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「買わない理由」から始めるマーケティング

「買う理由」は人それぞれ。でも「買わない理由」は明確なのではないか? 長らくインターネット広告に携わっていた人間として、常々感じていた仮説です。

「買う理由」は意外と曖昧です。たとえば、アンケートで「購入した理由」を聞いても、意外とクリアーな回答はもらえないことがほとんどです。「流行っているから」「最新機能が便利だから」「前の機械が壊れたから買い替えのため」など、一見するとそれっぽい。

しかし、いざマーケティング施策や次の商品開発に活かそうとすると、役立たない情報が多いものです。(ただし、顧客だけが悪いのではなく、聞くほうにも問題があるケースが多くあります)

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一方で「買わない理由」はどうでしょうか? これが意外にも明確なものが多い。最新機能で便利だけど「高すぎて買えない」という声は、価格の問題です。「すでに同じ製品を持っている」ならば理由は明らかです。

美味しいレストランなら「遠くて食べにいけない」「すでにお腹がいっぱい」という答えだと、理由がはっきりとしています。

まずは、広く網を張ってみる

マーケティングを担当する方々には、"どうすれば買ってもらえるか"という「買う理由」を探すよりも、「買わない理由」から考えることがオススメです。

具体的な事例で考えてみましょう。たとえば、SaaSを手がけるベンチャー企業が、LTV(ライフタイムバリュー)を弾き出すために、「どれくらいの広告費をかければ、何人の顧客が獲得できるか」を考えているとしましょう。

失敗するパターンは、インターネット広告に「10万円を投入したら、5人獲得できた」ので、ならば予算を10倍にして「100万円を投入したら、50人獲得できるだろう」と積み上げ方式で考えてしまうケースです。

このケースでは、蓋を開けてみれば「100万円を投入しても、10人しか獲得できなかった」という結果がよくあります。予算を10倍にしたのに、獲得は2倍にしかならない。

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これを「買わない理由」から考えると、どうなるでしょうか。ポイントは、最初にインターネット広告などで広く網を張ってアプローチしてみることです。

具体的な事例で考えてみましょう。たとえば、20代後半〜30代後半がターゲットの商品があったとします。この商品は、実際には40代の方も20代前半の方も利用していたとすると、どうなるでしょうか。

先ほどのように積み上げ方式で考えてしまうと、40代と20代前半の潜在的な顧客を逃してしまうことになります。つまり、商品開発段階で行なったターゲティング通りにやっても、4割にはアプローチできているけれど、実際は6割が外れているといったような結果になりやすいのです。

とくにインターネット広告などを利用してボリュームを取りにいく際は、「買うであろう層」にだけフォーカスするのではなく、「買うか、買わないかわからない層」(買わない理由を持っている可能性のある層)にもチャレンジしたほうが、結果として多くの顧客にアプローチできるというわけです。

このように考えると、狭い顧客像からアプローチするよりも、広く「買わない理由」を探して潰していったほうが、結果としてボリュームがとれるというのが私の考え方になります。

インターネット広告の運用では、どのようにアプローチをするのか?

ある程度の予算がないと難しいのが前提としてありますが、インターネット広告を出すとき、最初から細かくセグメントするのではなく、まずは広く網を張ってみるというやり方になります(これは元広告屋の宣伝トークでもあるので、ご利用は計画的にお願いします)。

メーカーが「百貨店・量販店」に商品を卸す理由

「この年齢以上の人には刺さらないみたいですね」「やはり店舗との距離が遠すぎますね」と、広く網を張ることで顧客の「買わない理由」を正確に捉え、その範囲を狭めていくようなイメージです。

実際に、こうした手法をリサーチに使うマーケティング担当者はけっこういます。また、このほうがマーケティング担当の能力に頼らない運用が可能だと私は思っています。

「うーん。数値的にはこうかもしれないけど、これでいこう!」「経験則的にこうだ!」と言って大ヒットさせる敏腕マーケターも、たしかに一定数います。ただ、その裏には数百、数千個の失敗があるものです。

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インターネット広告は瞬時に「効果測定ができる」のが特徴です。これまでのマス広告だけがある世界とは、まったく異なります。ゆえにターゲットのセグメンテーションのところで仮説を先に立てすぎると、結果として「届く層が限定される」というジレンマが発生してしまうのです。

