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米国におけるデータセンターの最新動向 (『TIS システムナビゲーター』2001 vol.8、2001年8月)

データセンターとは何か

 どうも日本ではあまり知られていないようだが、企業のインターネット向けのウェブサイトは、必ずしもその企業の本社や事業所の所在地にあるわけではない。特にECビジネス系のサイトは、まず社内にはない。例えばYahoo!のサーバはYahoo!の社内にあるのではなく、Exodus Communicationsのインターネット・データセンターに置かれている。価格比較サイトのmySimonや鉄鋼関係のeマーケットプレースであるeSteelのサーバも、インターネット広告ビジネスのDouble Clickや検索エンジン系ポータルのExciteもExodusのデータセンターを利用している。ECビジネス系でなくとも、インターネットに接続するウェブサイトについてはデータセンターを利用している企業は多い。中には、複数のデータセンターを利用している企業もあるという。その理由は、最後まで読んでいただければご理解いただけると思う。

 日本ではインターネット・データセンター、あるいはIDCと呼ばれることが多いが、米国では単にデータセンターと呼ばれることが多い。インターネットに接続されているのは当然のことだと考えられているからなのだろう。

 データセンターは大きく二つのタイプに分類できる。それは顧客に場所だけを貸してサーバは顧客が持ち込む「ハウジング・サービス型」と、データセンターがサーバも準備するという「ホスティング・サービス型」である。もちろんソフトウェアに着目してアプリケーション・ソフトを顧客が自分で持ち込むのかどうかによっても分類できるが、ここではアプリケーション・ソフトをセンターが提供するサービスは、付加的なサービスとして考えることにしよう。この「アプリケーション・ホスティング」とも呼ばれるサービスは、データセンター自身が提供することもあるが、データセンターと提携したASP (Application Service Provider) が提供する場合もある。

 つまり、誤解を恐れずに平たく言えば、データセンターとは顧客のインターネット用のサーバを預かるか、顧客にサーバを貸すというビジネスである。

データセンターの条件

 とは言え、インターネットに接続するための回線を引き、サーバを置く場所を準備したからと言って、それでデータセンターになるわけではない。データセンターは、インターネット用のサーバのために「安定的かつ安全な運用環境」を提供しなければならない。必要な条件を列記すると次のようになる。

(1) 地震や火災などの災害への対策
 災害に備えて二重化電源や自家電源装置、サーバに被害を与えないタイプの消火設備が必要である。最近、カリフォルニアでは電力事業自由化の失敗のために何度も電力の供給停止があったが、その間もサービスを停止させてはいけない。当然のことながら、温度管理も重要である。最近のサーバは小型になり、一つのラックに数十台の機器を積み重ねて収容する。消費電力量も発熱量も通常のオフィスとは比べものにならない。温度センサーを設置し、サーバが過熱して停止しないように温度管理しなければいけない。データセンターによっては、熱がこもらないように冷気を床から吹き上げるようにしているセンターもある。ついでながら、サーバ類をぎっしり納めたラックはかなりの重量になる。面積当たりの重量はオフィス家具と同じには考えられない。最近のデータセンターのビルの床荷重は、1平米当たり500kgから1tと言われている。

(2) 不正アクセス対策
 ネットワークからの侵入はもちろん、実際に建物に侵入を試みるクラッカーの存在を想定して、建物やサーバ室への人の出入りを管理できる仕組みが必要である。ビルの入退出管理はもちろんのこと、廊下やサーバ室、電源室などの出入り口などのポイントには監視カメラやセンサーが設置されており、一般的に24時間、人による監視が行われる。重要なサーバは金網を張ったケージの中に設置されることも多い。

(3) インターネットへの太い回線
 インターネット用のサーバを収容するのだから、顧客が満足できるコネクティビティが提供できなければ商売にならない。人気のあるサイトを抱えるデータセンターは、殺到するアクセスに対応できるようにインターネットに直結する極めて太い回線を備えている。信頼性をどこまで高めるかは経営判断であるが、インターネットにつながる光ファイバーは複数本、それも別々の通信事業者の回線に接続することが望まれる。米国では既にOC-12(622Mbps)、OC-48(2.5Gbps)の回線が複数本利用されているという。データセンターが利用するバックボーン回線は通常、ISPがトラフィックを交換しているNAPやMAEと呼ばれるIX(Internet eXchange、相互接続ポイント)に接続されることが多かったが、最近は、IXにおけるトラフィックの影響を避けるために、いくつかの有力プロバイダーとピアリング(直接相互接続)するデータセンターが増えている。

利用企業のメリット

 データセンターを利用する企業のメリットはどこにあるのだろう。従来から情報システムの運用を外部に委託することはアウトソーシングとして行われてきた。その方が企業にとってシステムの運営コストを低く押さえることができるからである。データセンターを利用するメリットも基本的にはそこにある。

