り、泣き崩れる典子。殿下はどうしてやることもできない。
取調室。誠行、俯いている。山さん「なぜ、美弥子さんを殺したんだ?」「殺しゃしない」否定し続ける。長さん、長丁場で上着を脱いでいる。「君は小さい時から金持ちになりたかったそうだな?」「・・・」「今に大金持ちになってやると、周りの人間に言っていた」「そうだよ、親父は一生馬鹿正直に働いてるんだ。それなのに、工場の事情で目が見えなくなったら、誰も、なんの面倒も見てくれなくなった。挙句の果てが一家心中だ・・・」。
誠行の回想シーン。夜の今井家。パトカー、捜査員たちが現場検証。毛布に包まった幼い男の子、まだ小学生の誠行と幼い紀子が、じっと両親の遺体が運ばれていくのを見ている。
「俺はその時思ったんだ。世の中にはうまく立ち回る奴と、惨めに死ぬ奴としかいない。それなら俺もうまく立ち回って、金持ちになってやる。金持ちになって、典子にも思う存分、贅沢をさせてやる。俺は今までそれだけを考えて生きてきたんだ」。今井兄妹が生きてきた修羅の人生。典子の兄に対する妄執に近い愛情を抱いている、その背景がここにある。かなりヘビーだが、鎌田敏夫脚本に通底する、犯罪者側のドラマが、視聴者に強烈に迫ってくる。
長さんは続ける。「美弥子さんは君のその気持ちを知って、君に別れ話をしに行った。金持ちの娘に痛いところを突かれて、お前はカッとなった」「彼女はお前の気持ちをわかってくれて、家を出る決心をしてくれたなんて嘘っぱちだ」と山さん。「嘘じゃない!」「その嘘を本当らしく見せかけるために、お前は妹に電話をして、美弥子さんがくるからと早退けさせた」「違う!」。
「じゃ美弥子さんはお前の事務所を出てから、どこへ言ったんだ?どうしてお前のマンションに行かなかったんだ?どうして事務所の風呂から美弥子さんの髪の毛が出てきたんだ?どうして走りもしないクルマに泥がついているんだ?どうしてトランクから美弥子さんの髪の毛が出てきたんだ!」。畳み掛ける山さん。「違う!違う!違うんだ!」。誠行を見つめる山さん、長さんの顔のアップ。
七曲署・廊下に典子がじっと座っている。捜査第一係のドアが開き、久美が出てきて「取調べ中は、面会は許されないことになっているんです。お気持ちはよくわかりますけど・・・」と典子に話す。そこへ殿下がやってきて。典子「島さん!」。久美「なんとか言って。いくら待ってもダメなんだから」。殿下、典子を見る。俯く典子。殿下、たまらない。
捜査第一係。ボスに「会わせてやってください」と談判する殿下。「そりゃ規則はわかりますよ。でも毎日ああやって、やって来てるんです。一度ぐらい会わせてやってもいいじゃないですか!」。久美、部屋に戻ってくる。「普通の兄妹じゃないんですよ、一家心中して幼い二人だけが残った、そんな兄妹なんですよ。会社でもマンションでも人殺しの妹って、白い目で見られて、彼女もどうしていいか、わからなくなってるんです。会わせてやってください、ボス」と懇願する。
ボス「ジーパン、山さんたちに様子聞いてくれ。一度会わせてやらないと、殿下がうるさくってしょうがないとな」。ジーパン嬉しそうに「わかりました」。久美も嬉しそう。殿下、ボスに笑顔。「妹さん、呼んでこい」「はい」。
応接ソファーに典子を案内する殿下。山さんが誠行を連れてくる。「お兄ちゃん!」「典子」。泣き出す典子。「安心してろ、兄ちゃんは人殺しなんかじゃない」「あたしもお兄ちゃんを信じてます」。殿下、包みを開ける。「妹さんが作ってきてくれたお弁当だよ」「ありがとう典子」。
兄妹の再会を、デスクから見守るボス。殿下、すでに典子への同情は愛情に変わりつある。山さん・・・。美味しそうに弁当を頬張る誠行。「うまいよ」「そう、頑張ってね、お兄ちゃん」。全ては茶番なのに・・・最愛の兄を犯人に仕立てて、悲劇のヒロインを演じている典子。番組を途中から見た視聴者は、完全に騙されちゃうね、この涙に。
「あたし、もしお兄ちゃんが刑務所に入るようなことになったら、毎日でも会いに行く。毎日のお弁当作って会いに行ってあげる。お兄ちゃんにはあたししかいないんだもん。もう会いに行ってあげられるのは、あたししかいないんだもん」。典子の屈折した兄への偏愛。
