【英国LLM留学】英国法弁護士への道#1│はじめに/受験資格
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
ぼくは、イギリスに留学中の弁護士です。
2023年にロンドンのロースクール(LLM)を修了し、現在は、ロンドンの法律事務所に出向中です。
突然ですが、つい先日、ようやく英国法弁護士として登録されました!!
イギリスへの留学にあたり、英国法弁護士の資格取得を一つの目標にしていたので、ようやく登録が終わってほっとしています。
実は、英国法弁護士は、試験制度が最近大幅に変更されたこともあり、ネットから得られる情報が極めて少なく、試験勉強というよりは、登録までの事務手続で相当苦労をしました。
そこで、ぼくが英国法弁護士に登録するまでに歩んだ道のりを振り返りつつ、英国法弁護士に興味がある方々にとって有益(とぼくが思っている)情報をお届けできればと思っています。
ボリュームとしては、去年に9回にわたってまとめた留学準備体験記ぐらいのものになると思っています。しばらくはこのトピックが続くと思いますが、よろしくお付き合いください!
はじめに:このシリーズを読んでほしい人
欧米の大学・大学院に留学される弁護士の方
もし、これを読んで頂いている方が、既に弁護士資格を有しており、かつ、英語で授業が行われる欧米の大学・大学院に留学される(又は卒業した)方であれば、英国法弁護士は、かなり簡単に取得できる可能性が高いです。ぼくは米国の試験を受けたことは無いですが、おそらく英国法弁護士の方が簡単だと思います。
きっと皆さま優秀なので、たくさんの人が英国法弁護士を取ってしまうと、ぼくの立場もちょっと危ういのですが、日本のリーガルマーケットに素晴らしい英国法弁護士の方が増えて、その結果ぼくが駆逐されるなら本望です!
興味を持たれた弁護士の方は、ぜひ読んで頂ければと思います。
弁護士ではない方も、英語圏に留学されない方も
実は、このシリーズは、弁護士資格を持つ方だけに向けたものではなく、また、英国に留学する方だけに向けたものでもありません!
詳しくは後ほど書きますが、英国法弁護士は、他国の弁護士資格を持っていなくとも、また、法学の学位(学士、修士、法務博士)がなくとも、取得できる可能性があります。このような仕組みは、世界の主要国の法曹資格の中でもかなり珍しいと思います。
例えば、米国各州では、少なくとも、法学学士&米国のLLMホルダーであるか(NY州など)、他国の法曹資格を持っていなければ(CA州)、弁護士になることができないという理解ですが、英国法弁護士については、上記のとおりどちらも必須ではありません。
そのため、次のような人にとっても、これからご紹介する情報はきっと役に立つのではないかと思っています。
英国法弁護士とは?
このシリーズでは、ぼくが持っている資格のことを、便宜的に英国法弁護士と称していますが、厳密に言うと不正確なところがあるので補足します。
実は、イングランド及びウェールズの弁護士
英国は、イングランド、ウエールズ、スコットランド、及び、北アイルランドという4つの地域から構成される単一国家です。
そして、イングランドとウエールズは、異なる地域であれど法制度は統一されているため、英国は、イングランド・ウェールズ(以下、E&W)、スコットランド、及び、北アイルランドという3つの法管轄に分かれます。
このシリーズに言う英国法弁護士とは、E&Wにおける法律の専門資格です。
実は、ソリシター
また、E&Wの弁護士制度は、バリスター(法廷弁護士)とソリシター(事務弁護士)という二つの弁護士が併存する、世界的にも珍しい国です。
その名の通り、バリスターは主に裁判の法定代理人を職務として行う弁護士です。他方で、ソリシターはそれ以外の法律事務を広く取り扱う弁護士です。皆さまがイメージする企業法務は、イギリスではソリシターが担っています。
そして、このシリーズに言う英国法弁護士とは、ソリシターを意味します。
なお、バリスターとソリシターについては、もう少し詳しい話をこちらで書いていますので、良ければご覧ください。
英国法弁護士になるための3要件
前提:SQEルートでの資格取得
英国法弁護士になるまでのルートは一つではありません。
実は、ちょうど数年前から英国法弁護士の資格取得制度の大幅な変更が始まっており、今は過渡期にあります。そのため、英国法弁護士の監督機関であるSRA(Solicitor Regulation Authority)のこちらのサイトにもあるとおり、非常に多くのルートが存在している状況です。
もっとも、これを読んで頂いている方のほとんどは、英国法弁護士試験(SQE)の合格を目指すルートが最適だと思いますし、事実、ぼくもそのルートで英国法弁護士になりました。
そのため、このシリーズでは、ぼくが、SQEルートで英国法弁護士になるまでの記録を辿っていこうと思っています。
まずは、英国法弁護士になるための3要件を見ていこうと思います。
要件1 学士を取る
先ほど、法学の学位は不要と言ったのですが、英国法弁護士となるためには、原則として学士以上の学歴である必要があります。