 社内のネットワークはインターネットに接続しているのだから、社内にサーバを置けば、インターネットで情報発信ができると思うかもしれない。しかし、24時間365日安定的に運用するコストは思ったより高くつく。特に不正アクセスへの対策を怠ると、ウェブが改竄されたり、データを盗まれたりして、企業の信用を損なうことになる。不正アクセス対策として、ファイアウォールや侵入検知システムを適切に設置するだけでなく、日々発見されるセキュリティホールへの対策を行う必要がある。また、インターネット上のサーバには24時間365日、稼働状況を監視するような体制も求められる。万が一、不正アクセス事件が起きた時には迅速に対処できなくてはならない。そんな体制を自前で整えるよりは、プロに任せた方がずっと合理的である。そもそも、日本の場合には高度なネットワークセキュリティ技術者の数は少ない。そんなプロフェッショナルを常時待機させておくのは不効率であるし、そもそも雇用できる企業は少ないだろう。

 2000年2月に米国でいくつかの有名なECサイトが分散型サービス不能攻撃(DDoS : Distributed Denial of Service)を受けるという事件が発生したが、この時に標的の一つになったeBayのサイトはデータセンターにあった。数時間サービスを停止せざるを得なかったが、その後すぐにサービスを再開した。DDoSは防御が困難な攻撃手段なので、攻撃を受けたという事実は、データセンターのセキュリティレベルが低かったということを意味しない。eBayが攻撃されていた間も(膨大なトラフィックがeBayのサイトに集中していたにもかかわらず)同じデータセンターに設置されていた他社のウェブサイトが正常に動いていたことや、数時間で復旧させた事実が、むしろデータセンターの安全性を証明したと言われている。

 さらに、ECサイトの場合、特定の時期にアクセスが集中することがある。例えばバレンタインデーや母の日が近くなると、花やギフトをネットで販売している1-800-Flowers.comへのアクセスは通常の期間の数倍になる。こうした場合、データセンターを利用していれば、ある一定期間だけウェブサイトの能力と回線を数倍に増強することは比較的容易であるが、自社で管理しているとそうはいかない。

 つまり、インターネットに接続しない業務システムの運用管理のアウトソーシング以上に、インターネットのサーバの運用管理はデータセンター利用のメリットが大きいと言えるだろう。自社管理するよりコストを削減でき、より信頼性、安全性の高い運用が期待できる。さらに短期間でサーバの能力の拡張・縮小が可能で、需要に柔軟に対応できる。こうしたことから、米国ではドットコム企業だけでなく、Sillicom GraphicsやSun Microsystemsのような企業もデータセンターを利用している。

データセンターの過去と現在

 米国でデータセンター事業がスタートしたのは1990年代前半だと言われている。原点は、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)が始めたウェブサイトのホスティング・サービスである。最初に紹介した業界最大手と言われているExodusも最初はISPとして1994年にビジネスをスタートしている。

 当時の利用者は、次々と誕生するドットコム企業である。カレンダーの1年が7年に相当するというドッグイヤーの世界では、極めて短時間で信頼性のあるサイトを立ち上げる必要がある。しかし小さなスタートアップ企業にとっては自前でそうしたサイトの構築と運用管理を行うのは困難である。そこで、企業向けにインターネット接続サービスを提供していたISPが、自社のサーバやサーバ用の施設の一角を、ドットコム企業に貸すというサービスを開始したのである。トラフィックが集中するECサイトを自社内におけば、それに応じた回線が必要になる。しかし、ISPの中におけば、ISPの回線をそのまま利用することができる上に、利用者からみた論理的な距離も近くなるというメリットがある。

 間もなく、インターネットはドットコム企業だけのものではなくなり、ほとんどの企業がインターネットを利用するようになった。最初は、企業の紹介や製品・サービスの紹介であったが、やがてエクストラネットブームがやってきて、企業はe調達やウェブEDI、インターネットEDIなどの企業間取引やサプライ・チェーン・マネジメントなどでインターネットを利用するようになった。つまり企業ウェブサイトが、単なる広告や広報の道具ではなく、基幹業務の中核を担うようになっていったのである。この時点で、ウェブサイトを自社内に置くより、データセンターを利用した方がコストパフォーマンスがよいという認識が一般的になり、多くの企業がデータセンターを利用するようになっていく。これに伴ってデータセンターの需要が1999年頃から急速に増えていくことになった。

 ExodusやBBN(1997年に電話会社のGTEに買収され、現在はGenuity)、UUnetなどのISPによるサイドビジネスのように見られてきたデータセンターサービスは、世紀末が近づくにつれて需要が急増し、魅力的な市場、ビッグビジネスであると見られるようになった。このため、1999年には大手電話会社を中心に新規参入が相次ぐことになる。

