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「本の福袋」その12 『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』 2012年6月

 最近、山本兼一の小説にはまった。
 このコラムの第3回に書いたように、好きな作家を発見すると、その作家の作品を片っ端から読んでしまう。

 最初に読んだ山本兼一の小説は『利休にたずねよ』である。この作品は非常に完成度の高い作品で、2009年1月に第140回直木賞を受賞している。はっきりした記憶はないが、直木賞を受賞した時代小説だからという理由で購入したのかもしれない。もちろん直木賞や芥川賞の受賞作でも気に入らなければ、その作家の作品を続けて読むことはないのだが、この『利休にたずねよ』には圧倒された。
 
 それから、断続的に山本兼一の作品を手に取ることになった。

・ 安土城を作った男達の物語『火天の城』、この小説は2009年に映画化されている
・ 伝説の刀鍛冶長曽祢興里(のちの虎徹)を描いた『いっしん虎徹』
・織田信長のもとで苦労して鉄砲隊を作り上げた橋本一巴の一生を辿る『雷神の筒』
・ 信長、秀吉、家康に仕えた鷹匠の小林家次を主人公とする『白鷹伝―戦国秘録』
・徳川将軍家の刀剣管理を司る御腰物奉行の長男に生まれながら刀剣商に婿入りしてしまった光三郎を主人公とした連作短編形式の『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』
・信長暗殺というテーマに貫かれた5つの短編が収められている『弾正の鷹』、これには小説NON創刊150号記念短編時代小説賞佳作を受賞した短編小説「弾正の鷹」が含まれている。
 
 人によって好みは異なるだろうが、完成度と格調の高さを考えると山本兼一の(現時点での)代表作は『利休にたずねよ』になるのだろう。しかし、個人的には『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』をお薦めする。
 
 京都三条通にとびきり屋という道具屋を構える、真之介とゆずという若夫婦が主人公の連作短編集である。この二人、もとは由緒ある茶道具屋の娘と二番番頭で、駆け落ちをしたばかり。
 物語の舞台が幕末の京都ということもあって、歴史上に名を残している新撰組の面々や勤皇の志士たちが次から次へと登場する。
 歴史的にも動乱期なのだが、とびきり屋でも次から次へと事件が起きる。いや、事件に巻き込まれるという方が正しいだろう。それを真之介とゆずが「目利き」と「度胸」で切り抜けていく。とびきり屋の番頭、手代、丁稚も個性豊かで、それぞれ持ち味を遺憾なく発揮している。もちろん幕末の有名人も紙面の中で見得を切る。
 いわくつきの道具、ゆずのはんなりした京都弁、若夫婦の情愛、親子の関係、老舗に嫁いだ女性や芸妓の悲しみ、真之介の出自の謎、さまざまな要素が物語を複雑にし、その奥行きを深くしている。
 主人公が将来のある若い夫婦ということもあって、舞台が殺伐とした幕末の京都でありながら、楽しく読めて、読後はほんわりと暖かい気持ちになれる不思議な時代小説である。
 
 この『千両花嫁』は第139回の直木賞候補になっているのだが、その選考会で、審査員の一人、林真理子は「坂本龍馬をはじめとする幕末のヒーローたちが、次々と近くに現れるのもご都合主義の感を持つ」と評している。林真理子の批評も分からなくはないが、「事実は小説より奇なり(Truth is stranger than fiction.)」ということもあるので、「ご都合主義」なんか気にならない。幕末の京都というテーマパークに遊びに行くつもりで、是非、ご一読を。
 
 【今回取り上げた本】
山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』文春文庫、2010年11月、本体629円+税

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