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【マンガ】『海が走るエンドロール』たらちねジョン

 今年で39歳になる。幸い大病もせず、目や歯も悪くなっていないとはいえ、とうに若いとは言えない年齢だ。これくらいの歳になると、自ら動かなければ新しい関係や、挑戦の機会、未知との出会いは減る一方になる。少しでもやってみたい、興味があると思ったことはもっとやっておけばよかった、そう思うのも30代後半に入ってからだ。
 そして、それくらいから、自分がやりたい事に全力を注いでいる人が昔よりも輝いて見えるようになった。その輝きを真っすぐに描いたのが、たらちねジョン先生の『海が走るエンドロール』(既刊5巻)だ。

 主人公は伴侶を失ったが、静かな日常へ戻りつつある65歳の女性、茅野 うみ子。料理が好きで人付き合いが少し苦手な彼女には、自分でも忘れていたクセがあった。それは映画館で映画を観る観客の様子を観てしまうこと。その様子を偶然見ていた青年濱内 海は彼女に言う。「うみ子さんさぁ 映画作りたい側なんじゃないの?」と。彼のこの言葉は、うみ子の静かな日常に波を起こし、彼女を新たな人生へとさらっていく。 

 学生や社会人が昔からの夢に向かって舵を切るというマンガはそれなりにあるが、60代後半の女性を主人公にした作品は珍しい。
 うみ子は基本的に波風を立たせず、穏やかな日常の中にいる人間だ。一方で海は、やりたいなら死んでもやった方がいいと人に言える人間であり、正直である一方で感情があまり表に出ず、少し近寄りがたい雰囲気がある。
 映画を作るために勉強を始めるうみ子の周りは同年代の人はおらず、孫といっても差し支えない年齢の人間に囲まれる。多くのギャップを思い知らされながらも「映画を作りたい」という根底が彼女を支えるとともに、海にも他の周りの人物にも影響を与えていく。

 穏やかな人生、やりたいことに挑戦し続ける人生、どちらが良いかは私にはわからない。けれどやりたいことを学び、若い人とのギャップに衝撃を受け、それでも少しずつ溶け込んでいくうみ子の姿はとても可愛らしく映る。自分がおばあさんであることを自覚しながらも、おばあさんらしからぬ勇気ある選択をしている。それは彼女の中で「おばあさんらしい」とか「周りに迷惑をかけない」という思いよりも「映画を作るため」という思いが勝っているからだろう。
 最新刊の中で、「自分は娘や孫と、あと何回年を越せるだろう」とうみ子が思うシーンがある。死が近づいていることをわかっているからこそ、できる選択なのだろうか。うみ子と海の航海の行方を追わずにはいられない。

 ではまた。

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