その瞬間、誠行は、何かに気づく(ピアノのSEとハッとした顔で、視聴者にもわかりやすく)。悲劇のヒロインに陶酔している典子。酒井和歌子さんの清純なイメージを効果的に使ったこわい怖い展開。
「(誠行の心の声)まさか典子、お前が・・・」。山さん。ボス。殿下・・・。山さん、誠行に「どうしたんだ?」「いえ」と弁当を食べ続ける。「典子・・・うまいよ弁当」。
七曲署玄関。殿下が典子を送って出てくる。「殿下って言うんですか?」「え?」「だってみんながあなたのことを。どうして?」「さあ、なんとなくみんながそう呼んでます」と照れる殿下。「本当にありがとうございました。兄に会えたのは、あなたが頑張ってくれたからと、あの女の人(久美)に」「余計なことを言うな、久美の奴も」「感謝してます」。殿下、デレデレ。典子を覆面車に乗せる。
取調室。山さんが誠行を連れて戻ってくる。「綺麗な妹さんじゃないか」と山さん。「刑事さん・・・」「なんだい?」「すいません。私が殺したんです。私が美弥子さんを殺したんです」。長さん、山さんの顔を見る。ピアノのメインテーマが流れる。
殿下、車の中で典子に「僕の家、この近くなんですよ。寂しくなったら電話してください」と個人名刺を渡す。「はい」。そこへボスからの無線。「殿下、兄さんが自白したよ」「え?」「妹さん、ちゃんと送り届けるんだぞ」。じっと前方を見つめている典子。殿下、かける言葉もない。
捜査第一係。ジーパン「どうしてまた、急に自白する気になったんですかね」「あれだけ証拠が揃っていれば、そういつまで黙ってられないよ」と長さん。「妹の弁当を食って、覚悟を決めたんじゃないですか?」とゴリさん。しかし山さんは黙っている。ボス「どうした山さん?何か気になることでもあるのか?」「いや別に。あんまりあっさり吐いちまったもんで、気落ちしてしまいましてね」。
典子のマンション。玄関先で「殿下、僕にできることがあれば、なんでもやります」「・・・」「力を落とさないで」「・・・」「それじゃ」と出て行こうとした時、殿下、玄関の靴に気づく。初めてきた時、夏みかんを玄関に落としてしまった時に玄関にあったのは赤いエナメルのパンプスだった!
夜、典子のマンションから出てくる殿下。玄関の靴が気になって仕方がない。その殿下をクルマの中から見ていた、ジージャン姿の若い男(田利之)。駆け出して典子のマンションへ向かう。
玄関の戸を叩き、無理矢理典子の部屋へ入る男。「よお、俺知らねえよな、いいじゃないか、俺はあんたのことよく知ってるんだ」「出てってください!」ドアを開けるが、すぐに男に閉められてしまう。「あんたの兄貴、人殺しをしたんだってな?あんたも共犯だよ、な」。典子ハッとなる。「え?」「俺、見たんだ」。男は部屋に入り、窓のカーテンを開けて「向こうのアパート見えるかい? ここからじゃよくわからないけど、向こうからはよく見えるんだ。これでよ」と双眼鏡を見せる。「俺あんたのことをいつも見ていたんだ」。完全なストーカーである。「夜でも見えるんだぜ、これ」「・・・」。
「あの晩、あんたはこの窓から死体を運び出したよな、男ぽい格好をしていたけど、あれはあんただ。俺、そん時、何運んでるのかな?と思ったんだ。でも、新聞を見てわかったんだ。警察なんかには言わねえよ、俺、あんたにずうっと一目惚れしていたんだからさ・・・」。愕然とする典子。
ストーカー男を演じた田利之さんは、1970年代半ばから「特別機動捜査隊」や「夜明けの刑事」「西部警察」などに脇役として顔を見せていた。「太陽にほえろ!」には計3回出演している。
第83回「午前10時爆破予定」(1974年)
第101回「愛の殺意」(1974年)
第221回「刑事失格!?」(1976年)
七曲署・霊安室。山さんが美弥子の遺体を確認して出てくる。殿下「どうしたんですか?」「ちょっと被害者とご対面したくなってね」と山さん。「何か不審な点でもあるんですか?今井の自白に」「いや、なんとなく気にかかってな」「何がですか?」「それがわからんのだよ、被害者と面付き合わせれば、何かわかるかと思ったんだがね」「お前、どうしたんだ?」「ちょっと被害者の履いていた靴を調べようと思いまして」「赤いハイヒールか?」「赤いハイヒール」「どうかしたのか?」「いえ、僕の記憶違いです」。ああ、ここで殿下、山さんに話しておけば良かったのに!
