NY駐在員報告 「米国のインターネットビジネス(その2)」 1996年11月
先月に引き続き、米国のインターネットビジネスの現状を報告しよう。
AOLの一人勝ち?
米国のパソコン通信(「オンライン・サービス・プロバイダー」、「商用BBS」とも呼ばれる)の現状については1年半ほど前に報告したが、インターネットの普及によって、その様相はかなり変化してきている。
まず第1に、89年にサービスを開始して以来、脅威的なスピードでユーザを増やしてきたAOL(アメリカ・オンライン)が、CompuServeを追い抜いて世界最大のパソコン通信になった。96年9月末のAOLの推定ユーザ数は約650万人で、第2位のCompuServe(推定ユーザ数300万人)を大きく引き離している。第3位は95年8月にWindows 95の発売と同時にサービスを開始したMSN(マイクロソフト・ネットワーク)で、推定ユーザ数は160万人である。1年半前に第3位だったProdigyは、業績、ユーザ数ともに低迷したまま、96年5月にIBM社とシアーズ社の手を離れた。もっと悲惨な運命を辿ったのがアップル社のeWorldに違いない。アップル社のリストラの一環として、eWorldは96年3月末をもってサービスを終了し、約15万人のユーザは難民となってAOLなどに移住を強いられた。
AOLを除いて、これらのパソコン通信の収益は芳しくない。AOLは96年度第2四半期(期末は95年12月31日)から3四半期連続で黒字となっている。この結果96年度(95年7月〜96年6月)は3000万ドルの純益を計上し、売上げは前年比177.4%増の10億9400万ドルであった(AOLの96年7-9月期決算は▲3億5300万ドルの赤字となったが、これは3億8000万ドルの特別損出を計上したためである)。
一方、CompuServeの決算は赤字が続いている。96-97年度第1四半期(期末は7月31日)の売上げは、前年同期比で12%増の2億860万ドルとなったが、損益は▲1710万ドルの赤字となっている。11月第3週に第2四半期の決算が公表される予定になっているが、さらに赤字幅は拡大するものとみられている。MSNの収益状況は不明であるが、マイクロソフト社がMSNの立ち上げのために1億ドルの宣伝費をつぎ込み、3年間は利益を期待していないと公言しているので、現状が赤字であることは間違いない。Prodigyは、10年近く投資を続けてきたIBM社とシアーズ社があきらめて手放したくらいだから、これも間違いなく赤字である。
さて、第2の変化は、脱退者の増加である。例えばCompuServeは、96年8〜9月に35万人の新規加入者を獲得しながら、脱退者がこれを上回り、ユーザ数を4万4000人減らしている。Prodigyも95年以降、新規加入者を脱退者が上回り、ユーザ数を減らしている。ユーザ数を順調に伸ばしているのはAOLと新規参入のMSNであるが、AOLもこのところユーザの増加ペースが落ちてきていると言われている。
第3の変化は、インターネット化である。まず、CompuServeが96年5月21日に、すべての情報サービスをWeb上に移行すると発表した(移行が完了するのは96年末の予定)。そして10月10日にはマイクロソフト社が、MSN上で提供してきたサービスを11月初旬にインターネット上に移行すると発表。10月16日には、Prodigyが復活をかけて、インターネットベースの「Prodigy Internet」のサービスを開始した。かくして大手ではAOLだけがパソコン通信の世界に残されてしまった。
そして第4は、フラットレートの採用である。マイクロソフト社は10月10日、MSNサービスのインターネットへの移行を発表すると同時に、利用時間無制限で月額19.95ドルというフラットレートの採用を発表した。これは大手の電話会社によるインターネット・アクセス・サービスの料金と同じである。ProdigyもProdigy Internetの発表と同時にフラットレートの採用を発表し、AOLも、10月29日にフラットレートの採用を発表した。AOLは、2年間分を一括払いするなら、1カ月当たりの料金を14.95ドルにするというオプションも用意している。
もちろん、フラットレート以外のオプションを選ぶことができる。従来と同じように、料金は使用頻度に応じてオプションがある。たとえば、AOLの場合、月3時間までの利用を含む基本料金が4.95ドル、3時間を超える1時間に付き2.5ドルという選択肢もある。またProdigy Internetの場合は、月10時間までの利用を含む基本料金が9.95ドル、10時間を超える1時間に付き2.5ドルというオプションも用意されている。このフラットレートの採用は、明らかに既存のISPとの競争を意識して行われたものである。
