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日本企業の「強み」を考えてみた

 日本を飛び出してから丸8年。シンガポールに2年、イギリスに6年住んでみて、比較対象ができたことにより、日本の良さや悪さが何となく見えるようになってきました。仕事では、日本企業のサラリーマンを辞めて、イギリスで起業し、外から日本企業のグローバル化支援を行うことで、日本人の働き方やコミュニケーション、日本企業の文化やシステムが非常に「ユニーク」なものであることを痛感するようになりました。本記事では、そんな僕が感じている伝統的な日本の大企業(以下、日本企業)の「強み」を考察してみたいと思います。

はじめに

 2022年の日本の一人当たり名目GDPは、OECD(経済協力開発機構)加盟国38ヵ国の中で21位と、1980年以降で最低の順位になりました。2023年には名目GDPでも世界4位に転落する見込みです。IMDの2023年版の世界競争力ランキングでは、日本の総合順位は35位と過去最低を更新。この30年間、日本の平均年収はほとんど上がらず、日本企業の終身雇用や年功序列などの特異性が目につき、欧米企業と比較して「だから日本企業はダメなんだ」という悲観論が飛び交っています。

 その悲観論に同意せざるを得ない部分もあるのですが、ただただ嘆いているだけでは1ミリも前進しません。問題は多々あるのかもしれないけれども、会社の文化やシステムを変えるのには相当な時間がかかります。組織が「変革」に着手するのは大前提として、現在のスキームの中、この大国際競争時代をどのようにサバイブして、グローバルで日本のプレゼンスを高めていくのか。そのヒントを探るために、日本企業の「強み」を3つ考えてみました。

強み① 意思決定後のスピードと正確性

 「日本企業は意思決定が遅い」という批判をよく耳にします。権限委譲が進んでいなかったり、社内の根回しに時間がかかったりと様々な要因が考えられます。海外勢との受注競争や買収抗争中、この意思決定の遅さが原因でビジネスチャンスを逃してしまっているケースも多いのでは、と想像がつきます。

 一方で、一度物事が決まってからのスピードと正確性、それをやり遂げることに対する責任感とコミットメントの強さには目を見張るものがあると思います。社内調整中にあらゆる事態を想定していること、部署を超えて関係者のベクトルが揃っていること、日本人の「真面目」な気質も影響しているような気がします。

 それでは、日本企業がベンダー(売り手)の場合、どうすればこの強みを活かせるのか。

 僕の考えでは、交渉過程において、買い手に意思決定するにあたり何が起こっているのかを説明して透明性を高めること。その強み(意思決定後の動きの早さと正確性)までしっかりと伝えること。はじめは小さなプロジェクトの受注から狙うこと。そして、クライアントと信頼関係を築き、大型受注に繋げることが勝ち筋なのかなと思っています。

 実際に、欧州で鉄道車両の大規模な受注を獲得している日立レールも、最初から車両丸ごとではなく、まずは制御装置などの供給から始めて、少しずつ実績を積み上げていったことが現在、ヨーロッパで存在感を発揮している要因の一つではないかと思います。

強み② 現場での実行力の高さ

 OECDの国際成人力調査によると、日本人の数的思考力、読解力は世界でトップクラス。年齢に関わらず高い平均点を維持しており、能力差が最も小さな国だそうです。近年では、新卒でベンチャー企業に就職したり、起業するケースも増えましたが、就職企業人気ランキングでは日本の伝統的な大企業が上位に名前を連ねます。世界的に見てもトップレベルの能力を有し、その中でも多くの優秀層が日本の大企業に入社しているのです。そして、終身雇用のもと、人事異動でさまざまな経験を積みながらプロフェッショナル人材へと成長していきます。これに、「勤勉」という国民性を掛け合わせると、現場での実行力(オペレーション力)が高い、と言えるのではないかと思います。

 それでは、日本企業がグローバルな環境下で、その強みを活かし、更なる躍進を遂げるためにはどうすれば良いのでしょうか。

 個人的には、会社の意思決定者層、幹部や取締役などのエグゼクティブ、部署やチームを引っ張るリーダーたちが、多種多様な考え方や価値観を受け入れ、それを事業に活かしていくことが非常に重要ではないかと思います。所謂、DEI(Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性))の推進ですが、リーダー自らがその姿を見せることで、それに続くフォロワー層が感化・刺激され、現場での実行力が更に引き上げられるのではないかと思います。