捜査第一係。うわの空の殿下。「どうしちゃったの?島さん。一人で考えここんじゃったりして、恋の悩みでしょう?」。典子のことを言う久美。「綺麗な人ですもんね、あの人。ああいう感じに弱いのね島さん」「冗談はよせ」「でもさ、あの人、ちょっと変なとこあるわね?あの人、あんなセンスの良い洋服を着ているくせに、ハンドバッグの中、ぐちゃぐちゃなのよ。見えちゃったの、ぐちゃぐちゃにいろんなもの押し込んであるの、人は見かけに寄らないもんだな、と思っちゃった」。殿下、考えている。
そこへ電話。典子からだった。「なんだか、一人ではいられなくなって、お会いできたら、と思って」。快諾する殿下。久美の顔のアップ。
海辺を走る殿下のクルマ。助手席には典子。「あのう」「なあに?」「あなた赤い靴を持ってますか?」「赤い靴?どうして? 持ってないわ、赤い靴なんか」。しばらく走ったところで「ちょっと停めてください」と典子。観光地の駐車場に停める殿下。「ごめんなさい、おトイレ」「じゃ何か飲みましょう」。レストランに入る二人。
店の中、ストーカー男が、二人を見つめている。「あたし紅茶」と言って典子はトイレへ。ストーカー男、典子の腕をつかみ「おい、約束が違うじゃないか!お前は一人で来るって約束じゃないか?」「刑事よ、あれは」「お前!まさか?」「勝手についてきたのよ」。殿下振り向くと、典子が男と話している。「あなたの車にあたしを乗せて逃げてくれる?そういう勇気ない?」「だって刑事だろ?」「いいのよ、捜査を利用して、あたしを口説こうとしているのよ、あんな奴。逃げてくれたら、どこへでも行く、どこへでも」。そんなことわこちゃんに言われたら・・・。トイレへ入る典子。
トイレで化粧を直す典子。コンパクトをバッグにしまうが、中にはスパナが入っていた。ジャジャジャジャジャーン!
席に戻る典子。「ごめんなさい、変な人に会っちゃった」と微笑む。「誰?」「マンションのすぐ近くに住んでいる人、こんなところまで仕事に来ているんですって」。振り返って男を見る殿下。「いつも私を見るといやらしいことを言うんです。今だって、あなたのことなんか放って置いて、どこかへ行こうって言うんです」。
コーヒーを飲み干すストーカー男。
「兄のことが新聞に出てから、ますます馴れ馴れしくなってきたんです。人殺しの妹なんか、何をしてもいい、と思っているんです」「そんなこと・・・」「お砂糖は?いくつ?」「ふたつ」。すっかり典子のペースにハマる殿下。
ストーカー男、店を出ていく。それを見る典子。
捜査第一係。山さんが戻ってくる。手にはグチャグチャのケーキ。ボス、山さんを見上げる。「害者の西村美弥子が買ったケーキです。ひょっとしてと思って、今井の事務所とマンションの近くの店を一軒一軒、当たったんです。妹さんが待っている家に行くのに、手ぶらで行くはずはありません」。山さん流石の注目点!「どこにあったんだ?」とボス。「今井のマンションのポリバケツの中です」「美弥子さん、今井のところに訪ねていってるのか?」「嘘をついているのは妹の方です」「あ、久美、殿下は?」「はい、その妹さんからの電話で・・・」「出かけたのか?」とボス。
レストラン。レジで勘定を払う殿下。典子は先に出ていく。殿下が店の外階段に出ると、なんと典子がストーカー男のライトバンに乗って、車は発進!「助けて!」と声を上げる典子。そうとう、強かで計算高い女である。殿下、覆面車に飛び乗り、ライトバンを追跡開始。
ストーカー男「何するんだよ!」「面白いじゃない、血相変えて追いかけてくるわよ」声をあげて笑う典子。いつものワコちゃんのおゲラだけど、完全に狂気に満ちているように見える。殿下、混乱しながらも、追跡を続ける。
ボス、山さんの心配そうな顔。
「ね、そこ曲がって」生き生きしている典子。ストーカー男の車は山林の道へ。殿下も追いかけていく。「逃げて!逃げて!あははは!」。
ボス、山さんの顔。
ひたすら走る二台のクルマ。二人の男が典子に翻弄されているのである。ハモンドオルガンの追跡のテーマが流れる。典子の笑い顔。やがて殿下のクルマは巻かれてしまう。バックして別な方向へ走る殿下。しかし、反対方向にストーカーのライトバンが潜んでいた。
「よく知ってるな、こんなところ」「お兄ちゃんとよく遊びに来たんだもん!」可愛い表情をすればするほど怖い。ドアを開けて外に出る典子に「大した女だよ、お前は」とタバコをくわえるストーカー男。典子はバッグからモンキーを取り出す。「行こうか?」「キーは?」「大丈夫だよ、どうせ店のクルマだ」と茂みの奥へ入っていく二人。「この先にね、面白いところがあるの」「あ、そう」と嬉しそうなストーカー男。
