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ベトナム国産BEV VINFAST(ビンファスト) VF8後席試乗記

【長文書き飛ばし御免】ベトナム国産車ビンファスト後席試乗記その2 VINFAST VF8(BEV、87.7Kwh)

VF8でとにかく印象的だったのはそのスタイリング。素直になかなかなカッコいいと思った。スタイリングに関しては個人の好みに依拠すると言ってしまうと元も子もないのだが、少なくともカッコいい理由は説明できる。

プロポーションが良くて、意外とシンプル、変に面をこねくり回してない感じが目に煩くなくて心地良い。フロントマスクはポジショニングランプやハイビームを上に持ってきて二段構えの目つきにするのは最近の流行だけどVF8の場合はどちらかというと四つ目、に近いかも。メインのヘッドライトは3連のLEDユニット。リアランプもワイド感出す横一文字のテールが基本。ブレーキランプはこの横一文字の上下に3D風に奥まって見える3連ユニット重なる感じ。全体のサイズ感、ディテール感は最近のルノー顔をつけたポルシェマカンと思ってくれれば大体正解。マカンよりもう少し低くてスリークかな。

個人的に好きなのは後ろ7:3から見た立ち姿。リアタイヤにしっかり荷重がかかってる感じがして凄くいい。なので全体の空気感はインフィニティ Q45みたいな感じと言えるかも。余談だけどQ45のデザインってその後の都市型オンロードSUVのデザインの方向性を決定づけた名デザインだと思う。

ボディパネルの組み付け精度はなかなか高くてびっくり。チリもかなりあってる印象。ただし、ゴルフ7 、パサート、アルテオンのデ・シルヴァ体制で始まり、その後日本車(レクサスNXとかRX)、フランス車(DS4)と続く超絶シャープなプレスはまだ出来てない模様。VINFASTのデザインチームとピニンファリーナはその制約の中で良い仕事してると思う。


インテリアは巨大センターモニターに全集約の今どき風。フロントウインドウ直下からラップラウンドしたトリムがうねりつつフロントドアショルダー→後席ドアショルダーへと続くデザインテーマ。その一段下は斜め45度くらいでラウンドする面になってるけどメーター類は何もないのでスッキリといえばスッキリ、何もないといえば何もない。ラウンジ感と言えなくもない。この境目やインストゥルメントパネル全体はソフトパッド+ダブルステッチ。最近のお約束だけどステッチも綺麗に揃っててなかなかお見事。ステアリングホイールはほぼ真円。握った感じはMスポより柔らかくて太い。まるで竹輪か魚肉ソーセージだ。ベトナムではみんなアップガレージで売ってそうなハンドルカバーしてるのでこれが好みなのかも。



好みと言えばドアの開閉がかなり重くて渋い。組み付け精度の問題や個体差かと思ったけど、LUX2.0、VF8の計4台乗ってみんなそうだったのでこれがベトナム人の好みかも。それとも開発要件として重視してないのか。ちなみにヒンジはドイツ車風の鍛造ヒンジでドアを上から差し込むタイプ。ヒンジは良し悪しというより製造工程が支配力高いと聞いてるのでそこで評価はしないことにする。

インテリアトリムはバリエーション多彩。インパネは基本黒ながらオレンジの強いブラウンの個体もあった。トリムの加飾はピアノブラック、アウディ調ブラッシュアルミ、そしてカーボンに乗った。へえぇ、なかなかトリムも多いのね…と思った時に気がついたのは内装の組み付けがイマイチなこと。デザイン的に精度に左右されないようにかなり工夫してるけど、例の加飾パーツのクリアランスが結構バラバラ。天井のライトのプッシュ式ボタンは動く方向をY軸とするならZ軸方向にかなり動く。ボタンとベゼルのクリアランスも一定ではないし、押した感じは正直ホームセンターの安家電の押し心地。この辺り、既存自動車メーカーは押し心地の統一感も計ってるけどそこまでやってない模様。センターモニター下のエアアウトレットも五角形なのに中のルーバーは長方形。既存メーカーでVF8くらいのデザイン性ならルーバーも五角形に合わせてくるはずなのでサプライヤーのレベルが追いついてないのかしら。

センターモニターには走行中、常に前後左右のセンサーからの近接情報が表示される。これが見せ方含めてなかなか素敵。この辺はコンチネンタルとかハーマンのコンセプトデモンストレーションみたいな未来レベル。マップはどこのを使ってるのか最後までわからなかったが、ベトナムでななぜかあまりGoogle Mapsのデータが良くないのでそれでないと思う。

シートはおそらく人工皮革とレザーのコンビネーション。レザーはシボを入れてないスムースタイプでどちらかと言うとアメリカ車風と思った。リアシートそのものは平板な見た目ながら意外と悪くない。リアシートなのにフロントシートと同じようなリクライニング調整レバーがついてて左右6:4分割で調整できるのが面白い。リアシート需要と思われる。リアから眺め、抜け感はなかなか。目に煩くないのは好印象。個人的にはもっとリアシート高くしても良いと思った。リアウインドウを見ると世界最大級のガラスメーカー、フランスはサンゴバン製でびっくり。ベトナムに工場あるのかしら。