サンフランシスコの調査会社オディセイ社が9月に公表したレポートによれば、米国における家庭のパソコン保有率は36%、インターネットを利用している家庭は全体の14%であり、インターネットを利用している米国の家庭のうち、ISP経由での利用世帯が48%、パソコン通信経由が35%である。6カ月前の調査では、この比率は逆で、ISP経由が30%で、パソコン通信経由が54%であった。AOL以外の大手パソコン通信が、コンテンツをWeb上に移し、ユーザにはインターネット・アクセス・サービスを提供するようになることを考えると、ISP経由の比率は大幅に増えることになる。
パソコン通信がインターネット化していく流れを専門家は当然だと受けとめている。5月のCompuServeの発表の際、ヤンキーグループ社のGregory Westerは、AOL以外はインターネット化するだろうと予言していた。また、フォレスターリサーチ社のMary Modahlは、AOLと言えども最後にはインターネットの前に両手をあげることになるだろうと述べている。パソコン通信の世界は、AOLの一人勝ちというより、AOLだけが取り残された状況にある。AOLは何を売り物にしてユーザを獲得していくのだろうか。余談だが、かたくなに独自システムを守っているAOLは、自らのサービスを"The World's Most Popular Internet Online Service"と呼んでいる。
赤字、赤字、赤字
では、ISPの大手企業はどうだろう。ユーザ数では最大ISPであるNETCOMオンライン・コミュニケーション・サービシズ社は1988年に設立され、現在、世界の330以上の都市にアクセスポイントを持ち、主要都市間を最新型のATM交換機とT-3回線(45Mbps)で接続している。専用線接続している企業ユーザも2000社以上抱えているが、ダイアルアップ接続の個人ユーザが多いのが特徴である。NETCOM社は96年10月、9月末のユーザ数は562,000に達したと発表した。ちょうど1年前のユーザ数が232,800なので、この1年間で141%もユーザが増えたことになる。さらにその1年前は41,500なので、2年間でユーザ数は13.5倍になったことになる。しかし、このユーザ数の順調な伸びとは逆に、決算は思わしくない。10月23日に発表された第3四半期(7-9月期)の結果は▲1360万ドルの赤字で、この3四半期の赤字の合計は▲3280万ドルに達している。ちなみに第3四半期の売上高は、前年同期比117.6%増の3200万ドルである。
世界中に350以上のアクセスポイントを持ち、9月末時点で15,062の企業ユーザと182,614の個人ユーザを抱えるPSINet社も赤字が続いている。10月23日に発表された7-9月期の決算は、売上高は前年同期の約2.5倍の2720万ドルと好調だが、損益は▲1250万ドルの赤字である。4-6月期の赤字が▲1090万ドル、1-3月期が▲1490万ドルの赤字なので、この3四半期の赤字合計は▲3830万ドルということになり、状況はNETCOM社と同様である。ただ、同社の資料によれば、アクセスポイント当たりの売上げ、従業員一人当たりの売上げは確実に増加している。
主として企業ユーザを対象にISP事業を展開しているUUNETテクノロジー社は、比較的順調である。96年1-3月期の売上高は4300万ドル(前年同期比186%増)、純益は23.3万ドル(前年同期は▲26.3万ドルの赤字)、4-6月期は売上高が5700万ドル(同185%増)、純益が106.7万ドル(前年同期は▲185.4万ドルの赤字)、7-9月期は売上高が7170万ドル(同180%増)である。なお、UUNET社はMFSコミュニケーションズ社に買収されたため(買収の発表は96年4月30日、買収の完了は8月12日)、7-9月期の決算はMFS社として公表されているため、7-9月期の純益は不明である(なお、MFS社は電話会社であるワールドコム社に買収されることが8月に発表されている)。
米国のISP市場規模は現在、20億ドル程度とみられているが、フォレスト・リサーチ社は、2000年までに300億ドルに達すると予測している。
階層のない時代
