見出し画像

『瞼の母』(1962年・東映京都・加藤泰)

 昨夜の娯楽映画研究所シアター第二部時代劇大会は、加藤泰監督&中村錦之助の傑作『瞼の母』(1962年・東映京都)をスクリーン投影。

 長谷川伸が昭和5(1930)年に「騒人」(3・4月号所載)の戯曲は、翌年に新歌舞伎として守田勘弥(13世)が初演して以来、新国劇や旅芝居などで幾度も上演、映画化されて、知らぬ人は誰もいないほど、庶民の感涙を絞った人情劇。ちなみに昭和6(1931)年、稲垣浩監督、片岡千恵蔵、山田五十鈴主演で『番場の忠太郎 瞼の母』が最初の映画化だった。

いまは、知っている人は少ないだろうけど。渡世人・番場の忠太郎が五歳の時に、江州阪田郡醒が井の磨針峠で、生き別れになった産みの母・おはまをようやく訪ねるも、料亭の女将として成功しているおはまは、忠太郎の義妹・お登世の幸せを優先して、忠太郎に冷たく当たる。失意の忠太郎は旅に… しかし、自分の間違いを悟ったおはまは、お登世と、その許婚者とともに追いかける。

忠太郎さーん
忠太郎や〜


その声を物陰で聴いて、涙を流す忠太郎…

 そう、われらが車寅次郎が、第二作『続男はつらいよ』(1969年・山田洋次)とその原点となったテレビ版「男はつらいよ」第11話(1968年放映)で、瞼の母(テレビは武智豊子、映画はミヤコ蝶々)との再会、因業な母の仕打ちに傷つく、あの物語は、長谷川伸「瞼の母」のパロディ。とは、これまでも書いてきたが、改めて加藤泰版を観ながら、寅さんの精神的支柱としての「瞼の母」に、さまざまなる想いを馳せた。

 映画の冒頭、飯岡助五郎(瀬川路三郎)に刃を向けるチンピラ、金町の半次郎(松方弘樹)に、加勢する兄貴分・番場忠太郎(錦之助)。いきなりチャンバラ!これで少年ファンがぐっと胸を掴まれる。

 忠太郎は、なぜ半次郎を可愛がり、その行く末を心配するのか? 半次郎は故郷・金町!(柴又の隣町)に母・おむら(夏川静江)と妹・おぬい(中原ひとみ)が健在で、早くやくざから足を洗って堅気になれと、忠太郎。その忠告にしたがい、半次郎は忠太郎とともに松戸の渡しを渡って金町へ。堅気になる決意をした半次郎だったが、飯岡助五郎の子分・宮の七五郎(阿部九州男)たちが先回りしていて…

 ちょうど母・おむらは、帝釈天にお参りに行っていて不在。そこへ半次郎があらわれて「おにいちゃん!」と妹・おぬい。金町を舞台に、寅さんとさくらの再会が、ここで先取りされていた!というわけで、半次郎と母、妹のために、忠太郎が大活躍、七五郎たちを叩きのめす。

 この前段で、寅さんファンは、ああ、そうだったのかと得心するはず。加藤泰版のうまさは、忠太郎が母・おはま(木暮実千代)と再会するまでに、三人の母を登場させていること。

半次郎の母・おむら(夏川静江)
門付の老婆(浪花千栄子)
夜鷹・おとら(沢村貞子)

 それぞれとの交流で、未だ見ぬ「瞼の母」の面影に思いを馳せる忠太郎。寅さんが、風見章子さん演じるグランドホテルの女中さんに、「瞼の母」ではないかと思い込んでしまう、あの感覚である。

 寅さんはきっと旅先で、この映画を観たんだろなぁ。産みの母・お菊との再会を夢見ながら、もしも、おはまのような因業な女だったら傷つくだろうな、と思ったのかも? だから『続男はつらいよ』で、そのネガティブな夢も実現してしまったのかも? なんてことを夢想するのが映画ファンの楽しみでもある。

 本作と、4年後に加藤泰監督が演出する、長谷川伸原作「沓掛時次郎 遊侠一匹」(1966年)、「男はつらいよ」を考える上で重要な作品である。後者は、沓掛時次郎を慕う若きチンピラ朝吉に、渥美清をキャスティングして、時次郎と朝吉の関係は、のちの寅さんと登(津坂匡章)と重なる。

 登が寅さんに「田舎に帰って百姓でもしろ」と繰り返し説教するが、これは時次郎の朝吉への説教の文句でもある。「瞼の母」の半次郎の故郷が金町であることと、「遊侠一匹」の朝吉を渥美清が演じていること。実に興味深い。

 さて「瞼の母」だが、半次郎母子のこれからを見届け、いよいよ、瞼の母・おはまがいると噂に聞いた、柳橋へとやってきた忠太郎。門付の老婆(浪花千栄子)に母の面影を見るも赤の他人とわかってがっかり。

 夜の賭場では、食い詰め浪人の息羽田要助(山形勲)に目をつけられ、その悪仲間・素盲の金五郎(原健策)が、飯岡助五郎に連絡。忠太郎に追っ手が迫る。原健策が狡猾だが、小心者の金五郎を巧みに演じている。ベテラン・バイプレイヤーの味が堪能できる。山形勲もへっぽこ浪人の情けなさを見事に演じている。のちの「剣客商売」(フジテレビ)の秋山小兵衛とは真逆のキャラクター。

そこからのクライマックスは、ご覧いただくのが一番。ベタだけど、泣かされる。予定調和だけど、心が揺さぶられる。これぞ、長谷川伸!これぞ、加藤泰!驚くべきことは、本作はオールセット撮影。ロケーションなしで、江戸情緒がタップリ味わえる。とくに「富籤」のシークエンスは圧巻。落語の「宿屋の富」「富久」の世界が東映スコープいっぱいに拡がる。

『風と女と旅鴉』(1958年・加藤泰)でも錦之助の股旅サウンドを盛り上げた木下忠司の音楽がまたまた、適度にベタで感動のドラマをストレートに盛り上げてくれる。

寅さんファンなら必見!
東映時代劇の豊かさを味わえる傑作!

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。