#部活の思い出
こんにちは、アメリカの大学一年でテニス部所属のまさ坊です。
今日はちょっと変わって「#部活の思い出」(テニス四国大会編)を語ろうと思います。僕のテニス部の数少ない伝説の1つになった物語で、史上初顧問を泣かせました。少し長いですが、気楽にみてください😌
では、どうぞ〜
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2017年秋、僕は四国大会の団体メンバーとして香川県に出発する日でした。その日の朝はすでに引退した高校三年生と朝練を楽しく朝練をしてました。そして、8時過ぎに朝終えて、集合する自分の学校にチャリで行きました。そして、着いた瞬間何か忘れてる気がして少し考えると何か気づきました。
「あ、やば。ハチマキ忘れてる…」
僕たちテニス部は団体戦を戦う時は全員ハチマキをつけなければいけなかったので、もちろんその四国大会にもハチマキは必須でした。とりあえず、周りのみんなに悟られないように自分のラケットバッグをバスに積みました。そして脳みそフル回転です。
「ヤバイヤバイ。どうする…。このまま言ってもあいつ(顧問)絶対キレるな…。何か良い方法は……。」
こう思った僕でしたが、まだ出発まで20分ほどあったので、潔く顧問に言おうと決意しました。
自分「先生。あの、ハチマキ忘れたっぽいので家に取りに帰ってもいいですか?」
顧問「は?」
正直、こっちが「は?」という感じだったのですが、その顧問は僕に取りに帰ってもいいと少しキレ気味に言ってくれました。
顧問「何分かかる?😠」
自分「20分くらいですかね。」
本来、僕の家と学校までは30分くらいの距離があり、僕は「20分で戻ってきます」と言いました。どういうことか理解できますかねw。要するにいつものペースより3倍早く漕がないといけないということですw。チャリを漕ぎながら、時間がいつもより遅く進むのを祈りつつ、家に着いた後最短ルートでハチマキを回収するためにシミュレーションを何回もしました。もちろんチャリを漕いでいる時は内側を攻めまくりました。「自分は今ロードレースのインターハイでゴール争いをしてるんだ」と錯覚したくらいですw。家に着き、チャリを降りてからハチマキを回収して再びチャリに乗るまでにかかった時間は5秒です。必死でシミュレーションをした甲斐がありました。
そして、顧問に言われてた集合の場所に到着しました。顧問はガチギレです。鬼の形相でした。「人間ってこんな顔するんだ」と内心笑ってたのもつかの間、顧問は怒鳴り散らかしました。しかも、ローソンの駐車場で。書いてたら思い出して笑えてきました🙂。
顧問「お前、20分で帰ってくる言うたよな。
もう30分経ってんだけど!!
お前のせいで試合会場着いた後のみんなの練習時間減ったやろが!!
どうしてくれる!!」
僕は内心こう思ってました。
自分(うおっっっ、びっくりしたぁ……。急に大声出すなや。どうする言われましてもぉ〜…。しゃーないやん。てか、往復1時間かかる道を半分の30分で帰ってきたって俺やっぱすごいな。逆に褒めて欲しいっての。うわー、周りの人めっちゃこっち見てるわw。やばww。)
顧問「なんか言えや、おい!!」
沈黙……
顧問「もういい!!お前はバスに乗せて連れて行かんからな。
2万やるから(部費)自分で香川まで来い!!」
自分「いえ」
内心(これは受け取ったらいかんやつや。受取拒否ってたら、先にこいつが折れてバスに乗せてくれるパターンや。断固拒否するぞ…。)
顧問「はよ取れって!!!」
自分「いえ」(受け取ったら終わり受け取ったら終わり)
こんなやり取りをローソンの駐車場で周りの人たちに見られながら数分感した後、顧問はその2万を僕との間の地面に叩きつけて、他の団体メンバー8人が乗ってるバスに向かって歩き出しました。
自分(あー、くそ。バス乗せてくれんかったか…。)
バスが過ぎ去った後、どうするか悩みました。四国大会に行くかどうか。2万もらったからといって、これをやすやすと使うのは僕のプライドが許さなかったです。そして、1つ、とても良いアイデアを思いつきました。
自分「せや、チャリで香川まで行くか。そしたらこの2万全部手に入るし、
一石二鳥やんけ!!」
そして、すぐそこに止めてあった僕のクロスバイクに再び乗り香川までのチャリ旅が始まりました。漕いですぐしてあることに気づきました。
「スマホ、バスん中や!!」
でも、上の標識見れば香川がどっちでどれくらい距離があるのかを教えてくれるのでチャリは漕ぎ続けました。
「香川まで約120kmくらいか。まぁ時速20kmで漕いでも4時くらいには着くな。全然余裕。」
2時間ほど漕いで、香川まで残り115kmあたりで急な坂になり……挫折しました…。流石に坂がずっと続いてて車が横をブンブン行ってたのでしんどくなったので、引き返しました。まぁこうなることは想定済みでしたが。
駅まで漕いで行ってチャリを止めて、緑のなんとかってとこで香川行きのチケットを買い、JRに乗りました。スマホが無かったので、ずっと外眺めてました。
目的地に行くためには丸亀?ってとこで乗り換える必要があったのですが、寝てました。生物の本能っていうんですかね、危険が迫った時に、「ハッ」てするの。朝、遅刻ギリギリで目が覚めるのと似てました。「降りなきゃ降りなきゃ」と思って席をおもむろに立ちドアの方に向かうと、嫌な音がしました。
「プシューー」
自分「この音はまさか…」
そのまさかでした。ドアが閉まって列車が動き出しました。
「Oh my…Oh my…Goodness!!!」
笑ってる場合じゃ無かったんですけど、自分のバカさに少し笑えました。こうなると仕方ないので終点で降りて駅員に事情説明して無料で香川行きのチケットをもらおうと考えました。
そして終点、岡山。Okayama!!
