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「本の福袋」その14 『ビッグデータの衝撃』 2012年8月

 情報処理の世界では次々と新しいバズワード(buzzword)が生まれては消えていく。バズワードとは、専門的な匂いのする言葉で、その多くはコンセンサスのとれた定義がなく、また実態もはっきりしないため、その言葉の旬が終わると徐々に人々の意識から消えてしまう流行語である。たとえば、「ユビキタス」や「Web2.0」は典型的なバズワードであった。
 専門家は、バズワードに多少の胡散臭さを感じながら使っていることが多いが、似非専門家は、もっともらしく聞こえるバズワードを多用して素人を煙に巻く。ただし、バズワードには、日本ではネガティブなイメージがあるが、英語のbuzzwordにはそれほどネガティブなニュアンスはない。
 ちなみに、人によってはクラウド・コンピューティング(あるいはクラウド)をバズワードだという人がいるが、クラウドには実態があり、情報処理のパラダイムを変える大きな潮流なので、たぶんまっとうな専門用語に分類した方がよいように思う。
 
 バズワードなのか、あるいは実態のある(定義のしっかりした)専門用語なのか分からない用語も少なくない。もちろん、時間が経てば自ずとバズワードなのかまっとうな専門用語なのかがはっきりしてくるのだが、流行している時点では判別が難しいことがある。
 たとえば、昨年から今年にかけて目にすることも耳にすることも増えた「ビッグデータ」もそんな言葉の一つだろう。
 正直に言うと「ビッグデータ」はバズワードであり、近い将来、人々の意識から消えてしまう可能性が高いと思っていた。しかし、最近少し考え方が変わった。先月、城田真琴氏の『ビッグデータの衝撃』を読んだからである。
 「ビッグデータ」は、どうも企業経営にとって重要で実態のあるトレンドのようだ。もしかすると「ビッグデータ」という言葉は徐々に使われなくなるかもしれないが、少なくともその実態は残るだろう。そう思うようになった。
 
 まず城田真琴氏は、「ビッグデータ」の特性を「V」で始まる3つのキーワードで説明する。Volume(量)、Variety(多様性)、Velocity(速度)である。
 Volumeとはデータの量であり、その量はITの進歩によって変化するが、現状では数十TB(テラバイト)から数PT(ペタバイト)とされている。
Varietyは、データの種類である。従来データベースに蓄積されてきたデータとは異なる多種多様なデータが情報処理の対象になっている。ソーシャルメディア内のテキストデータ、各種センサーが発信する各種の数値データ、監視カメラによるデジタル画像データなどである。これらのデータは構造化することが困難なものが多い。
 Velocityとは速度である。データの生み出される速度、更新される速度を意味する。つまりビッグデータと呼ばれるものは、蓄積されている量だけでなく、日々(あるいは分単位、秒単位で)発生する量が大きい。たとえば、Twitterが処理しているデータ量は毎日7TB以上だと言われているので、毎秒にすると85MB(メガバイト)以上ということになる。
 
 城田氏は、こうした特徴をもつビッグデータを経営に活用する事例をいくつも紹介し、事例を通してビッグデータの実態を分かりやすく説明する。そして、活用方法を幾つかのパターンに分類する。また、ビッグデータを活用する上で避けられないプライバシー問題を取り上げ、国内外の規制やガイドラインについて説明している。もちろん、ビッグデータを処理、分析するためのツールや技術の動向についても解説がある。つまり、ビッグデータという大きな流れを様々な方向から眺め、分析し、その未来を描いているのが、この『ビッグデータの衝撃』である。
 
 「ビッグデータ」をビジネスに活用したいと考えている人や「ビッグデータ」の全容を知りたい人はもちろん、「ビッグデータ」という言葉に胡散臭さを感じている人にとっても、この本は最良の本だろう。
 
 
 【今回取り上げた本】
城田真琴『ビッグデータの衝撃 巨大なデータが戦略を決める』東洋経済新報社、2012年7月、本体1800円+税
 

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