つまり、四年制大学の卒業しなければなりません。もっとも、法学部卒でなくともOKです。また、英語圏の大学である必要もありません。実際、ぼくは、日本の四年制大学の卒業資格に基づいて英国法弁護士の資格を得ています。
要件2 SQEに合格する
また、SQE1(一次試験)とSQE2(二次試験)という二つの試験に合格しなければなりません。
SQE1は、コンピュータベースの択一試験で、合計10時間12分、360問の試験を、二日間の日程に分けて行います。
SQE2は、コンピュータベースの論文試験と、対面式の模擬法律相談と模擬弁論を行います。論文試験は三日間、対面式試験は二日間にまたがって行われるため、合計五日間の日程となります。
SQE1は、1月と7月の年二回、SQE2は、1月、4月、7月、10月の年四回というスケジュールで実施されています。実際のスケジュールは、こちらです。
SQEの話は、英国法弁護士の資格取得までの過程のハイライトだと思いますので、また別の機会に詳しくご紹介しようと思います。
要件3 2年間の実務経験を積む
さらに、英国法弁護士の資格を得るには、QWE(Qualifying Work Experience)と呼ばれる2年間の実務経験が必要です。
実務経験には、日本法弁護士としての職務はもとより、パラリーガルの業務や、(ぼくの理解では)企業の法務部での業務も、実務経験に含まれます。これもぼくの私見ですが、司法書士や行政書士の業務も、含まれ得るように思います。「実務経験」の定義については、2007年法律サービス法の第12条をご覧ください。同条にいう"legal services"に関する業務経験が実務経験に該当します。
QWEの特筆すべき点は、英国法以外の法律に関するものでもよく、英国外での実務経験でも構わないという点です。すなわち、日本で2年以上、弁護士、パラリーガル、企業の法務部などで働いていれば、QWEの要件を満たし得るということです。
詳しくは、こちらの"What counts as QWE"を見て頂ければと思います。
なお、一つネックになりそうなのが、QWEは、英国法弁護士により確認されなければいけないとされています。すなわち、英国法弁護士から「あなたの職務経験は確かにQWEです。」というサインをもらう必要があります。
法務部の方で職場や顧問先の法律事務所に英国法弁護士がいれば、さほど問題にはなりませんが、そうでない場合は、他から探してくる必要があるので大変かもしれませんね。
なお、SRAのガイダンスによれば、確認を行う英国法弁護士が登録申請者と同じ組織で働いていることは必須ではない旨が明記されていますので、結局は、QWEを確認してくれる英国法弁護士が見つかるか否かだと思います。
補足:各要件の充足に順序は無い
最後に要件に関する補足として、各要件は、どの順番で満たしてもOKです。
例えば、QWEは、SQE合格前のものでも良いですし、大学生の方であれば、卒業前にSQEをパスしても問題ありません。
そのため、もし既に2年以上の実務経験があり、学士を持っている方であれば、あとは、SQEをパスするだけで登録の申請に進むことができます。
他国の法曹資格者の特例
ここまで読まれて、冒頭で簡単に資格が取れると言った割に面倒そうだなと思われた方がいるかもしれません。
実は、E&W以外の法域で所定の法曹資格を有している場合、上記で述べた要件が大幅に緩和されます。ぼくも、この緩和措置を利用しており、そのおかげでかなり簡単に資格取得までこぎ付けることができました。
こちらのサイトでは、国を入力すると、その国の法曹資格を有している者が受けられる緩和措置が表示されます。以下では、「Japan」と入力した場合について書いていきます。
特例1 SQE2の免除
弁護士は、なんと、論文及び面接試験であるSQE2が免除されます。
司法試験と比べれば、SQEは明らかに優しいです。弁護士がSQEで苦労するとしたら、それは問題の難易度ではなく、SQE2でのスピーキングとライティングです。しかし、SQE2が免除されることにより、リーディングのスキルのみが必要なSQE1だけをクリアすればよくなり、事実上、英語のハードルはなくなります。
なお、ぼくは、SQE1に合格するまでに合計4か月(おそらく300~400時間)を費やして、ギリギリの成績で受かりました。きっと半年もあれば、余裕を持って合格できたと感じています。したがって、ペーパーテストが得意な方であれば、500時間も学習時間を投入できれば十分だと思っています。
特例2 QWEの免除
また、弁護士は、QWEの取得も免除されます(*1)。
もっとも、SQE2の免除を受けるに当たり、弁護士は、最低6か月の実務経験が必要であるうえ、実務経験が2年未満の場合には、SQE2の免除に当たって追加の資料を求められることがあります。
そのため、弁護士登録後、2年間の実務経験がある方が確実です。
留意点 英語力要件
ここまで述べたように、弁護士資格を持っているだけで、異常な優遇を受けられる英国法弁護士の制度ですが、一つだけ留意点があります。