 僕は新卒でサントリーに入社、約12年間お世話になった後、海外移住、海外起業を経験しました。その過程で、日本にいた当時は、外部(社外)との接点が非常に少なかったことに気づかされました。外国人やスタートアップ界隈の人たちと接点を持ち、コミュニケーションをとることで、多くのインスピレーションを得ることができました。視野が広がり、思考が深化しました。日本企業においても、個人は活動的に外部との接点を持ち、また、組織は積極的に外部から多様多様な人材を受け入れ、彼らも中枢で活躍できるような環境をつくり、それをイノベーションや変革、今後の戦略に繋げていくことが重要だと思います。

強み③ 研ぎ澄まされた、強固な企業DNA

 日本は世界の中で最も長寿企業が多い国なのはご存知でしょうか。世界の創業100年以上企業のうち日本の企業は50%、創業200年以上の企業では65%という凄まじい数字が、日経BPコンサルティング・周年事業ラボの調査で明らかになっています。企業の新陳代謝が少ない、というネガティブな見方もできますが、ポジティブに捉えると、日本の企業は、100年以上の歴史を刻む中で、戦争や不況、自然災害などの困難を乗り越えてきたと言えます。そして、様々なハードシングスを経験しながら、強固な「企業DNA」=「その企業独自の信念、価値観、行動規範」が形成されていきました。

 大変興味深い研究を発見したので共有します。日米企業のミッション・ステートメントの比較研究を行った元立教大学教授の並木氏によると、米国企業は具体的に、株主、顧客、従業員へのメッセージをミッション・ステートメントの中で記載しているのに対して、日本企業の多くは,非常に抽象的な文面で、社会全体への奉仕を謳っているケースが多いそうです。また、帝国データバンクによると、日本には100年以上続く老舗企業が2万6000社以上存在していて、それらの老舗企業約800社を対象にしたアンケート調査で、その約8割が家訓や社訓を有しているようです。これらの調査結果から、日本の企業は家訓や社訓など、抽象度の高いミッションを掲げて、長年経営を続けてきたと言えそうです。

 時代と共にビジネス環境や人々の価値観は変化します。ある時代に有効だった具体的なミッション、ビジョン、バリューは、時間が経過するにつれ、共感されにくくなり、機能しにくくなるのではないかと思います。そこで、様々な解釈ができる、ある意味、曖昧なミッション・ステートメントが、時代に左右されることなく共感され、従業員を一丸にさせてきたのではないかと思います。また、抽象度が高いからこそ、従業員は思考の限界を外しやすく、時代に合わせて商品やサービスを柔軟に変化させることができた、とも言えるような気がします。

 それでは今後、日本企業の強い企業DNAをどのように活かしていけば良いのでしょうか。

 今や、日本企業のステークホルダーは、日本人だけではありません。日本企業の海外売上高比率はどんどん上がり、社内を見渡すと外国籍社員も急激に増えていると思います。日本人だけでビジネスが完結していた頃は、曖昧なミッション・ステートメントでも問題なかったのですが、外国人からはなかなか理解・共感されません。これまで築いてきた企業の歴史を振り返り、現状やこれからの戦略も踏まえて、パーパス、ミッション、ビジョン、バリューを改めて見つめ直す必要がありそうです。

 注意しなければならないのは、それらを単に「翻訳」するだけでは真意は伝わらないということ。サントリーでは、「やってみなはれ」を「Yatte Minahare」として外国籍社員に発信しています。「Go for it」という英訳では、「とりあえず行け」と解釈されてしまい、「失敗を恐れるな、しつこくやれ、そして成功しよう」というニュアンスが伝わらないためです。言葉の背景や、言葉の裏に隠された意味などをしっかりと、何度も何度も説明する必要があるのだと思います。また、ゴールや戦略など、具体的にできるものはできるだけ明確に、言語化していくことも重要です。そして、それらを社内外に積極的に発信していくことが、グローバル化時代に日本企業に求められていることではないでしょうか。

おわりに

 冒頭、日本の悲観的なデータを羅列しましたが、2024年に入り、日経平均株価は大好調。2023年の国家ブランド指数では日本が初の1位を獲得。組織変革という意味では、NTTが年功序列の廃止を発表、日立製作所が多様性の取り組みを人事考課に反映させるなど、ポジティブかつ画期的なニュースを目にすることが多くなってきました。2024年が日本にとって「変革が本格的に始まる年」になる予感がしております。事業を通して微力ながらその支援ができれば幸いです。これからも精進していきます。


参考記事
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