かつてインターネットが主として研究者のためのネットワークであった頃は、米国内のインターネットは3層構造で説明できた。つまり、第1層は大学や研究所、企業のネットワーク(LAN)、第2層はNYSERNet (New York State Education and Research Network) やNEARNET (New England Academic & Research Network) のような地域ネットワーク(中間層ネットワーク)、そして第3層が全米をカバーするNSFNETのようなバックボーンネットワークである。しかし、商用インターネットサービスが発展し始めた90年代初めからこの構図は崩れ始め、95年4月末に従来のNSFNETが消滅して、階層のない新しい時代に入ったと考えてよいだろう。
現在、米国を横断するバックボーンネットワークを持つ主なISPは、AGIS、Alternet(UUNET社)、ANS、CERFnet、Digex、Global Network(IBM社)、Internet MCI、PSINet、SprintLink、WorldNet (AT&T社)などである。これらの大手ISPは、当初から全米でサービスを行っているものあるが、当初は地域ネットだったものが、ネットワークを拡張し、バックボーンを持つようになったISPもある。たとえば、CERFnetは、当初サンディエゴのスーパーコンピュータセンターを中心とする地域ネットだったし、Digexは最近まで、ワシントンDC周辺をカバーする地域ネットであった。
企業、個人のユーザは、アクセスポイントの場所、サービスの内容、料金制度などを考慮してISPを選んでおり、大手ISPを利用しているものもあれば、サービス地域の狭い中小のISPを選んでいる場合もある。一方、大手のISPの中には、中小のISPのトラフィックを運んでいるものもあり、これをNSP (Network Service Provider) と呼ぶこともある。統計はないが、Internet MCIとSprintLinkをNSPとして利用しているISPが多いようである。バックボーンネットワークは、つい最近までT-1(あるいはDS-1)と呼ばれる1.544Mbpsの回線やT-3(あるいはDS-3、44.736Mbps)で構成されていたが、最近では細くてもT-3、一部の主要都市間はOC-3(155.52Mbps)の回線が採用されており、間もなくOC-12(622.08Mbps)が一般的になるとみられている。
こうしたバックボーンを運営する大手ISPやNSPは、NAP (Network Access Point)、MAE (Metropolitan Area Exchange) などのいくつかのポイントで相互接続し、膨大な情報を交換している。NAPは、連邦政府の一機関であるNSFのサポートを受けているIX (Internet eXchange) で、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントンDC、ニューヨークの4カ所に設けられている。運営は民間企業にまかされており、サンフランシスコはパシフィック・ベル社、シカゴはベル・アトランティック社、ワシントンDCはMFS社、ニューヨークはスプリント社である。
MAEはMFS社によって運営されているIXで、現在、サンフランシスコ(MAE-West)、ワシントンDC近郊(MAE-East)、ロス・アンゼルス(MAE-LA)、シカゴ(MAE-Chicago)、ダラス(MAE-Dallas)、ヒューストン(MAE-Houston)、ニューヨーク(MAE-NY)がある。このうちワシントンDC近郊のものは、NAPを兼ねている。
このほか、91年3月に設立されたCIX (Commercial Internet eXchange) も健在であるし、連邦政府がサポートするネットワーク(国防総省のMILNET、エネルギー省のESNETなど)と商用ネットワーク、海外のネットワークとの接続のためにつくられたFIX-W (Federal Internet eXchange-West) 、FIX-EもIXとして機能している。
二軍からの復活
では、次にユーザ側の回線をみてみよう。ある程度以上の規模の企業は専用線を利用している。T-1回線(1.544Mbps)を利用している企業も珍しくない。T-1の利用料金は、どの電話会社、ISPを選ぶかによって異なるが、安いところを選べば月に2000ドルあれば十分である。
