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【英国判例紹介】Fearn v Tate Gallery ーガラス張りの家に住むのは自業自得か?ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Fearn v Tate Gallery事件(*1)です。

この事件は、不法行為法における私的迷惑行為(private nuisance)について、2023年に出された新しい判例です。

事件名からも分かるとおり、ロンドンの国立現代美術館であるテート・モダン(Tate Modern)が当事者となった事件で、それなりに社会的な注目も集めました。テート・モダンを訪れたときの話のネタにするぐらいの気持ちで、気軽に読んで頂ければと思います。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

2016年、テート・モダンは、ブラヴァトニク・ビルディングと呼ばれる新館をオープンしました。この建物の最上階(10階)は、一度に300人を収容できる展望スペースを備えており、毎年50万人が訪れていました。

Level 10と呼ばれているようです。

ブラヴァトニク・ビルディングの南西は、ネオ・バンクサイドと呼ばれる開発地区であり、わずか30メートル離れたところに、ブラヴァトニク・ビルディングとほぼ同じ高さのガラス張りの高級マンションが建てられていました。

赤がブラヴァトニク・ビルディング、青がネオ・バンクサイド。Google Mapを使いました。

展望台を訪れた人たちは、マンションに住む人々の居住スペースを直接見ることができました。相当数の訪問者がマンションの中を覗き込み、写真を撮ってSNSに投稿する人もいました。

これらの訪問者の行為について、マンションの住民5名(原告・控訴人)が、テート・モダン(被告・被控訴人)に対して、私的迷惑行為を理由とする行為の差止め及び損害賠償を求めました。

原審、控訴審ともに原告の請求は棄却されたため、事件は最高裁に持ち込まれました。

争点:私的迷惑行為の成否

そのままですね。
もう少し細かく見ていきます。

私的迷惑行為とは?

私的迷惑行為とは、「人の土地の使用や享受又はそれをめぐる何らかの権利に対する不法な干渉」を意味すると言われています。英国法における不法行為の一類型であり、土地の損害に着目した概念です。

こちらの事件で私的迷惑行為について、もう少し詳しく解説しています。よければどうぞ。

原審と控訴審の判断

原審では、展望台はテート・モダンによる土地の合理的な利用であり、訪問者による原告の居住スペースの観察は、ガラス張りのマンションを購入している点である程度自業自得であり、また、ブラインドなどを設置することでも防止できるため、私的迷惑行為に当たらないと判断しました。

控訴審では、原審の判断を誤りとしつつも、居住スペースが「単に見られる」だけでは、私的迷惑行為に対する責任は生じないと判断しています。

裁判所の判断

裁判所は、展望台の訪問者による原告の居住スペースの観察は、実質的に私的迷惑行為に該当すると結論付けて、差戻しを行いました。

裁判所は、私的迷惑行為を構成するものには制限がなく、土地の権利の共有を実質的に妨害するものであれば何でも対象になると述べました。そして、本件の訪問者の行為は、居住スペースを「単に見る」に止まるものではなく、私的迷惑行為に相当するとしました。

考察

Leggatt卿のコメント

主判事であったLeggatt卿は、本件が私的迷惑行為となる理由を次のように説明しています。

年間数十万人の来訪者を招き、自分の建物から見える景色を眺めることは、どう考えても土地の一般的または通常の使用とはみなされない。同様に、毎日何千人もの人々があなたのアパートの内部を覗き、しばしば写真を撮り(その写真はソーシャルメディアに投稿されることもある)、時には双眼鏡を使用することは、ギブ・アンド・テイクのルールによって正当化されるはずがない。このような隣地の使用に反対するアパートの所有者は、隣人が自分に要求することを許さなければならない以上に、隣人に要求しているわけではない。特別扱いや不平等な扱いを求めているのではない。彼女が求めているのは、隣人が自分に対して期待するのと同じ配慮を、自分に対しても示してほしいということだけである。

para 75

ポイントは、毎日数千人の訪問者が覗いてくるという事実だと思われます。このような形で居住スペースが晒されるのは異様ですし、個人的には、本判決の認定は妥当だと思っています。

なぜ原告のマンションは好奇の視線を受けるのか?

ぼくのマンション(イギリス風に言えばフラット)の向かいにも、30メートルぐらい先にマンションが建っています。たまに窓の外を見かけて、向こうがカーテンを開けっぱなしのときもありますが、「ふーん、料理してるんだ」ぐらいにしか思いません。こっちがカーテンを開けているときには、向こうも「あー、あいつお尻かきながらパソコンしてるな」程度に思っているのでしょう。

そう考えると、テート・モダンの訪問者が双眼鏡を使用してまで原告の居住スペースをのぞき込んだり、写真を撮ってSNSに上げたりしているのは、ちょっと異常です。

原告のマンションは、立地や外観からして、おそらく超高級マンションです。日本に例えると、なんとかヒルズのレジデンシャルエリアみたいな感じなのではないでしょうか。きっとそんな大金持ちがどんな暮らしをしているか気になって、双眼鏡で除くんでしょうし、写真を撮ってSNSに上げちゃうんだと思います。

原審の裁判官が、「ガラス張りのマンションに住んでいる以上、ある程度は自業自得である」みたいなことを言ってしまうのも、一般庶民からすれば、ちょっと溜飲が下がる展開ですよね(笑)

事件の幕引きは?

上記のとおり、本件は差戻し判決ですので、これで決着がついたわけではありません。

本件の結末は、こちらのサイトから窺い知ることができます(*2)。

展望台は件のパンデミックに伴って一般公開を取りやめていたようですが、2023年末に、一部の区画のみを利用可能としたようですね。つまり、本件で争いとなった展望台の南側については、立ち入れなくなりました。

原告としては、一安心ですね。

まとめ

今回は、私的迷惑行為に関する最近の判例を紹介しました。

何かにつけて物価が高いイギリスですが、テート・モダンを含む国立の美術館・博物館は基本的に入場無料です。よければ、今回の舞台となった展望台にも足を運んでみてください。

お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Fearn and others v Board of Trustees of the Tate Gallery [2023] UKSC 4
*2 差戻し審も調べればよかったのですが、パッと見つからず、挫折してしまいました。もし、ご存じの方がいれば教えてください!


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