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【英国判例紹介】Walford v Miles ーロックアウト条項・誠実交渉条項の有効性ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Walford v Miles事件(*1)です。

英国の契約法における、ロックアウト条項、誠実交渉条項の有効性について判断したリーディングケースです。(これらの条項の意味内容については後述します)

ロックアウト条項はさておき、なんだか日本的な響きを持つ誠実交渉条項についても、外国の事業者との契約をレビューするときに意外と見かけるのではないでしょうか。

比較的マイナーな条項なので、相手方とこれらに関して喧々諤々の議論を戦わせることは、あんまりないかも知れません。ただ、英国ではこれらの条項の有効性について判例があることぐらいは知っておいた方がよいかなと思い、本日ご紹介しようと思います。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

1987年、兄弟であるマーティン・ウォルフォード氏とチャールズ・ウォルフォード氏(以下「原告」といいます。)は、マイルズ氏(以下「被告」といいます。)との間で、被告が保有するロンドンの写真現像業を営む会社の買収交渉をしていました。被告は病気を患っており、事業承継できる先を探していたのです。

3月12日、原告と被告代理人の弁護士との間で、株式譲渡契約の主な条件が原則的に合意され、3月18日には、次のような合意がなされます。

原告は、買収を実行できるよう、銀行が原告に対して200万ポンドの融資を行う用意があることを確認する、銀行のコンフォートレターを差し入れる。被告は、今週金曜日の営業終了までにそのようなレターが手元に届けば、原告と被告の間の契約締結に向けて、第三者との交渉や代替案の検討を打ち切る。さらに、金曜日の営業終了までに第三者から満足のいく提案を受け取ったとしても、その第三者とは取引せず、代替案についてもそれ以上の検討は行わない。

3月26日、原告は、被告代理人の弁護士に対して、株式売買契約書の草案を送ります。

しかし、3月30日、原告は、被告の代理人弁護士を通じて、被告が慎重に検討した結果、対象会社は別の人物に売却することを決定したという連絡を受け取ります。実は、対象会社の経営の一部を担っていた被告の妻が、原告による買収後に原告と上手くやっていけるか不安に思っており、買収に難色を示したからです。

そこで、原告は、被告に対して、被告の不当な拒絶によって買収を完了する機会を逸したとして、対象会社について合意された買収価格と市場価格の差額等の賠償請求を提起します。

事件は、最高裁判所まで持ち込まれました。

争点:ロックアウト条項及び誠実交渉条項の有効性

契約違反の内容

まず、原告は、被告がどのような契約上の義務に違反したと主張しているのか整理します。原告の主張は、次の2つです。

① 第三者との取引を行わないこと(いわゆる「ロックアウト条項」)
② 誠意をもって(in good faith)交渉すること(「誠実交渉条項」や「ロックイン条項」などと呼ばれます。)

つまり、原告は、銀行のコンフォートレターの差し入れを対価として、被告が第三者との取引を行わず、かつ、原告と誠意をもって交渉することを約束したにも関わらず、これらに反したと主張したのです。

黙示の誠実交渉義務

もっとも、上記の原告と被告の合意内容を読んでも、ロックアウト条項の存在はさておき、誠実交渉条項については、明確になっていません。

この点について、原告は、被告との間で黙示の誠実交渉義務の合意がなされたと主張しました。

裁判所の判断

裁判所は、本件におけるロックアウト条項、誠実交渉条項のいずれの有効性についても否定しました。

その理由は、合意の執行に必要な確実性が欠けているからというものでした。順番が前後しますが、誠実交渉条項については、次のように述べられました。

誠意をもって交渉を続けるという概念は、交渉に関与する当事者の対立的な立場とは本質的に相いれない。交渉の当事者は、虚偽の陳述を行わない限り、自ら利益を追求することができる。その利益を促進するためには、交渉の相手方が条件の改善を提案して交渉の再開を求めることを期待して、交渉の継続を放棄すると迫ったり、実際に放棄したりすることが、適切であると考える限りにおいて、当然に認められるべきである。誠意をもって交渉する義務は、交渉当事者の立場と本質的に矛盾しているだけでなく、実際には実行不可能である。ここに不確実性がある。

次に、ロックアウト条項については、次のように判示されています。

英国の契約法上、一方当事者が対価を支払うことで、他方当事者が一定期間、一方当事者以外の者との不動産売却交渉を行わないという強制力のある合意を締結できない理由はない。...… 原告の主張には、有効なロックアウト条項の要件が含まれている、一つが抜けている点を除いて。それは、期間が明示されていないということである。…… そのような義務が存在するとすれば、被告に誠実交渉義務を間接的に課すことになる。

考察

ロックアウト条項の有効性

本事件の判決は、ロックアウト条項と誠実交渉条項の有効性について、分けて論じています。まず、ロックアウト条項については、上記の判示の反対解釈として、期間が定められている場合は、有効であると言い得ます。実際にも、そのように考えられています。

誠実交渉条項の有効性

こちらについては、期間の限定は言及されておらず、交渉当事者の立場と本質的に矛盾しており、実際には実行不可能であることを理由として、有効性が否定されています(*2)。

本当に交渉当事者の立場と本質的に矛盾しているのか?

実は、本判例が誠実交渉条項の有効性を否定したロジックに対しては、批判が少なくありません。

確かに、当事者は一般的に自らの利益のために行動する自由があり、相手の利益を考慮するよう義務を課すことは法律上控えるべきかもしれません。しかし、これは当事者が合意によってそのような義務を自らに課すことが許されないという意味ではないはずです。

誠実に交渉する義務の内容について、当事者に何をすることが必要で、逆に何をしてはならないかを特定することで、裁判所がその内容を具体化できる基準がある場合には、その契約は執行可能であるべきであるという考えは十分成り立ちます。

実際、Petromec Inc v Petrobas事件(*2)では、ある契約に含まれていた明示的な交渉義務について、本事件における誠実交渉条項とは事案を異にするとした上でその有効性を認めました。同事件では、当事者が意図して明示的に合意した条項を執行不能とすることは、強引であり、誠実な人々の合理的な期待を打ち砕くものである、とまで述べられています。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国の契約法におけるロックアウト条項、誠実交渉条項の有効性についてのリーディングケースを紹介しました。

簡単にまとめてみます。

・ 一方当事者が、他方当事者に対して、第三者との取引を行わない旨の合意(ロックアウト条項)は、期間が定められていないときは有効性を欠く。
・ 一方当事者が、他方当事者と、誠意をもって(in good faith)交渉することの合意(誠実交渉条項、ロックイン条項)は、不確実性を理由として、有効性を欠くことになりうる。

海外企業との契約でも、これらの条項が顔を出すことは珍しくありません。そんなときに、この判例を思い出して頂ければと思います。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Walford and Others Appellants v Miles and Another Respondents [1992] 2 W.L.R. 174
*2 評釈によっては、不確実性と交渉当事者の立場の矛盾は、それぞれ独立した理由付けであると論じるものも見られます。
*3 Petromec Inc v Petroleo Brasileiro SA Petrobas [2005] EWCA Civ 891; [2006] 1 Lloyd’s Rep 121


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