一方、米国の家庭ユーザ、個人ユーザのほとんどは電話回線を利用してインターネットにアクセスしている。多くの電話会社は、ローカル電話は利用時間に応じた課金ではなく、単に回数で課金している。例えば、ニューヨークとニューイングランド6州をカバーしているナイネックス社の場合、1カ月の基本料金が10ドル10セントで、ローカル電話は1回10.6セントである。アクセスポイントが近くにあれば、毎日2回インターネットにアクセスしても電話料金は20ドルでおつりがくる。ISPの料金の相場は、時間無制限で19.95ドルなので、電話料金と合わせて40ドルもあれば十分である。個人ユーザにとっての問題は、料金ではなく回線の太さである。電話回線利用の場合、通信速度はモデムの性能で決まる。
95年のモデムの出荷数は4450万台で、28.8kbps以上の能力を持つものが9%、14.4kbpsが45.6%、9.6kbpsが6.3%、それ以下のものが39.1%となっている。思ったより低速なものが多いが、これは低価格のパソコンにバンドルされて出荷されたものを含んでいるに違いない。最近ではエントリーレベルのパソコンでも、14.4kbps以上のモデムがバンドルされるようになってきた。しかし、実際にインターネットを利用するようになると、これでも不十分だと感じるようになる。
おそらく2年前なら一般的なユーザは、14.4kbpsのモデムでも満足できたかもしれないが、グラフィックを多用したWebサイトを渡り歩き、インターネット・ラジオ局の番組を聞いたり、動画をダウンロードしたり、時には友人とInternetPhoneでおしゃべりをしようと思えば、28.8kbpsのモデムではとても実用にならない。ユーザはもっと高速なアクセスを夢見ている。
そこで、登場するのがADSL (Asymmetric Digital Subscriber Line) モデムである。ADSL技術はRBOCs(地域ベル電話会社)が共同で保有していたベルコア研究所で開発された。当初の狙いは、家庭に引き込まれている電話線を利用してインタラクティブTVを実現することにあった。MPEG1で圧縮されたTVプログラムは1.5Mbps以上の回線があれば送ることができる。87年に始まった研究の成果がADSLであり、通信速度は下りが6.14Mbps、上りが640kbpsを達成した。下りの速度は28.8kbpsのモデムの200倍以上である。ベル・アトランティック社は、この技術に注目し、93年の4月にワシントンDC郊外でADSLを用いたインタラクティブTVの実験を行った。しかし、結果は同社の期待を裏切った。約4分の1の家庭では利用できても、4分の3の家庭では使いものにならなかったのである。原因は技術的なもので、実験に用いたADSLモデムでは、電話線が長くなるとバンド幅が確保できないことが分かったのである。この時点でADSLは二軍に落とされることになった。
ところが、最近になってまたADSLが一軍に復帰してきた。言うまでもなく、インターネットにアクセスする技術として、である。ADSL技術を用いれば、最高、下りは9Mbps、上りは800kbpsまでの通信速度を実現できるが、交換局から家庭(あるいは企業)までの距離が長い場合には通信速度を抑えないと実用にならない。到達距離と通信速度はトレードオフの関係にある。インタラクティブTVの場合と異なり、インターネットへの接続は、下りが1.5Mbps、上りが64kbps程度もあれば十分である。6Mbpsを確保しようとしたベル・アトランティック社の実験より、かなり到達距離を延ばせる。つまり、ADSL復活の理由は、(ADSLが二軍にいる間に力をつけた(技術が向上した)ということもあるが)技術に見合うニーズを見つけることができたからなのである。
ADSLの抱える問題
最初にADSLを用いたデータ通信実験を始めたのは、独立系の電話会社GTE社である。96年2月にテキサス州アービングで実験を開始した。これに追随するように、ベル系の地域電話会社も一斉にトライアルを開始した。US ウェスト社は4月からコロラド州ボールダーで、ナイネックス社はロータス社と共同で8月からニューヨーク州ホワイトプレーンズで、パシフィック・テレシス社は8月からシリコンバレーで、アメリテック社はIBM社と共同で9月からシカゴで実験を開始している。
現在、ADSLモデムは、AG Communication Systems 社、Alcatel Bell 社、Aware社、Orckit Communications 社、Paradyne 社、Westell社などが製造しているが、技術的に2つの派閥があり、確執している。ANSI (American National Standards Institute) は、96年初めに、DMT (Discrete Multitone Technology) に基づく方式のADSLを標準として採用したのだが、いくつかの電話会社、Westell社などの有力メーカーはCAP (Carrierless Amplitude and Phase modulation) 方式を標準として認めるよう活動している。ちなみに、このWestell社もUUNET社と共同で、6月からトロントで実験を行っている。
