【英国法】Modern Slavery Act 2015 ービジネスと人権ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、Modern Slavery Act 2015(以下「MSA」)について書きたいと思います。
「ビジネスと人権」というワードをここ2,3年でよく聞くようになったのではないでしょうか。日本では、2022年9月に、ビジネスと人権に関するガイダンス(*1)が発表され、企業の人権尊重に対する責任を強調する風潮が高まっています。
2015年に制定されたMSAは、強制労働や人身売買について被害者保護と企業の責任を定めた法律であり、イギリスのビジネスと人権における最重要法令となっています。
そこで、今回は、MSAの概要、及び、企業が特に注意すべきs. 54に基づくステイトメントについて解説していきます。
なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。
制定の背景
ビジネスと人権と言われてもパッと来ない人もいるかもしれません。簡単に、MSAが制定されるに至った背景について説明します。
少しさかのぼりますが、2011年、EUは、人身売買の防止と撲滅に関する指令(*2)を定立します。これは、現代においてもなお、世界中で奴隷制と呼べるような人身売買や強制労働などが横行しており、EU加盟国を含む先進国の企業も、サプライチェーンを通じてこのような奴隷制に関与しているという国際的な批判の高まりが背景にありました。
この指令を受けて、イギリスは、Sexual Offence Act 2003及びAsylum and Immigration (Treatment of Claimants, etc.) Act 2004に変更を加えるとともに、2014年に現代奴隷制への対策を発表し、法案整備にとりかかります。
こうして、2015年、MSAが制定されたのです。
MSAの目的
ここまで読んで分かるように、MSAは、企業が直接的に人身売買や強制労働に関与することを防止することのみを目的とはしていません。むしろ、MSAが企業に対して求めているのは、サプライチェーンにおける人権侵害を許さないことだと、ぼくは考えています。
ここからMSAの中身を見ていきますが、この視点を持ちながら読み進めて頂けると、頭に入ってきやすいのではないかと思います。
各章の構成
MSAは全7章62条とコンパクトな法律であり、各章の構成を見ておくと概要が掴めます。
第1章から第5章までは刑事法の色合いが強いなこと分かって頂けるでしょうか。もちろん、これらの規定は、人権侵害の防止と救済にとって重要なのですが、より着目すべきは第6章です。
たった一つの条文ですが、英国でビジネスを行う多くの事業者にインパクトを与えている規定です。
以下でもう少し詳しく解説します。
54条:サプライチェーンの透明性に関する義務
MSAのs. 54は次のように定めています(太字はぼく)。
奴隷及び人身取引の声明書の作成・公開義務
S. 54(1)にあるとおり、一定の企業は、奴隷及び人身取引の声明書(slavery and human trafficking statement)(以下「声明書」)を会計年ごとに、作成しなければなりません。そして、その声明書を、自社のWEBサイトに公表することが求められます(*3)。
声明書の作成・公開の義務が課せられる企業
MSAの条文及び政府のガイダンス(*4)を総合すると、次の企業には、声明書の作成・公開が求められます。
ここでいう、年間総売上高とは、(i)当該企業の売上、及び、(ii)当該企業の子会社の売上(UK外での売上を含む)の合計と考えられています(*5)。
ある程度の規模の英国の現地子会社であれば、3600万ポンドは超えてしまうでしょうし、現地子会社の子会社(孫会社)があるようならばなおさらですね。
悩ましいのは、現地子会社のみでは3600万ポンドは超えないものの、親会社である日本本社の売上が超えている場合ですね。つまり、日本本社自体が、「英国で事業を営んでいる」と言えるかです。
この点について、政府のガイダンスでは、常識的に判断されるべき(by applying a common sense approach)と述べられています(*6)。現地子会社が親会社から全く独立して事業を営んでいる場合には、日本本社は英国で事業を営んでいないと言い切れそうですが、そうでない場合には、声明書の作成及び公表を慎重に検討すべきだと思います。
声明書の記載事項
S. 54(4)は、声明書について、次の事項を記載することを定めています。
わざわざ②の作成するのは狂っているので、実際は、①について記載が必要ですね。
また、任意的な記載事項として、s. 54(5)は次のように定めています。
③はいわゆる人権DDというやつですね。大手事務所の弁護士の中には、これを熱心に啓蒙されている方もいます。
声明書の具体的記載については、同業他社の例を参考にされるのも間違いとは言えませんが、やはり、弁護士に作らせるかレビューさせた方が確実だと思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
最後に今日の記事をまとめてみます。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
【注釈】
*1 『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』2022年9月。リンクはこちら。
*2 Directive 2011/36/EU of the European Parliament and of the Council on preventing and combating trafficking in human beings and protecting its victims, and replacing Council Framework Decisions 2002/629/JHA
*3 s. 54(3), MSA
*4 Transparency in supply chains: a practical guide。リンクはこちら。
*5 ibid, para 3.2
*6 ibid, para 3.7
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
こちらのマガジンで、英国法の豆知識をまとめています。
よければご覧ください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?