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イトーヨーカ堂が売りに出される?!

セブン&アイ・ホールディングスが、かつてコンビニのセブンイレブンの親会社であった、ヨーカ堂を売りに出す。イトーヨーカ堂は、故伊藤雅俊氏が東京の北千住で始めた、わずか2坪の洋品店がスタートである。1999年2月期には売上高1兆5633億円に達し、店舗数は180店を超えた。イトーヨーカ堂が属するスーパーマーケット(GMS)という業態は、高度成長期に消費者が要求する、食品から衣料品、さらに、耐久消費財まで、手ごろな価格、もしくは、価格破壊と呼ばれるような低価格で、あらゆる商品を揃えた総合小売店である。
デパートは大都市の中心部で高級路線をとっていたが、GMSは全国規模で大衆路線を歩んでいた。当時は大衆消費が花開き、故中内功氏が率いるダイエー、故岡田卓也氏が率いるジャスコ(現イオン)など、GMSの全盛時代であった。

GMSの中でも、イトーヨーカ堂は堅実経営で知られ、高い収益率を誇っていた。バブル崩壊を受けて、1990年代はGMSの苦難の時代であった。大衆消費の低迷が続いた1990年代後半、GMSの経営者は生き残りをかけて、様々に新たな道を模索した。

ちょうどその頃。コンサルティング会社で製造業と広域小売りを含む流通業の業界担当していた私は、同時期に伊藤社長と中内社長を訪問する機会に恵まれた。当時、東京タワーの近くのイトーヨーカ堂の本社があった社長室で伊藤氏と面談し、また、大門にあったダイエー本社の社長室で中内氏とお話した。
お二人は、あらゆる面でまったく対照的だった。伊藤氏の社長室は、薄いグレーのカーペットに、簡素だが洗練された小豆色の執務机が置かれ、室内はオフィス家具メーカーのモデルルームのように整然としていた。伊藤氏は静かな物腰で私に質問しながら、私との二人の会話を熱心にメモしていた。若輩者である私の言葉を一言も逃すまいと懸命にメモしている伊藤氏の姿を見て、気恥ずかしかったが、後に伊藤氏は誰との会話も必ずメモするようなメモ魔であることを知って、安心した記憶がある。
中内氏の社長室は、濃い緑のカーペットが敷かれ、部屋の真ん中には大きな木目調の会議テーブルがあった。会議テーブルの上には、贈答品であろうか様々な品物が所狭しと並んでており、壁際の複数の書棚の上もまたあらゆる品物であふれかえっていた。中内氏は長男の潤氏を従え、一言も聞き漏らすまいと、鋭いまなざしで私の話に聞き入っていた。

当時のGMSは、一代で巨大企業を築き上げた二人の巨人が、私のような外部の若い人間の話に懸命に耳を傾け、ヒントを探さざるを得ないような、そんな難しい時代だった。
結局、イトーヨーカ堂は、2005年セブンアイ・ホールディングの子会社となっり、ダイエーは、中内氏亡き後、紆余曲折を経て、2015年にイオンの傘下に入った。しかし、イオンは従来のGMSの枠を超え、ショッピング・モールという業態を開発し、現在に至っている。

消費者や顧客のニーズは日々成長を続ける。ある時点の消費者や顧客のニーズに焦点を定め、そのニーズに対応するために構築されたビジネス・システムが、業態である。ニーズが成長すれば、それに対応するビジネス・システムも革新されなければならない。GMSという業態は、「ものあまり」になるちょっと前の時代に対応するものである。消費者や顧客の所得が伸びす、かつ、「ものあまり」になれば、必然的にそれに対応する新たな業態が現れる。そればビジネス・イノベーションである。イオンはビジネス・イノベーションによって生き残った。イトーヨーカ堂やダイエーは、消費者や顧客の成長するニーズに対応できず、ビジネス・イノベーションをつくり出すことができなかった。

GMSと対照的に、常にイノベーションを生起させながら、ビジネスモデルを変革し続けてきたのがコンビニである。コンビニは、カリスマ創業経営者の鈴木敏文氏に率いられた、業界の雄、セブンイレブンに牽引されて、進化し続けてきた。コンビニは業態と呼ばれているが、日本で産声を上げてから、持続的に進化を続けてきた業態である。コンビニは、常に、新しいニーズの開拓と、祖手に対応するビジネス・システムを開発し続けている。現在は、従来のコンビニ・モデルに、販売商品の宅配機能を付加している。

企業が生き残る為には、業態という従来のビジネスモデルに拘泥することなく、持続的に、消費者や顧客の成長するニーズを先取りしていかなければならない。換言すれば、常にイノベーションを起こし続けなければならないのである。ドラッカーは、「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである」と、述べている。マーケティングとは消費者や顧客の現在のニーズを満たすことであり、イノベーションとは成長するニーズに対応することである。マーケティングとイノベーションを忘れると、企業は消滅する。マーケティングとイノベーションには、経営者のイニシアチブが不可欠である。

イトーヨーカ堂の長い「解体劇」 遅すぎた再建のツケ 編集委員 中村直文 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

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