典子、油断しているストーカー男の背後からスパナで一撃を喰らわす。倒れたところをめった打ちする。男が意識を失ったところで、悲鳴をあげる典子。「キャー!」。頭から血を流す男。まだ息をしているので、典子はさらにめった打ちする。怖い女だねぇ。死んだのを確認して、典子、さらに黄色い絶叫!「キャー!」。
その声は殿下の耳にも届く。殿下、声のする方へ走る、走る、走る!やがて殿下、ストーカー男の遺体の前に呆然と立っている典子を見つける。手には血塗れのモンキー。「典子さん!どうしたんです」「あの人が・・・」。殿下、男の遺体を確認する。「死んでます。どうしたんです。一体?」「その人が、私をこんなところに連れてきて、いきなり、いきなり襲って。人殺しの妹だから、それくらいのことは平気だろうって」「そのスパナは?」「クルマの中にあったんです。あたし夢中で」「ここでいきなりあなたを襲ってきたんですか?」「クルマを降りたとたん」「本当に襲ってきたんですね?」「あたし夢中で抵抗したんです」「それではどうして後ろからばかり殴ったんですか?」「え?」。
「前には一つも傷はない」「・・・」呆然とする典子。ピアノのテーマが流れる。酒井和歌子さんのアップ。「やっぱり僕の記憶違いじゃなかった
。あの日、落ちた夏みかんの下に赤い靴が転がっていたんだ。美弥子さんはあなたのところへ来ていたんだ。あなたは嘘をついていたんだ。どうして嘘をついていたんだ。どうして?」。呆然とする典子、殿下じっと典子を見つめる。典子は男の遺体を見て「動いたわ」「え?」「生きてるわその人」殿下、遺体をみる。「生きてる!」と典子、屈んで遺体をみる殿下の後頭部をモンキーで殴打する。繰り返し、めった打ちにする。殿下、必死に起きあがろうとするが、なおも執拗にモンキーを振りかざす典子。完全に狂気の世界。「よせ、止めるんだ典子さん」。殿下は拳銃を出す。必要に殴打し続ける典子。ついに殿下、意識が遠のいていく。典子、とどめを刺そうとするが、虫取りの子供たちが「あっちだ!」と言いながら山道を駆け上がってくる。
子供に目撃された典子はその子供を追いかけて転んだところでモンキーを振りかざす。完全に狂気! それに気づいた殿下、最後の力を振り絞って、拳銃を構える。発砲! 典子のお腹に命中する。しかし、この男の子、すごい現場を目撃して、おまけに殺されそうになり、その犯人が目の前で撃たれてしまうのだから、完全にトラウマになるだろう。
スローモーション。ゆっくりと崩れていく典子。起きあがろうとする殿下。二人の目が合う。「お兄ちゃーん!」と典子の声がこだまする。殿下の悲しそうな目、典子の寂しそうな目・・・
捜査第一係。ボスが電話に出る。「あ、殿下か」電話ボックスでやっとの思い出電話をかけている殿下。「ボス、西村美弥子を殺したのは妹の方です」「どこにいるんだ殿下」「妹の方です、妹の方です」「殿下、どうしたんだ!どこにいるんだ?」「妹の方です、妹の方です」殿下はその場に倒れてしまう。
捜査第一係。誠行に「どう言うことなんだ?君の妹は他にも一人殺してるんだ!」と長さん。「え?」「お前は妹の犯行だってことに気がついた。あの日だ。弁当を持ってきた日だ」と山さん。「・・・」「だから自白した」。ボス「妹さんは車の運転ができるのか?」「免許を取りたいと言って、僕が時々教えていたんです。練習場へ行って、他の男に教わるのは嫌だと言うものだから」「なぜ君に罪を着せたんだ」とボス。「・・・」「なぜなんだよ、人殺しをするほど妹さん、あんたのことを愛してるんじゃないのか」とジーパン。「僕を刑務所へ入れてしまえば、僕はもう誰にも会えないと思ったんです。他の女にも・・・自分だけが好きな時に会いにいけると思ったんです」「狂ってんだよ」とジーパン。「狂ってなんかいない!俺と典子は一家心中の生き残りなんだ。二人っきりでずっと苦労して生きてきたんだ。あんたがたに俺たち兄弟の気持ちなんかわかりゃしない。わかりゃしないよ!」。誠行の叫び。ボスの悲しい目。
七曲署屋上。頭に包帯を巻いた殿下。典子の表情を思い出している。自分が典子を撃つ瞬間がフラッシュバックする。典子のさまざまな笑顔。倒れていく典子。ゆっくりとボスが歩いてくる。「殿下、死んだよ彼女」「・・・」「死んだ方が幸せだったんだ」「幸せなんかじゃない!しあわせなんかじゃないですよボス・・・」。うなづくボス。