通常の電話回線を利用して、下りが1.5Mbps、上りが64kbps程度の通信ができるというのは、インターネット・サーファーにとっては夢のような話である。世の中、そんなに甘い話があるわけがないと思う人も少なくないだろう。確かにその通り。ADSLの利用にはいくつかの問題がある。
まず、既に述べたように、通信速度と到達距離はトレードオフの関係にある。交換局からユーザのADSLモデムが近ければ、下りで数Mbpsの速度を実現することも可能だが、実態を考えると1.5Mbps程度が現実的だと考えられている。現在電話会社などが行っている実験は、まさにこの点、交換局からどのくらい離れると通信が不可能になるのかを調べようとしているのである。
第2の問題はADSLモデムの規格戦争がいつ終結するかである。ANSIはDMT方式を標準として採用したが、どうもCAP方式の方が優勢になりつつある。有力メーカーの一つであるWestell社は両方のタイプのADSLモデムを製造しているが、CAP方式に軍配があがるとみている。ちなみに現在、トライアルに用いられているADSLモデムの90%はCAP方式で、その台数は世界中で2万4000に達しているといわれている。
第3の問題は、ユーザ側にADSLモデムが必要なのと同様、交換局側にもそれなりの装置が必要なことである。現在の電話交換機はADSLのような高速データ通信をサポートするようには設計されていないのである。したがって、ユーザのリクエストに応じて、回線毎に局側の接続を変更していくことになる。
そして最大の問題は、どの電話会社も小規模な実験は行っているが、一般へのサービスはもちろん、大規模なトライアルも行っていないことである。
もちろん、少し長い目でみれば、これらの問題はそう重大ではない。電話加入者線の距離と通信速度の適切なバランスは見つかるだろうし、規格戦争も1〜2年程度で決着するだろう。第3の問題も考えようによっては大変なメリットかもしれない。FTTH (Fiber To The Home) のように、新規に光ファイバーを局から家庭まで敷設するような大規模な投資は不要で、ニーズのあるところから文字どおり一本づつ変更していけるからである。そしておそらく、97年には大規模な実験が行われ、99年までには一般に普及することになるに違いない。ADSLモデム用のチップを作成しているAnalog Devices 社のRupert Baynesは、98年までに150万回線がADSL回線になるだろうと予測している。いささか楽観的な予測ではあるが、CATV会社と高速なインターネットアクセスを競う電話会社にとって、ADSLが強力な武器になることは間違いないだろう。
当面の選択肢
ADSLが利用できるようになるまでに2年程度の時間があるなら、その間はどうすればよいのだろうか。現実的な解はISDNかもしれない。ここで言うISDNはマルチメディアブームの時に話題になったB-ISDN(広帯域ISDN)ではなく、N-ISDN(狭帯域ISDN)で、日本ではINS64とかINS1500と呼ばれているものである。基本インターフェースで最高128kbpsのデータ通信が可能である。
しかし、ISDNを利用したインターネットアクセスは、日本ほど普及していない。原因は電話会社のISDNの整備自身が遅れていることと、ISDNによるアクセスをサポートしていないISPが多く、サポートしているISPでも地域が限定されていることにある。例えば、CompuServeのインターネット部門であるSpryNetは、11都市でしかISDNアクセスサービスを行っていない。全米で最大のユーザ数をもつNETCOM社は、サンフランシスコとロス・アンゼルスでしかサービスを行っていない。AT&T社のWorldNetの場合、ISDNをサポートしているアクセス・ポイントは1カ所もない。不思議なことに、大手のISPより中小のISPの方が、ISDNに熱心である。
ISDNが利用できるかどうかは、地域によっても異なる。電話会社がISDNサービスを提供していない地域もたくさん残されている。ISPの状況も地域によって異なる。4100以上のISPの情報を収録している「The List」(http://thelist.iworld.com/)には、マンハッタンにアクセスポイントを持つISPが約120登録されており、このうち半数はISDNアクセスをサポートしている。ところが、ワイオミング州にアクセスポイントをもつ15のISPのうちISDNをサポートしているのは3つである。
