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【英国判例紹介】Fairford Water Ski Club v Cohoon ー取締役の利益相反の申告義務ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Fairford Water Ski Club Ltd v Cohoon事件(*1)です。

本件は、取締役の利益相反に関するものであり、取締役が契約について直接的・間接的に利害関係を有する場合の申告義務の範囲について検討された最近(2022年)の重要な事件です。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。

事案の概要

グロスターシャーのフェアフォードの湖と土地を所有するFairford Water Ski Club Ltd(会社・原告)の取締役であったC氏(取締役C氏・被告)は、その土地の施設を借りて、湖で水上スキー活動を行うパートナーシップ(C社)のパートナーでもありました。会社は、C社から施設の賃料を得ている一方で、湖の管理料をC社に支払っていました。

2006年、会社の株主から取締役C氏及びC社と会社との関係に疑問の声が上がり、その後、会社、取締役C氏、C社の間の取り決めの見直しが行われます。2007年1月、会社の取締役会は、取締役C氏から提出された提案について、利益相反の可能性を指摘し、新たに正式な契約を作成すべきであると結論づけます。同年3月の会社の事業報告書には、取締役会のこれまでの議事の内容が示されており、その中には、支払の純額(つまり管理費-賃料)を15,000ポンドから20,000ポンドとするという記載がありました。また、2007年5月の取締役会の議事録には、管理費と賃料に関して合意に達したことが記されていました。その後の会計書類には、合意された内容に沿った支払いが記録されていました。

2017年、取締役C氏は会社の取締役を辞任しました。

その後、会社は、取締役C氏らに対して、取締役としての義務違反等に基づき、総額155万ポンドに及ぶ合計38件(!)の金銭請求訴訟を提起します。その中の主要な訴えの一つが、会社がC社に対して支払った管理料合計35万ポンドの返還請求であり、本件の請求です。

原審は、会社の主張(後述)を支持したことから、取締役C氏らが控訴しました。

争点:取締役C氏は利益相反に関する申告義務を果たしたのか?

会社の主張

会社は、主位的には、そもそも会社とC社との間での合意が存在しないことを理由として、支払った管理費35万ポンド全額の返還を求めていましたが、予備的に、取締役C氏が利益相反の申告に係る義務を遵守していなかったことを理由としていました。

原審では、会社の予備的な主張を認めて、取締役C氏らに対して、管理費と賃料の差額のうち、時効が到来していない分についての賠償を命じました。

利益相反に関する申告義務:1985年会社法と2006年会社法

ぼくのnoteでこれまで何度も登場しているCompanies Act 2006(2006年会社法)ですが、それ以前は、Companies Act 1985(1985年会社法)が、英国の会社組織の法律問題を扱う主要な法令でした。

どちらの法律にも、取締役の利益相反に関する申告義務が定められているものの、文言が微妙に違うため、本件はどちらの法律の義務が適用される問題なのかが問題となりました。

この点については、結論の先出しですが、経過規定(*2)に基づき、1985年会社法の317条が適用されるとされています。

317  Directors to disclose interest in contracts.
(1)  It is the duty of a director of a company who is in any way, whether directly or indirectly, interested in a contract or proposed contract with the company to declare the nature of his interest at a meeting of the directors of the company.
(2)  (以下略)

争点の本質:契約条件が確定していない段階での申告をもって申告義務を果たしたと言えるのか?

先ほど、会社の主張について触れましたが、会社は、いったいどういうロジックで取締役C氏が利益相反に関する申告義務を果たしていないという論を展開したのでしょうか。

事案の概要にも書いたとおり、取締役C氏が利益相反に関する申告を行ったと言えるのは2017年1月のことです。この時点では、会社とC社の間の賃料と管理費に関する契約条件は完全に固まっていません。そして、判決文に記載の事実を読む限り、取締役C氏は、2017年1月以降の取締役会(例えば、議事録に「合意した」と記載された2017年5月の取締役会)で改めて申告を行っていません。

このことを取り上げて、会社は、このような未確定の段階での申告は義務を果たしたこととは言えないと主張していたのです。

なお、これも結論の先出しになりますが、裁判所は、この会社の主張の当否について、1985年会社法と2006年会社法の利益相反の申告義務に関する条文の文言の違いにより影響を受けるものではないと考えているようです(*3)。つまり、この判決は、直接的には1985年会社法の解釈であるものの、2006年会社法の解釈にも妥当するものと考えることができます。