これは、対面の営業活動でも同じです。「買う理由」を探すよりも、そもそも”なんで売れなかったのか”という、お客様の「買わない理由」からアプローチしたほうが有効です。

メーカーが百貨店や量販店に商品を卸す理由の1つにも、実は「広く網を張れるから」というものがあります。

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”こういう属性の顧客が購入した”という「買う理由」がわかるのと同時に、不特定多数の顧客が来店することで「こういう年齢層の方は商品を眺めるだけで、手にとってくださらなかった」という「買わない理由」を把握できます。そうしたデータを商品開発やEコマースでの販売に横展開するのです。

「買わない理由」は値付けにも役立つ

「買わない理由」からのアプローチは”値付け”にも使えます。

私が学生時代にインタースコープ(マクロミル)というリサーチ会社でインターンをしていたとき、価格感度分析」(PSM分析)という調査を手伝ったことがあります。

たとえば、ターゲットに「いくらだったら購入しますか?」と聞いたら、どんな答えが返ってくるでしょうか。おそらくは、相場の中でもかなり低い数値に回答が集まります。当たり前ですが「安いに越したことはない」からです。しかし、これでは値付けの参考になりません。

では、「安すぎて”不安に感じる”のはいくらくらいですか?(最低品質保証価格)」「いくら以上だと”高すぎて買えない”と感じますか?(最高価格)」と聞いてみたらどうでしょうか。

こうした結果を集めると、次のようなグラフになります。

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このように「買わない理由」からアプローチすることで、より精度の高い値付けができるというわけです。

どれくらい距離だと「ランチ」を諦める?

また「値段」でなく、「距離」(時間)も同じようなアプローチができるのではないでしょうか? つまり「どれくらい離れていると諦めますか?」ということです。

地図サービス開発プラットフォームを提供している身からすると、インターネットでの広告や、SNS等を使ったマーケティングがさかんになるにつれ、「物理的な距離」が見落とされがちになっている印象を受けています。

たしかにアマゾンといった物流網をしっかりと構築している企業のサービスであれば、距離を忘れるくらいの利便性を感じることができます。しかしそれは距離を忘れさせるくらいに最適な場所に倉庫を作っているからこそ、実現可能な顧客体験なのです。

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また、距離(時間)に対する許容度は住んでいる地域によっても変わってきます。私自身、以前だったら1時間電車に乗って都内に移動するのはなんともなかったのですが、都内に引っ越してからは移動時間が30分を超えてくると「遠いな」と感じてしまう……。

でも、旅行先の越後湯沢であれば、車で30分〜45分くらい車に乗って昼を食べにいくのは当たり前で苦になりません。

フードデリバリーの「30分の壁」

フードデリバリー業界でも「30分の壁」が存在しているそうです。

以前に読んだ、藤原彰二さん(出前館COO)の著書『それっておかしくね? 「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』にも次のような記述がありました。

「デリバリーも、最近では30分くらいで配達してくれる店が多い(あるいは、利用者は30分くらいで配達してくれることを期待している)ので、ネットでメニューを見てから実際に食べるまでは30分くらい」

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たとえば、東京に住んでいる人が、「今夜、北海道に出張したときに利用しているお店の料理が食べたい」と思っても、そもそも不可能です。

また都内であっても、「料理を提供するのに1時間かかります」と言われれば、みなさんは利用しないでしょう。結局は、近場のお店が選択肢になる、というわけです。

そう考えるとフードデリバリーであったり、飲食店の商圏を考える際にも「買わない理由」を探すというアプローチは役に立ちそうですね。

ちなみに、フードデリバリーの商圏や出前館さんの戦略については、下記のnoteでも取り上げていますので、お時間ある方はご一読いただければと思います。

以上、「買わない理由」から始めるマーケティングでした。

「買わない理由」というアプローチはさまざまな分野に応用可能だと思います。今回は「広告・値付け・距離」という3つの視点を扱いましたが、「買わない理由」から始めることで、みなさんもいろいろな視点を見つけてみてください。

ではまた次回。

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