電話会社に支払う回線料金も地域によって異なる。ニューヨーク市の場合、ナイネックス社は初期費用が234ドル、毎月の料金が24ドルでISDNをサービスしているが、アリゾナ州でUSウェスト社に頼むと、初期費用は68ドルと安いが、毎月の基本料として140ドル、利用時間1分につき24セントを徴収される。この他にISPにアクセス料を払わなければならない。ニューヨークの相場は、月額で64kbpsの場合で39.95ドル〜75ドル、128kbpsで69.95〜100ドル、専用線代わりにISDN回線を利用する場合は250〜500ドルである。
こうした状況で、最近注目を浴びているのが56kbpsモデムである。現在利用されているモデムの最高速度は33.6kbpsであるが、9月10日にロックウェル・インターナショナル社が、56kbpsの通信が可能なモデム技術を発表し、10月16日にUSロボティック社が同様の技術を発表した(USロボティック社は9月に電気通信の標準開発を行っているITU-Tに仕様を提出している)。現在までに、この2社を含めて、5社が56kbpsモデム技術の開発あるいは製品化について発表している。ISPなどのプロバイダーの反応も早く、AOL、CompuServe、Prodigy、IBM Global Networkなど30社以上のプロバイダーは、USロボティック社のx2と呼ばれる技術をサポートすることを表明しており、多くの会社は11月以降テストを開始する予定である。もちろん、ロックウェル社も負けていない。11月5日に、300以上のISPと100以上のモデムメーカーのサポートをとりつけたと発表している。
この56kbpsモデムは従来のモデムと同様に、通常の電話回線に接続するだけで利用できる。ISPの接続料は多少高くなる可能性はあるが、電話会社に別料金を支払う必要はない。ユーザにとってはモデムを買い換えるだけでよい。問題は、やはり標準化にある。ロックウェル社は、56kbpsモデムの標準化のための会合を関係者に呼びかけている。
標準化には多少の時間はかかるかもしれないが、モデムを買い換えるだけという手軽さは非常に魅力的である。ジュピター・コミュニケーションズ社は、10月に発表した報告書の中で家庭のインターネットアクセス手段に占める56kbpsモデムの割合は、98年には50%に達し、2000年には65%を超えると予測している。ADSLとの競争が楽しみである。
インターネット上のビジネス
では次にインターネット上のビジネスをみてみよう。4カ月前のレポートでインターネットの商用利用について書いたばかりなので、ここでは現在の市場規模とその予測を中心に取り上げる。
まず、インターネットを利用してショッピングやオンライン・バンキングを行っているユーザの数については、Computer Intelligence Infocorp社とNielsen Media Research社が推計値を発表している。前者が270万人で、後者が250万人である。
実際によく売れている商品の典型はCD(コンパクト・ディスク)で、Nielsen Media Research社によれば、CDなど音楽関係のサイバーショップは350サイト以上あり、そのうち上位5サイトは、毎日2万5000枚以上のCDが売れているという。
サイバーショップの市場規模については、Active Media社は96年が4億3600万ドル、98年には460億ドルに達すると予測している。この数字はあまりにも大きくて信じられない人には、Forrester Research社の数字の方が受け入れやすいかもしれない。同社は、96年の市場規模を5億1800万ドル、2000年の市場規模を66億ドルと予測している。これに比べるとHambrecht & Quist (H&Q) 社は、現状を少し低めに、将来を高めにみている。96年5月のレポートでは、95年の市場規模を5000万ドル、2001年は100億ドルと予測している。
次に、最近特に注目を集めているインターネット上の広告市場の規模をみてみよう。これについても多くの調査会社が様々な推計値・予測値を発表している。まず、Alex Brown Research社/McCann-Erickson Advertising社は、96年の市場規模を1.5億ドル〜2億ドルと推計し、2000年には20億ドル規模になると予測している。Forrester Research社は、96年の市場は7400万ドル、2000年には26億ドルに達すると予測。Simba Information社は、96年が1.1億ドル、2000年を18.6億ドルとみている。
