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なるべく小さな話で振り返る2020年の出版業界

 あけましておめでとうございます。会社の年賀状は毎年イラレで作って印刷していたのですが、今年はあえて消しゴム版画で牛を彫ってみました。

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 2020年の出版業界を振り返るみたいな話は、どうしても大きな話になりがちなのかなあと思います。まあ、全体像というと大きな話になりますよ。ですが、日常業務においては細かな話が多かった年でもあります。そのあたり、弊社の小さな事例について、忘れてしまわないうちに、ざっと振り返ってみようと思います。

1.インバウンドとオリンピックで大きく盛り上がるはずの当てが完全に外れた

 ここ数年のインバウンド観光の盛り上がりは間違いなく出版業界にも様々影響を及ぼしていました。弊社は語学専門なので、2020年はもちろん期待していましたし、タイミングを合わせた企画も用意していました。他社もそうだと思います。残念ながら、それらの期待は全て失われました。
 ただし、弊社のここ数年の主力だった「通訳案内士試験」関連については2020年の云々ではなく、2018年から激減しています。理由は「ガイドするのに通訳案内士の資格が不要になったから」です。なので、そこについては2020年の云々はまったく関係ありません。

2.店舗の休業と緊急事態宣言で外回りの営業が出来なくなった

 春の緊急事態宣言で、外回りの営業、いわゆる書店営業が出張も含めてほぼできなくなりました。いや、行こうと思えば行けたし、実際「そんなの関係ねえ」と言って営業に出てた社もあったとは思いますが、都内は大型店を中心に休業が相次ぎ、書店のチェーンからも「来ないで」という通達があったりもして、正直、4月5月はほぼ動かないというか動けない状態になりました。
 こうなると足で稼いでいた出版社にとっては大ピンチなわけです。大手や中堅どころの出版社は本部に頼んでカバーしたいと考えたところもあったようですが、大型店の休業が相次いだ時期はそれも厳しかったはずです。本部に頼めるような強いアイテムが無い弊社のようなところはお手上げでした。この話は「7.書店営業を専門でやってる人間に何をやってもらうか」に続きます。

3.慣れないテレワークや書店の休業もあって刊行予定を変更せざるを得なくなった

 先に触れたインバウンドやオリンピックのこともありますが、休業店舗の増加と制作の遅延を理由に刊行スケジュールを見直した社は多かったと聞いています。取次窓口での新刊の見本進行なども窓口へ行かずに「見本は送付で連絡はメールで」といった感じです。しかし、そんな中でも「出さないと(お金が)回らないから出し続けた」という社もありました。悲喜こもごも。

4.先の見通しが立たない状況で手持ちの現金を温存するため支出を抑制した&未収金の回収を心がけた

 緊急事態宣言がいつまで続くか見えない中では必然でした。広告出稿の停止に始まり業務に関わるサービスや外部への業務委託の見直し、値下げの依頼、売掛金の回収なども行っています。長くお願いしていた諸々を止めるのはなかなか厳しい決断でした。思い返すと随分と頭を下げた春でした。
 取引先によっては、未回収の売掛金が残っていたり、残高がちょっとおかしくなっていたりということがあります。大きな金額にはならなくても、そのあたりは随分と見直し、必要であれば督促しました。逆に買掛金について取引先から残高の確認を要求されることもあり、何年分も遡って確認したりという作業が春にはそこそこありました。

5.Webページへのアクセス急増に合わせてコンテンツを補充

 大企業やIT関連だけでなく可能な限りの業務での在宅勤務が今年の大きな流れでしたが、自宅へのネット環境やPCの導入、使い放題を前提としたスマホの利用拡大などの影響で、弊社のWebページへのアクセス(特にスマホによるもの)も急増しました。元が少なかったのでそれほど大きな数ではありませんが。せっかく増えたのならそこにもっとコンテンツを提供せねばということで、コンテンツの補充を心がけました。後述しますが、外回りに出れなくなった営業にも作業の一部を担ってもらいました。

6.テレワークの環境整備と社内連絡の見直し

 編集のテレワーク、最初はどこも手探りだったと思います。弊社もそうでした。ちょっと驚いたのが自宅のネット回線が無いというのが何人かいたことです。あと、自宅にパソコンないというのも……。
 結局、編集部員は会社で使っているMacを自宅に運んで仕事をすることになりました。AdobeCCを使っているとなおさら環境を揃えないと厳しいので、慣れた環境で作業できるという意味ではこれで良かったようです。
 会議は特にZoomなど使うことなく全部止めました。スケジュールは元々使っていたGoogleカレンダーの利用と共有を徹底しました。連絡は「メールで充分じゃない?」に落ち着いた気がします。

7.書店営業を専門でやってる人間に何をやってもらうか

 外回りが出来なくなった時期に一番頭を抱えたのがこれです。休業という選択肢も考えましたが、休業補償の申請はかなり面倒だということが判明してからは「何かやってもらわなければ。でも何を?」という状態でした。結局、今まで時間がなくて出来なかった作業(Webコンテンツの充実のための入力など)と、次(緊急事態宣言明け)につなげるための作業とをやってもらうことになりました。

