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【英国判例紹介】Rylands v Fletcher ー産業革命が生み出した特殊ルールー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Rylands v Fletcher事件(*1)です。

不法行為の中でも私的迷惑行為(private nuisance)と呼ばれる分野の非常に重要な判例であり、一般的な知名度は、以前ご紹介したDonoghue v Stevensonに劣るものの、実務上はこちらの方が重要です。

たとえば、英国の不法行為法の基本書として定評のあるKirsty Horsey教授らの『Tort Law (8th Edn)』では、全20章のうち、「19 Actions under the rule of Rylands v Fletcher」というタイトルで、この判例に関するテーマのために1章まるまる使われています。

今回もできるだけ分かりやすくご紹介するつもりです。
よければお読みください!

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


前提知識:Private Nuisance(私的迷惑行為)とは何か?

定義

私的迷惑行為とは、「人の土地の使用や享受又はそれをめぐる何らかの権利に対する不法な干渉」を意味すると言われています。英国法における不法行為の一類型であり、土地の損害に着目した概念です。

なお、公的迷惑行為(Public nuisance)という概念もあり、こちらは、「公衆の生命、健康、財産、道徳もしくは快適さを危険にさらす行為」と考えられており、公衆の損害に着目した概念です。こちらは、不法行為であるとともに、刑事犯罪となり得ます。

伝統的な三分類とそれぞれの典型例

私的迷惑行為は、伝統的に、更に次のような三つの類型に分けられます。

① 土地に対する物理的損害(有害ガス、振動など)
② 土地の使用と享受に対する妨害(臭い、ほこり、騒音など)
③ 土地への侵入(木の根や枝の隣地への侵入など)

日本法との比較

上記で挙げた私的迷惑行為の類型のほとんどは、日本法の下でも被害者は法的請求が可能だと思います。例えば、③の問題は民法223条に関連する規定がありますよね。

もっとも、日本法では、(私的)迷惑行為という括りで不法行為の一類型とされてはおらず、その意味で英国法特有のトピックかと思います。

事案の概要:貯水地の建設工事のせいで隣の鉱山が水浸しに、、

Thomas Fletcher氏(被上告人)は、とある鉱山の賃借人でした。鉱山に隣接する土地に建つ工場の所有者であったJohn Rylands氏及びJehu Horrocks氏(上告人)は、貯水池を建設することを希望し、その建設のために請負業者を雇って工事を開始しました。

請負業者は、工事中に、上告人の土地にある古い炭鉱の廃坑を発見しましたが、周囲の土砂で塞がれたものだと思い込みました。なお、上告人にはこの廃坑の存在を知らず、合理的に知ることもできませんでした。

請負業者の認識とは裏腹に、実は廃坑は塞がっていませんでした。そのため、貯水池に水を流入させた際に、満杯になった水が廃坑を突き破って鉱山に流入してしまい、被上告人の鉱山を水浸しにしてしまいました。

そこで、被上告人は、上告人に対して、鉱山が水浸しになったことにより被った損害の賠償を請求します。

その後、控訴審において上告人の責任を認める判決が出たため、上告人は上告を行いました。

争点:自己の土地利用により隣地に損害が生じた場合、利用者は厳格責任(無過失責任)を負うのか?

請負業者に過失あるんじゃないの?

、、と思う人がいるかもしれません。
確かに、請負業者に過失はありそうです。

しかし、本件で重要なのは、被上告人の請求の相手方である上告人は、廃坑の存在を知らず、合理的に知ることもできなかったということです。

そのため、被上告人は、上告人に過失責任を問うことはできず、また、英国法上、請負業者の代理責任(*2)を問うこともできませんでした。

つまり、上告人の土地利用により被上告人の鉱山に生じた損害について、厳格責任が認められなければ、被上告人は損害賠償請求ができないという結論になります。

裁判所の判断

上告棄却。
つまり、上告人に厳格責任が認められました。

最高裁判所は、以下の3つの要件が具備された場合、土地の利用者は、危険物(本件では水)の漏出について、厳格責任を負うと判示しました。

① 利用者が、自己の目的のために、その土地に災いをもたらす可能性のあるものを持ち込んだこと
② それが漏れ出したこと
③ その漏出が土地の非自然的利用を示すものであること

考察

事件当時の時代背景に注目

Rylands v Fletcher判決は、19世紀の中頃(1868年)に出されたものです。

この頃のイギリスは、紛れもなく覇権国家でした。
その理由の一つは、彼らが18世紀半ばから19世紀にかけて、産業革命、つまり産業の工業化を世界で初めて成し遂げたことにあります。

地方に住んでいた農民は次々と都市部に移住し、イギリスの産業構造は一変しました。このような劇的かつ急速な工業化に伴う、工場などからの有害な物質の漏出の危険性への懸念が、上記のような厳格責任のルール定立を導いたのだと、多くの専門家は指摘しています。

Cambridge Water v Eastern Counties Leather

この1994年の判決(*3)は、Rylands v Fletcher事件と合わせて覚えておくべき判例です。主意見を述べたコブ卿は、Rylands v Fletcherルールに第4の要件を付け加えます。

④ その漏出が、関連する種類の予見可能な損害を引き起こすものであること

Rylands v Fletcherの法理は、私的迷惑行為なのか?

私的迷惑行為は、通常、継続的な侵害ないし妨害を想定しています。例えば、工場から排出されるスモッグや騒音などですね。

他方で、Rylands v Fletcher事件は、一回的な流出であり、典型的な私的迷惑行為の場面ではありません。そのため、本件が私的迷惑行為に当たるのか疑義が呈されていました。

もっとも、上記Cambridge Water事件において、Rylands v Flrtcherルールも、私的迷惑行為の一つであることが確認されることで、議論は終焉に向かいました。

まとめ

今回、お伝えしたかったのは次の点です。

Rylands v Fletcherルール:
土地の利用者は、次の4点が認められる場合、危険物の漏出について、厳格責任を負う。
① 利用者が、自己の目的のために、その土地に災いをもたらす可能性のあるものを持ち込んだこと
② それが漏れ出したこと
③ その漏出が土地の非自然的利用を示すものであること
④ その漏出が、関連する種類の予見可能な損害を引き起こすものであること


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【注釈】
*1 John Rylands and Jehu Horrocks v Thomas Fletcher (1868) L.R. 3 H.L. 330
*2 "Vicarious Liability"と呼ばれるものです。日本でいう使用者責任(民法715条)に近い概念です。
*3 Cambridge Water Co Ltd v Eastern Counties Leather plc [1994] 2 AC 264


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


イギリスの重要な判例、興味深い判例を紹介しています。
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