裁判所の判断

裁判所は、取締役C氏に利益相反に関する申告義務の違反は無いと判断しました。したがって、会社の請求は棄却となりました。

厳密には合意条件が未確定の状態で取締役C氏が利益相反に関する申告を行い、それ以降の申告を行っていないにもかかわらず、義務が果たされたと裁判所が判断したことについて、評釈では次のようにまとめられています。

取締役C氏による開示は317条を遵守するのに十分であった。2007年1月、取締役会は利益相反について討議するために特別に招集された。この取締役会は、「契約締結の問題が最初に検討された」取締役会であり、利害関係の申告が行われる適切な機会であった。この時点で、管理契約の基本的な構造は明確であった。このときに述べられたことは、繰り返すまでもなく、5月の会議の議論に事実上組み込まれていた。

考察

利益相反の性質に基づく二分論

判決文を書いたMales裁判官は、取締役の利益相反について、会社と取締役が実際に関与するような複雑でない契約と、取締役の利害関係がそれほど明確ではない契約を区別しました。そして、後者については、より詳細な説明が必要となるが、前者についてはそうではないとしています。

本件は、取締役の利害に関する基本的な構造は明確であり、2017年1月にその構造について申告がなされた以上、これにより、取締役C氏の申告義務は果たされたものと判断されました。つまり、本件は後者の利益相反のケースだと考えられていると思われます。

会社の主張、ちょっと無理筋では、、?

ぼくは、原審の判決文を読んでおらず、取締役C氏が勝訴した本判決文(とこれに関する評釈)しか読んでいないため、バイアスがかかっている可能性は否めません。とはいえ、この事実関係で、取締役C氏が利益相反の申告をしていないという主張を押し通すのは、ぼくならば、ちょっとキツいです。

もっとも、実際に原審では会社が勝訴していることもあり、会社がこのような主張で訴訟を戦うことを選択したことにも理由があるはずです。

1985年会社法と2006年会社法の違い

上記のとおり、裁判所は、本件の争点に係る判断について、両方の文言の違いは影響を与えないと考えています。

しかし、こちらの2006年会社法の利益相反に関する申告義務の条文を改めて読むと、細かいながらも気になる点があります。

177  Duty to declare interest in proposed transaction or arrangement
(1)  If a director of a company is in any way, directly or indirectly, interested in a proposed transaction or arrangement with the company, he must declare the nature and extent of that interest to the other directors.
(2) (以下略)

これを読んで頂いている方は、スクロールばかりで恐縮ですが、1985年会社法の317条と比較すると分かると思います。実は、1985年会社法では、利益相反について、取締役会での申告が文言上要求されています。

裁判所は、この取締役会での申告を厳格にとらえている節があり、本判決でも、利害関係が他の取締役に既に知られていたとしても、取締役会での申告が必要であると述べています。

取締役会で申告することの要否と本件の争点は、厳密には関係ないですが、このような裁判所の形式的な態度に鑑みて、会社側は、取締役C氏が2017年1月以降、形式的に申告を行っていない(ようにも捉えられる)ことに目を付けたのではないかなと、勘ぐってします。

なお、2016年会社法では、他の取締役がすでにその利益相反を認識している場合には、宣言は不要であることが明文化されていますので、ご注意ください。

まとめ

いかがだったでしょうか。

本日は、取締役の利益相反に関する判例を紹介しました。

今回の判決は、具体的事例に関する判断であり、何か規範を断定的に導きだすことは難しいのですが、取締役が申告すべき利益相反の内容について、示唆に富む事件だと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Fairford Water Ski Club Ltd v Cohoon [2021] EWCA Civ 143
*2 Companies Act 2006 (Commencement No.5, Transitional Provisions and Savings) Order 2007 (SI 2007/3495)。この規定により、利害関係の申告義務が2008年10月1日以降に発生する場合には、2006年会社法の177条が適用され、それ以前に発生した義務については1985年会社法の317条が適用されることになります。
*3 Alan Dignam and John Lowry, "Company Law (12th edn)" (OUP 2022), p. 349


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