ちなみにラージセグメントSUVでVF9というモデルがあって、インテリアは同様。左右幅もほとんど変わらない印象なのでプラットフォームは共用と思われる。FV9はレンジローバースポーツとエスカレードの中間みたいな佇まいのBEV 、こちらもなかなかな高級感。

この共用と思われるプラットフォームが気になったので後ろからリアサスとサブフレームを覗いてみた。5つ星リゾートホテルのエントランスの駐車場で地べたに寝転がる短パン姿の日本人はかなり珍妙な風景だと思う。ワタシにとっては平常営業なので許しておくれ。

見るとBEVらしく床面はフルカバー。リアサスはロワアームがアルミ鍛造もしくは鋳造のゴツいH型アーム。これまたゴツいアルミのハブキャリアと結合されてるんだけど一箇所短い垂直のアームで吊ってる、いわゆるインテグラルアームタイプのマルチリンク。ジャガーXF、i-Pace、テスラモデルS、F10系BMW5シリーズで見た風景。実はこの時「もしや開発とベースプラットフォームはマグナ…⁈」と思ったのだった。

ボディ剛性は80km/hまでしか走ってないけどいかにも床下にバッテリー敷き詰めたBEVという感じで堅い。足元が分厚い石でできてるみたい。上屋も含めて典型的なBEVの印象。

さて、肝心の乗り味。

これが端的に言って良くない。常にヒクヒク細かく動いている印象。ストロークしなくてどしんバタンというのとはちょっと違って落ち着くタイミングがほとんどない感じが。これは新しく舗装されは真っ平らな道(東雲とかの良路レベル)でも同じだったので全体のクセだと思う。頭が前後に常に譲られる感じで明らかにピッチングセンターが前席後ろ側、後席からすると自分の目の前にある感じ。なのでブレーキのダイブも大きく感じてしまう。うねりを通過してもバウンシング系の収束はしてくれない。アメリカ車やフランス車だと後ろ遠くにピッチングセンターがある感じでうねりもブレーキングも外から見てるほど乗ってる方は感じなくてバウンシング系になってくれて良いんだけどなぁ。

加速は流石のBEV、後ろに乗っててもトルク感たっぷりで坂道も全く関係がない。多分全開加速速そう。モーターのキーン!という音が聞こえてくるけど高速走行でも定速では音がしないのでアクセルに合わせてあえて音出ししてるのかも。人工音やスピーカー増幅ではなさそう。

音といえば気になったのが後席の隣ドア側、もっというとリアピラーやタイヤハウスからの透過音が結構盛大に響く。これは欧州車日本車ならかなり気になるレベル。後席にまでリクライニングつけてるくらいだから後席需要高いと思うのだけどあまり気にしないのかしら。ちなみにタイヤはグッドイヤーのイーグルF1 SUV、もはや定番ですな。

さて、これを作ったのは新興財閥VINグループである。VINグループはウクライナでインスタントラーメンの製造販売で一山当てて巨大企業になったらしい。「インスタントラーメンからBEVまで」。ベトナムのレイモンド・ローウィー…というよりベトナムのアナハイムエレクトロニクスと思えばだいたい正解。あっちは「スプーンから宇宙戦艦まで」だしね。

一日ガイドを頼んだフーコック生まれのイーサンくん(ホーチミン大学出身…ってことは日本で言えば東大京大クラスの俊英だ)にベトナムではBEVが売れまくってるの?と聞いてみた。

「ベトナムは輸入車の関税が200%もかかる。つまり売値は3倍。だからその関税がかからないVINFASTのBEVは安いから買われるという側面もあると思うよ。でもどちらにしろフリート需要で企業がタクシーなんかで買ってるのが大半で個人で買う人はほとんどいないんじゃないかな」

そういえば首都ホーチミンではVINFASTそこまで見なかったなぁ。

「確かにフーコックはVINFASTがたくさん走ってる。でもそれは、フーコックの30%以上がVINグループのものでVINグループの施設が多いってこともあると思う。VINグループに勤めてたり、その近くに住んでるなら充電できるけど、それ以外の公共チャージャーほとんどないし。店舗も少ないし、メンテナンスどうするんだろうね」

VINグループはフーコック島の30%の土地を所有してるそう。フーコック島の北部はまさにリゾート開発のフロンティアで、ここにアジア最大級のカジノホテルとテーマパーク2つとサファリ、そして自分たちが泊まったリゾートホテルを建て、それらを巡回するVINBUSという無料シャトルバスを運営してる。こちらもBEVのモダンなデザイン(リアオーバーハングにバッテリーをひな壇形に積んでるせいか思ったほどは人が乗れない)。さらにフーコック島のタクシーはほとんどがVINFASTのBEVでBセグメントVF5とこのVF8、そしてハイヤーのVF9で占められてる感じ。ホテルの目の前には7台分くらいのVIN製チャージャー、テーマパークの駐車場には20台分くらいのチャージャーがあってVINFASTがズラリと並んでる。

