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川島雄三映画は断然娯楽主義なのだ!


  川島雄三? 「名匠でしょ」「喜劇っていっても通好みじゃない?」「やっぱりバカ映画じゃないとね」。はたまた「やはり川島の“破綻の美学”がいい」と、作家主義で映画をご覧になられる方もおられますが、理屈抜きに面白い「娯楽映画」好きとしては、やはり川島雄三は「慕わしい人」なのです。『幕末太陽伝』(57年日活)のフランキー堺の軽妙な動きは、小児マヒで自由に動かない監督自身の「自己解放である」という解釈。川島映画における登場人物の「連れション」の意味は? という考察。没後43年、あらゆる世代の川島ファンが、さまざまなアプローチをしてきた川島雄三作品だが、単なる喜劇映画として見てもこれが実に楽しい。この秋、角川大映、日活、東宝の三社が共同企画として「川島雄三作品」DVDを連続リリース。さらに第18回東京国際映画祭では10月22日〜24日まで、川島雄三特集上映「サヨナラだけが人生だ」を開催。ここへきて川島雄三がクローズアップされつつある。

 代表作『貸間あり』(59年東宝)のラスト、「サヨナラだけが人生だ」という名台詞を放つ桂小金治師匠のおしっこが放物線を描くシーン。撮影当日、小金治師匠は、小便をするのを禁止され、我慢に我慢を重ねた結果、リアルな感じが出たという。『幕末太陽伝』で、フランキー堺演じる居残り左平次が、羽織をフワリと羽織る仕草は、何度見ても絶品。『あした来る人』(55年日活)には、二人のオタクが登場する。三橋達也はカラコルム登頂を夢見て、仕事も辞めて資金集めに奔走し、三國連太郎は「カジカ」の研究に没頭して、汽車で知り合った美女・月丘夢路に、ひたすらサカナの蘊蓄をたれる。昭和30年当時、まともに仕事もしないで、趣味に没頭する青年は、反社会的な存在だった筈。しかし、川島映画に登場する男たちは、何かに没頭し、自分の世界を作り、そこに漂っている。つまり、今のオタクの元祖なのである!

 『貸間あり』の桂小金治は、おでんのキャベツ巻を製造している男だが、自分が間借りしているアパートに「貸間あり」の札を作って下げることを生き甲斐にしている。『喜劇とんかつ一代』(63年)の三木のり平は、クロレラの研究家で、クロレラを材料にした食料しか食べない。それを女房の池内淳子にも強要している。

 この『喜劇とんかつ一代』という映画、森繁久彌、フランキー堺の「駅前シリーズ」が評判いいので、製作元の東京映画がさらに「職人シリーズ」を打ち立てようと、ムリヤリ作ってしまった感がある喜劇。そんな企画でも、嬉々として作っているのが、川島雄三が他の作家主義のセンセイと違うところ。タイトルバックに、養豚場の豚が大写しになり「♪とんかつの〜油の匂う接吻をしようよ〜」と森繁の歌う主題歌が流れる。出演者は伴淳三郎をのぞけば、ほぼ駅前シリーズと同じ。森繁が上野のとんかつ屋の親父だが、おかしいのが山茶花究の屠殺場のおじさん。これが病的なまでの綺麗好きで、指先ヲいつもアルコール消毒をしている。妙ちきりんな登場人物のオンパレードの喜劇。

 森繁は『グラマ島の誘惑』(59年)では、フランキー堺ともども「宮様」を飄々と演じている。この映画、太平洋戦争中の南方の孤島に、森繁の「宮様」たちと、淡路恵子らの美女軍団が孤立してしまうという「ハーレム映画」で、三橋達也が黒塗りで現地人を演じ、美しい八千草薫と出来てしまう。ほとんどドリフのコントのようなビジュアルだが、痛烈な天皇制に対する皮肉がスパイスとして利いている。

 ヘンなキャラといえば『しとやかな獣』(62年大映)で小沢昭一が演じた、フィリピン歌手のピノサクが傑作。茶髪に(おそらく)付け鼻で、カタコトの日本語を話すピノちゃんが、ギャラを持ち逃げされ、その犯人の家に抗議に来る。さんざん外国人と思わせておいて、実は日本人という展開!

 遺作となった『イチかバチか』(63年東宝)も、原作は城山三郎の企業小説だが、やっていることは裏『ニッポン無責任時代』。ハナ肇の一見悪そうな市長が、伴淳の企業を地元に誘致するために、あの手この手。間に入った高島忠男のピカレスクぶりは、植木等の無責任男もかくやだが、ハナの熱演を見ていると、空前の植木等ブームのなか作られた川島版「クレージー映画」ともとれる。ラストには谷啓も出てくるし。

 東宝系では『特急にっぽん』(61年)という東海道線の食堂車を舞台にしたフランキー堺の喜劇があるが、これは、後の「旅行シリーズ」のプロトタイプとして見ても楽しい。

 と、川島映画の楽しさを書いていたらキリがない。ディティールこそ命の娯楽映画にあって、ありとあらゆるタイプの喜劇を作り上げた川島雄三の作品は、乱暴な言い方をすれば、そのディティールを観ているだけで実に楽しい。戦時中にデビューし、昭和20年代を松竹大船で過ごし、昭和30年代前半を日活、そして中盤には東宝傍系の東京映画を拠点に、大映に出張して3本の映画を演出。その主軸は風俗喜劇で、大阪の昆布屋の一代記『暖簾』(58年)のような作品でも、大真面目な作りではなく、具体的なギャグを盛り込んだり、作品への姿勢は実に柔軟。