それは、SQE2の免除を受けた者は、Practising Certiciate(PC)の申請に際して、英語力を証明する資料を提出しなければいけない、ということです。
E&Wでは、その者がソリシターであること(admitted)と、ソリシターとして業務を提供できる地位にあることが区別されており、PCの交付を受けない限り、ソリシターとしての業務を行えない建付けとなっています。
したがって、仮に上記の3要件を満たして英国法弁護士の登録がされても、PCがなければ、たとえ日本国内であるとはいえ、「わたしは英国法弁護士です」とホームページに載せたり、名刺に載せたりして営業できないのではないかと思います(私見です)。
なので、(ぼくの見解に従えば)PCの取得は、事実上必須であるところ、英語力の証明の要件は、なかなかハードです。本来はもっと細かいのですが(*2)、ざっくりまとめると、以下のとおりです。
要するに、②にあるとおり、イギリスのロースクール(LLM)を修了していれば、その学位証を提出すればよいということです。
逆に、そのような学位がなければ、IELTSでいえばA.O. 8.5以上という厳しい戦いを強いられます。というか、それだけのスコアが取れるならば、SQE2も余裕だと思うので、わざわざ免除を使わなくても良いと思います。
小括
いつもより少し長くなりましたが、いかがだったでしょうか。
このシリーズはそれなりに長丁場になりそうなので、いきなりぼくの体験談から始めるよりは、想定される読者層を提示した上で、皆さまが、自分が英国法弁護士を取りやすい地位にあるか否か(つまり、次回以降も読む必要があるか否か)を判断できた方が良いと思い、このような構成にしました。
以下のようにまとめます。
次回以降は、いつものエントリーのように、ぼくの経験にフォーカスして書いていこうと思いますので、もう少し日記に近い感覚で読んで頂けると思っています。
追記:第2回です。
このエントリーがどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
また次回もよろしくお願いします!
2024年6月15日追記:ルールの大幅変更
この記事を初めに投稿したのは、2024年3月終わりのことなのですが、その後、6月13日付で、英国法弁護士の登録申請に関して、大幅なルール変更がありました。
具体的には、SQE2の免除を受けた者が登録申請をする際に、英語力の証明が必要となりました。
具体的には、所定の英語試験のスコア(IELTS UKVIのA.O. 7.5など。通常のIELTSは不可)、又は、SQE2の免除申請に用いた英語圏の法律資格のいずれかです。
IELTSの方は、UKVIなのが曲者です。多くの人は通常のIELTSを受けているはずで、わざわざUKVIは受けませんからね。
また、英語力の証明に用いる英語圏の法律資格(NY Barなど)についても、SQE2の免除申請に用いたものでなければならない点に留意すべきです。ぼくはこのnoteでSQE2の免除申請をさっさとやってしまった方が良いと言っていましたが、日本法弁護士の資格で免除申請をした場合には、再度NY Barなどで免除申請ができるのか分かりません。もし、NY Barなどの英語圏の法律資格を取得予定の方は、そちらの登録後に免除申請をするべきだと思います。
他方で、SQE2の免除を受けた者がPractising Certificateを申請するの際の英語力の証明については、不要になったものと思われます。
SQE2の免除を利用して英国法弁護士になろうとする弁護士にとっては、面倒なルールとなってしまいました。A.O. 7.5というのも、高すぎるスコアではありませんが、UKVIを受け直さなければいけなのが、なんとも厄介です。
SQEの制度自体が創設間もないものであるため、今後も、ルールが変更される可能性があります。引き続き、注意深く動向を見守っていく必要がありそうです。
【注釈】
*1 実は、検察官もSQE2の免除を受けることが出来ます。検察官の方で英国法弁護士を取ろうとする人はいないかもしれませんが、気になる方は、実際にサイトで確認されてみてください。
*2 詳しい要件は、こちらにありますので、気になる方はどうぞ。
*3 正確な要件としては、ENIC-NARICと呼ばれる機関のこちらのページに記載された国の大学で、全ての授業を英語で実施しているコースの学位があることです。EU諸国、米国に加えて、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどがリストにあります。他方で、英語圏であるものの、インド、香港、シンガポールなどは入っていません。つまり、リストにない場合は、学位は学士である必要があり、かつ、個別的に判断されるという理解です。気になる方は、注釈2のリンク先に詳細な要件がありますので、確認されてみてください。
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
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