「フーコックはベトナムの未開の地だった。主な産業は漁業と農業。ボクの父も漁師だったよ。土地は赤土で痩せててフルーツくらいしだけできない。だから肉はずっと本土から運ばれてきた。今でも本土より肉は10%以上高い。輸送費がかかるからね。貧乏人は米を食べ、少し金がある人は魚を食べ、もう少しお金がある人は鶏肉。もっとお金がある人は牛と豚を食べたんだよ(笑)」

ガイドのクルマはトヨタのIMV、イノーバだ。IMVはハイラックス系のラダーフレームにステーションワゴン、ミニバン、ピックアップ、キャブオーバーなどを架装する新興国現地生産専用モデルだ。乗り心地はお世辞にも良いとは言えないが、いかにも質実剛健な機械のナマの動きはむしろ心地よい。

痩せたおっちゃんが煤けたタンクトップ姿で軒先でタバコを吸っている。煌々と灯る蛍光灯の青白い光がいかにも東南アジアだ。蛍光灯の光を安っぽい光と感じるように日本人がなったのはいつの頃なのだろう。でも、こっちではこれが生活を支える光そのものである。そこに無粋という権利は自分にはない。

メシ屋のオバちゃん、営業中にも関わらず、なぜか一人でカラオケ…


「フーコックにはまともな発電所がなかったんだ。昼過ぎにはジェネレーターがオーバーフローして停電になった。自分が子供の頃もそうだっからよく覚えているよ。本土から海底ケーブルでいつでも電力が使えるようになったのはほんの9年前。2014年なんだよ」

思えばナイトマーケットもホテルも、無闇矢鱈と電気が明るく電飾が派手だった。もしかしたらそんな経緯があって電気をふんだんに使うのが贅沢やおもてなしの証なのかもしれない。

自分にとっては東南アジアに来た実感とセットの感触のIMVの乗り心地。ラダーフレームの上にちょこんと座る高い視点からフーコックの夜の街並みを眺めて想った。

「中国の次はベトナムが『世界の工場』になるかもしれない」

自分はこの言葉を20年前に実感を持って聞いた。MTBの生産工場は米国→日本→台湾→中国へと移っていった。ここでいう工場とはフレームの溶接・カーボン成形などの製造とアッセンブルのことだ。80年台前半は日本がアメリカンブランドの下請けだった。その後、今も台湾がナンバーワンだが趣味の高付加価値商材ゆえに、より安い生産国を作ってグレードやモデルことに生産国を分けるようになった。今では台湾生産はむしろ高級グレード。中国の人件費高騰でベトナムが廉価クラスの工場が立ち上がったばかりだった。ちなみに日本のスポーツ自転車の生産は事実上壊滅した(シマノはパーツメーカーであってOEMではない)。

フーコックのタクシーに最も使われてたVINFASTのBゼクBEV、VF5。あれに乗るチャンスはなかったけど運ちゃんに頼んでボンネットを開けてもらったら、あらゆる部品にVINFASTのマークがあったな…。

だから、新興自動車メーカーとしてのVINFASTの来し方はたぶん正しい。2017年に自動車部門を立ち上げて、欧州から主要スタッフを引き抜き、世界のクルマメーカーがベンチマークの一つとするBMWのプラットフォームと知的財産権を買取り、GMの現地工場と販売網を買収して垂直立ち上げを現実のものにした。それは今の中国メーカーとテスラの履歴をたった6年間でトレースしたのは素直にすごいと思う。30万台とも60万台とも言われる生産体制でICEとBEVを量産した。アメリカとUKで販売を開始し、NASDAQに上場した。電動スクーターと電動バスも製造し、前者はフーコックの女子高生の通学の足になった。彼の地のラストワンマイルのモビリティはVINFASTの電動スクーターだ。

ピニンファリーナのスタイリングをアイキャッチとし、なかなかの仕上げと現代的なパフォーマンスとUI/UX、安価を武器に北米と欧州でBEVを売り、貴重な外貨をベトナムにもたらす。ウクライナのビジネスで一旗上げたVINグループにとって当然のことだとも思う。

でも”国産車”VINFASTのクルマが、特にBEVがベトナムの人々の人々の”移動の自由”と”自由な移動”になるのかはわからない。

ランチが200円でお腹いっぱい食べられる国のVINFAST VF8は600万円がスターティングプライスだ。9年前まで島は自家発電だったのだ。自国民を置いてけぼりにする国産車、という側面は否めない。

ちなみにフーコックでもVINグループの掌握圏のリゾート地を離れば、もしくは首都ホーチミンで見るクルマは、トヨタのIMV、ホンダのシビック、三菱版IMV、マツダ3とマツダ6、KIAのBセグハッチ、Cセグハッチ、Dセグセダン、フォードレンジャーピックアップ、スズキキャリィトラックだった。


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