8.オンライン書店による出版物の扱いの一時的な遅滞と対策

 書店の休業に続いて起こった「オンライン書店による出版物の扱いの一時的な遅滞」は、多くの出版社にとって寝耳に水でした。特に大型書店の休業や図書館の休館の影響をもろに受けていた小零細は頭を抱えたはず。考えることは皆同じですが、BASEやSTORESを使った「直営店」がドカドカと増えました。弊社は実はこの流れには乗りませんでしたが、本当に随分増えました。売れてるかどうかは……

9.慌てて電子化は出来ない

 書店は休業、オンライン書店は扱いを縮小、そうなると電子書籍はどうかという話になるのは必然です。電子書籍全体の売上のコミック以外は2割を下回る数字です。その内訳は詳細には分かりませんが、ライトノベルズを含む「文芸」がかなりの割合を占めているようです。それ以外もビジネス書や新書のベストセラーの電子化などが売れています。ということは、そうじゃない本は電子化してもどうなのか、ということです。実際、「電子化の費用を回収できない」という話も伺っております。

10.給付金の申請は漏れなく

 持続化給付金以外にも給付金は幾つかありましたが、全て漏れることなく申請、受領しています。幸い弊社はずっと無借金でやっています。今年も借り入れの心配をする必要はありませんでした。それでも、給付金が無かったら2020年がもっと暗い年になったことは間違いありません。非常に助かりました。

11.弊社に特需はありませんでした

 春は学参やドリルが、後半は『鬼滅の刃』が、そして全体通して巣ごもり需要がと、ポジティブな話題は少なくありませんでした。業界全体の数字も「下げ幅が減った!」「電子書籍と合わせると上向きに!」という前向きなものです。
 ですが、弊社には特需はまったくありませんでした。むしろ大学の教科書などは採用が見送られたりということもあり、厳しい年になりました。

12.古書の入手方法の変化

 気になったのは、どうやらメルカリで買ったと思われる学生からのお問い合わせです。大学の教科書を古本で買ったり先輩からもらったりというのは昔からよくある話ですが、今年は大学の近所の古書店に行けなかったり先輩と接点を持てなかったりする学生がメルカリで入手するという例が増えたように思いました。付属CDの問い合わせがけっこうあるのでそのあたりからの類推です。

13.オンライン営業の向き不向き

 外回りの営業の苦境は出版業界だけでなく他の業界でも似たような状況だったと思います。加えて人と人との接触を避けるという意味で「オンライン営業」などが取り沙汰され、弊社でもWeb商談会に参加するなどしてみました。結論は「弊社はオンライン営業向きじゃない」です。ここで言ってるオンライン営業とはZoomなどで顔を合わせてというものです。向いてるジャンルや出版社があるということは、よ~く分かりました。残念ながら弊社はまったくもって向いておりません。本当に残念です。

14.出版営業のDXと言われても……

 前項の「オンライン営業」に限らず、どうやって書店にアプローチするか、どうやって書店から注文を集めるか、というのは本当に大変な話になっています。電話営業が増えて書店が若干キレ気味に対応しているという話も聞きました。FAXもドカンと増えた時期があったはず。郵送もです。皆、考えることは一緒なので、手書きのお手紙とかも増えたはず。
 当然、オンライン受発注についても、新しい取り組みだけでなく、旧来の仕組みへの参加も増えています。弊社も参加しました。効果はイマイチです。オンライン営業と一緒で向き不向きはあるようです。どうしたものか。

15.出版営業のDXと言うのなら……

 オンライン受発注は取次のPOS経由で既に実現している部分もあります。ですが、書店の導入費用の問題や使い勝手の問題などもあり全てをカバーするというわけにはいかないようです。
 とはいえ、ここは本当なら取次の頑張りどころです。IT系の企業と取引したことがある、もしくは個人でアフィリエイトなどやったことがある方ならご理解いただけると思いますが、今や伝票どころか請求書や支払計算書などもオンラインのシステムにアクセスして確認する時代です。あくまで仮定の話ですが、取次が書店と出版社の受発注はもちろん売上管理についてもオンラインで提供するところまで踏み込めば、書店も出版社も取次も、事務コストの大幅な削減が可能になります。
 つい数年前まで複写伝票の控えを郵送したりしていた業界なのでそこまで一気には大変な話に聞こえますが、逆に言えばそれぐらいドラスティックに変化しなければ効果は限定されたものにしかならないわけです。取次が書店と出版社の媒介としてのシステムを提供することになれば、例えば個別商品に期間限定でのインセンティブを設定するといったことも可能になります。データの共有によって入力ミスや発注漏れなども減らせるでしょう。さらに言えば、シリーズの過去の実績に基づいた配本なども実現できるはずです。
 というか、業界全体でDXを考えるなら、そろそろそれぐらいやりませんか。もう間に合わないかも知れませんが。

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