そして最も楽観的な見通しを立てているのがJupiter Communications 社で、96年の市場規模を3億1200万ドルと推計し、2000年には50億ドル規模になると予測している。同社の調査によれば、96年上半期(1-6月)のWeb上の広告収入は7170万ドル、第2四半期の対前期比伸び率は83%で、この伸び率が続けば、96年は3億ドルを超える可能性がある。同社によれば、約600程度のWebサイトが広告枠を設けているが、このうち上位10サイトが広告収入の3分の2を占めている。第2四半期の売上げをみると、50のサイトが10万ドル以上の収入を得ており、このうち12のサイトは100万ドル以上となっている。トップはネットスケープ社のサイトで776万ドル、第2位はインフォシーク社で379万ドル、第3位はYahoo社で370万ドルとなっている。ちなみに、最大の広告主はマイクロソフト社で第2四半期だけで201万ドルのWeb広告費用を使っている。
インターネット上の広告は、ホームページ上に会社名や製品名の入った小さなグラフィックス(バナーと呼ばれている)を置く方式が一般的であるが、最近はさまざま方法が試みられている。
例えば、インターネット上でニュース提供を行っているPoint Cast社は、利用料が不要のニュース配信システムを運営しているが、同社専用のアプリケーションを立ちあげると、自動的に分刻みでニュースや情報がインターネットから取り込まれ、画面に表示される。広告はこの中に含まれており、動画を含む広告情報がユーザのパソコン画面に直接表示される仕組みになっている。同社は96年9月、このシステムにおける96年第4四半期の広告出稿申し込みが30社近くになったと発表している。主な広告主は、GM社、HP社、ウェルズ・ファーゴ社、ユナイティド・エアライン社などである。
また、Juno Online Servicesは96年4月22日、無料の電子メールサービスの提供を正式に始めたが、このサービスも広告によって支えられている。ユーザは無料で電子メールの送受信ができる代わりに、趣味や読書習慣、大きな買い物の予定などの個人的な情報の提供を義務づけられているのだが、この他に、画面の一部に約30秒毎に変わる広告が表示され、この広告をクリックするとさらに詳細な情報が表示される仕組みが組み込まれているのである。広告料は顧客1000人当たり50〜70ドルと言われており、Junoのユーザを10万人と仮定すると、広告1件当たり5000〜7000ドルという計算になる。
最後に
インターネットは引き続き成長している。1年間でおよそ2倍になるという驚異的なスピードは変わっていない。インターネットの利用技術も次々と新しいものが開発され、インターネット経由の長距離電話やFAXサービスが新ビジネスとして誕生した。インタラクティブTVの夢が遠のいたCATV会社も、CATV用のケーブルをインターネット・アクセスに利用するサービスを本格的に提供し始めた。電話会社も競ってISP市場に参入している。大手パソコン通信も、AOLを除いて、すべてがインターネット化しつつある。古くからのISPの多くは赤字であるが、利用料金を引き上げることもなく、顧客を増やし、ビジネスを広げている。ISPの健全な成長のためには、従量制の料金導入が望ましいと言われているが、現状の厳しい競争を考えると、フラットレートの料金は当面変わらないだろう。インターネットのマルチメディア化が進展するにつれ、個人ユーザはより太いパイプを求めているが、ADSLや56kbpsモデムがこのニーズに応えてくれるにちがいない。トラフィックが集中するバックボーン・ネットワークの崩壊が心配されているが、大手のISPは主要都市間の回線を45Mbpsから155Mbpsに、155Mbpsから622Mbpsに増強しつつある(ISPの赤字の一因は、増大し続けるユーザとトラフィックに対応するために、投資を続けていることにある)。インターネット上のビジネスもマクロ的にみれば、確実に拡大している。調査会社の市場見通しは、あまりにも楽観的だと思うかもしれないが、4年後には驚くべき数字でなくなっているかもしれない。日本におけるインターネットに接続されているホストコンピュータ数は、92年7月時点でわずか1.6万台であったが、4年後の96年7月には約50万台になっているのだから。もし可能なら、是非2000年にこのレポートをもう一度とりだしていただければと思う。