なんとなんと、岡山までやってきてしまいましたw。朝練してた自分は到底、午後に岡山にいるとは一ミリも想像してなかったでしょう(逆に想像してたらどんな思考回路やねん)。
岡山に着いた時にはすでに16時を過ぎてて、時間が時間だったので"観光"する暇無く香川行きのチケットをゲットするためチケットの駅員さんのとこに走りました。深刻そうに「寝過ごしたんです…」と言ったらすぐにチケットをくれたので、あの駅員のおじちゃんには感謝してます。
今度は寝過ごさないようにずっと起きて、見事香川で降りることができました。
「よし、いろいろあったけど、香川に到着したぞ。こっからは簡単なはずや。」と思い余裕で胸が高まってました。タクシーを捕まえてテニスコートまで行こうとしましたが、ある問題点に気づきました。
「あれ、大会の会場ってどこやったっけ……。どこや、覚えてないぞ…」
会場名が出てこなかったのでコンビニに入って香川県の地図が詳しく載ってある本を手に取り、テニスコートはどこかと探しましたが、見つからず。
香川に到着して、その20分後、僕は高知行きのチケットを手に持ってました。はい、そういうことです。会場に行くことは諦めました。10月11月あたりで空もだんだん暗くなってきてました。
「仕方ない仕方ない。会場名教えんかったあいつが悪いんや。もう帰ろ。
あ、帰る前にお腹減ったしなんか買ってくか。」
というわけで、さっき入ったコンビニにまた入り、多めに食料調達し、JRの中での暇つぶしは準備万端です。そして、香川から高知行きのJRに乗って8時9時くらいに高知に到着しました。
到着した後少し考えました。
「このままお父さんお母さんのいる家に帰ってもこっぴどく叱られるだけやろうな…。なら祖父母の家に行って黙っとってもらおうか。しかもこっちの方が着くの早いし。」
そして、15分くらいして祖父母の家に到着。夜だったのでピンポン押すと、
マイグランドマザーが出てきてびっくりしてました。少しだけ事情説明をしてお風呂に入りました。
そしてお風呂から出た後、マイマミーから電話が掛かってきました。話したく無かったですけど、(まぁ説明せないかんか…)ということで電話しました。
そしたら衝撃の一言
ママ「○先生が心配してるから何があったか説明して。
すぐに電話がかかってくると思うから」
自分「イヤ、ムリ。」
ママ「電話出てよちゃんと。」
「ツーツーツーツー」
ママでの電話が切れた後すぐにあいつから電話がかかってきました。
Sekai no OWARI. Hey!!
死にたくなかったので、少し出るのをためらいましたが、電話に出ました。そしたら、僕のことが心配なのか、生きてたのが悔しかったのかわからなかったですけど、泣いてました。高校の部活の顧問&体育教師ともあろう人が。
正直、四国大会に行くのも、これからあの顧問が仕切ってるテニス部に所属するのもイヤだったので、今日でテニス部を止める趣旨を説明しました。僕たちの代は高一の時こそ15人いましたが、この四国大会の時には僕含み3人(自慢ではないですがその3人の中で一番上手かったのは自分)しかいなかったです。なので、あいつもこれ以上高2を減らしたくないということで僕の退部を断固拒否して、それだけならまだマシなものの、明日の四国大会に来いと言ってきました。そしてシングル2で出す、と。
四国大会が終わった後に、四国大会団体メンバーのもう1人の高2のキャプテンから聞いた話ですが、あの顧問は僕が2万使って会場まで来なかったので、その夜、心配して半泣き状態だったらしいです。そして、僕のラケットバッグの中にスマホが入っているということを知らずにキャプテンや他の団体メンバーに僕のスマホに電話させまくってたらしいです。みんなと合流した後、スマホを開いてLINE見たら通知がえぐいことなってて笑えました。たとえスマホを持ってたとしても出なかったでしょうがw。
悪魔との死の電話をして、死ななかった僕は次の日の朝早くにマイマミーの車に乗って香川の会場まで行きました。団体メンバーは超歓喜して出迎えてくれましたw。「〜〜さん、帰ってきたぁぁぁ!!!」「どこ行ってたんすかぁぁぁ!!」などなど。もっと嫌われるかと想像してましたが勘違いだったようです。
結局、僕たちの学校は全国大会に行くことは叶いませんでしたが、僕は十分満足です。なぜなら、あの憎き顧問(四国大会前からも仲はそんなに良くなかった。よく顧問に突っかかる問題児だったので)を嬉し泣きではなく心配泣きさせることができ、四国大会でシングルス2として出場できたからです。
・部費の2万で香川まで来いと言われたこと
・香川までチャリで行こうとしたこと
・寝過ごして岡山まで行ったこと
・香川に20分しかいなかったこと
・顧問を心配泣きさせたこと
・母校のテニス部の数少ない伝説となったこと
などなど、あの四国大会の出来事は僕の高校生活の中でも屈指の楽しい思い出となりました。
最後まで熟読していただきありがとうございました😌
by まさヒロアカdemy
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