 あの藤本義一先生が『貸間あり』の助監督としてシナリオも共同執筆しているのは有名な話だが、川島の没後、藤本が『喜劇駅前競馬』のシナリオで「駅前シリーズ」に参加。その時の作風が、師匠譲りの狂騒曲に一変。ダルかった「駅前」が見事に蘇生。で、競馬解説のシーンで、後に「11PM」で藤本先生と司会をする安藤孝子ママが出演しているが、この安藤孝子さん。祇園の舞妓時代には、川島監督が贔屓にしていたと『愛のお荷物』(55年日活)の助監督をつとめた武田一成監督に伺ったことがある。そうか、藤本先生と安藤孝子ママコンビは「川島雄三」というキーワードでも繋がるのか! と得心。その『愛のお荷物』のロケで赴いた京都の宿で、武田監督は「女湯」を覗く川島監督のサポートをしていたと、これまた「ちょっといい話」が日活DVD『愛のお荷物』の解説書で紹介されている。

 というわけで、今回の東京国際映画祭の特集上映と、DVDリリースで、作家主義ではない、娯楽主義としてのカワシマ映画に触れてもらえると、また「生きてて良かった」感が強くなる筈ですよ!

『わが町』(1956年・日活) 
 大阪では、いつもお彼岸のたびにこの『わが町』を放映していたとか。原作は川島雄三のデビュー作『還ってきた男』の脚本も手掛けた、大阪風俗を描かせたら天下一品の織田作之助。森繁久彌が「佐渡島他吉の生涯」というお芝居でずっと演じてきた(最近は北大路欣也)お話と同じ。ベンゲットのターヤンと呼ばれた無鉄砲なおっちゃんを辰巳柳太郎が好演。明治末年から戦後まで、大阪天王寺のガタロ小路の長屋を舞台に、無茶苦茶なオヤジの生涯を、様々なエピソードで綴った傑作。このターヤン。とにかく破天荒な男で、その言動をみているだけで実に楽しい。ラストに登場する大阪市立科学館のプラネタリウムのシーンは、風俗映画としても実に味わい深い。イイ話の連続ではなく、フィリピンのベンゲット道路工事に従事したターやんが、女房(南田洋子)を病気でなくし、さらに男手ひとりで育てた娘(高友子)の恋人(大坂志郎)にオフィリピン行きを強要。自分がイイと思ったら、無理矢理薦める。そのあげく、娘婿は病気で死に、娘も孫を生んで死んでしまう。その孫娘を南田洋子が演じ、その恋人・三橋達也がマニラに行くと聞けば大喜び。かなり無茶な親父は、「じゃりんこチエ」のテツを連想させる大阪のオッチャンの味。

『貸間あり』(1959年・宝塚映画)
 東宝時代の代表作。しかし、名作と思って観ると「なんだ喜劇じゃん」となるほど、奇妙な登場人物が奇妙な行動をし、次々と映画的なギャグが登場する。大阪のとある町にある、大きな屋敷。そこはアパート屋敷で、奇妙な人物たちが住んでいる。アパート内でこんにゃくを製造し、キャベツ巻の生産に余念がない桂小金治。その製造指南をしているのが、語学堪能、小説の代筆から試験の身代わり受験まで、なんでも器用にこなすフランキー堺の主人公。彼を追い回すのが「駅前シリーズ」のお景ちゃんとして知られる淡島千景。人情喜劇のようなもっさり感はなく、とにかくスピーディ。奇妙な人物たちのデフォルメの抜群のセンス! 桂小金治扮する洋さんは、何かにつけ「貸間あり」の札を作っている。それを軒先に下げる瞬間に命を賭ける男で、そのイキイキ溌剌した感じがいい。川島雄三の代名詞ともなった「サヨナラだけが人生だ」というフレーズは本作のラストに登場する。フランキー堺も『幕末太陽伝』に次ぐベストパフォーマンスを見せ、キビキビとした動きは実に小気味良い。本作のテイストは、助監督だった藤本義一によって、後の「駅前シリーズ」後半へと、希釈されながら継承されていく。

『しとやかな獣』(1962年・大映東京)
 とにかく若尾文子がエロい。昭和30年代のセレブの憧れだった「団地」の一室を舞台に、詐欺師的悪徳一家を主人公にしたダークなコメディ。伊藤雄之助の父と山岡久乃の母。この夫婦は、息子には会社の金を横領させ、娘には流行作家(山茶花究)の妾をやらせて、どんどん現金を引き出している。その手口は、とにかく酷い。犯罪者という自覚がまったくなく、山岡久乃にいたっては、おっとりとした口調の奥様をずーっとキープしている。この一家に金をむしり取られているのが、チョイ悪な芸能プロ社長・高松英郎。スネに傷があるので、この家の息子に横領されても訴えることができず、せいぜい脅かすのが関の山。その秘書が若尾文子でバツイチの子持ち。しかし、あっちの方は抜群で、この家の息子が横領した金をさらに搾取。何人かの男に貢がせて、人生設計のために旅館を建ててしまったという猛者。悪いヤツの上を行くワルい女。新藤兼人の脚本も抜群だが、団地の一室と階段のみで展開されるドラマを観ていて、まったく飽きないのは、やはり演出の力。若尾文子にたぶらかされ汚職をしてしまった税吏に船越英二。このキャラは、絶対に『男はつらいよ 寅次郎相合傘』で船越が演じたパパさんのルーツだと思うのだが。

*映画秘宝2005年12月号より

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