 たとえば、AT&Tは1999年に世界中に26カ所のデータセンターを建設する計画を発表した後、2000年4月には、British Telecom(BT)、Concert(AT&TとBTが合計70億ドルを出資して設立したネットワーク・ベンチャー)と共同で世界16カ国に44のデータ・センターを設置するために今後3年間で20億ドルの投資を行うことを発表している。このほか、Cable & Wireless (C&W) や新興通信事業者のQwest、IBMなどが、積極的にデータセンター事業を進めている他、半導体最大手のintelがシリコンバレーに1万台のサーバが収容できる巨大なデータセンターを建設して、この市場に参入している。

サービス・レベル・アグリーメント

 データセンターを利用すれば、24時間365日安定したウェブサイトの運用が可能になると書いてきたが、それを誰が保証してくれるのだろうか。他人に大切なウェブサイトの運用を任せてしまって、本当に大丈夫なのだろうかと不安になるのは当然のことである。

 日本では、あまり一般的ではないのかもしれないが、それを保証する仕組みがサービス・レベル・アグリーメント(SLA)と呼ばれる契約である。SLAはデータセンターに限らず、サービスに関して一定の品質を保証したい(あるいは保証を希望する)場合に利用される。もちろん、SLAを取り交わしたからと言って、その通り運用される100%の保証があるわけではないが、違約時の規定によって契約よりサービスの品質が低下した場合には、データセンターは違約金を支払わなければならない。それを考えれば、SLAがあるのとないのでは大きな違いがある

 データセンターの場合、回線やサーバの停止や性能低下について保証するのが一般的である。大きく分類すると、ネットワークサービスに関するSLAとシステムに関するSLAに分けられる。ネットワークサービスについては、ネットワークの稼働率、遅延時間、パケットロス率などが条件になり、システムのSLAはシステムの稼働率、故障した場合の復旧に要する時間などが条件となる。サーバ機器を預けるハウジング・サービスの場合には、電源供給が24時間365日途切れないことや、空調温度が一定の温度を超えないことを条件にする場合もある。

 またASPからサービスを受ける場合には、ASPとの間でもアプリケーション・サービスのレベルについてSLAを結ぶ場合もある。こうした、SLAをまとめて、データセンターから受けるサービス全体について総合的に(あるいはend to endでサービスを保証する)SLAを結ぶことが、利用者にとって最も望ましいのだが、実際には総合的なSLAを提供するデータセンターは少ないと言われている。

 運用するシステムによって必要なサービス・レベルは異なる。企業の広報用のサイトなら5分、10分停止しても被害は小さいが、オンライン証券取引サービスを提供するサイトなどの金融関係サイトの場合は、莫大な損害が発生するだろう。そのサイトに求められる質を見極めてSLAを結ぶ必要がある。

データセンターの未来

 現在、世界中で20以上のデータセンターを運営しているExodusは1994年にビジネスを開始しているが、その売上げが急速に伸び始めたのは1997年以降である(図1参照)。この頃から米国ではECビジネスは爆発的に拡大し、これに伴いデータセンタービジネスも急速に拡大してきた。この市場の有望性に気付いた既存のIT企業や通信事業者がこの市場に参入してきたことはすでに述べた。

 2000年には数多くのドットコム企業が倒産し、ECビジネスには向かい風が吹いているように報道されているが、米国のEC市場そのものは依然として高い成長率を示している。Jupiter Researchは2001年1月17日に、2000年の11-12月に米国の消費者はネット上で108億ドルの買い物をしており、それは1999年の同時期と比較して54%増だと発表している。また、米国商務省は2001年2月16日、2000年も第4四半期の小売業者によるネット上での売上げは前年同期比67.1%増の86億8600万ドルになったと発表している。
 また、既に述べたように、一般企業によるデータセンター利用も増加している。

 こうしたことから、米国のデータセンター事業を行っている主要10社の2000年の売上高(予想)は、前年比259%の増加になり、2001年も118%の成長が続くと予想されている。

 日本でも1999年末からデータセンター市場に参入する企業が増えており、一種のブームのようになっている。米国からはExodusの他にAboveNet CommunicationsやGlobal Crossingが進出し、日本企業もISP、通信事業者、コンピュータメーカ、システムインテグレータなどが一斉にデータセンター事業に乗り出している。供給過剰であるという声もあるが、まずは、データセンターを利用することがネットビジネスの常識であることや、一般企業でも公開用のウェブサイトはデータセンターに置いた方がより安全で合理的であることが知れ渡れば、それに見合う需要は生まれてくるのではないだろうか。


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