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「本の福袋」その15 『さっさと不況を終わらせろ』 2012年9月

 財務省が今年4月に発表した数字によれば、平成24年度末時点の「国及び地方の長期債務残高」は940兆円に達する見込みとなっている。これは長期債務だけなので、短期債務を含めれば1000兆円を超えているだろう。平成25年度末には国の債務(長期+短期)だけで1000兆円を超えるという報道もある。
 これは日本のGDPの2倍以上という記録的な高水準である。このまま放置すれば日本の国債は暴落し、日本経済は破綻すると脅されれば、増税もやむを得ないことだと思えてくる。
 
 この「国及び地方の長期債務残高」の数字は、講演でも利用することがある。例えば、今年になって内閣府が全国各地で開催している「番号制度に関するシンポジウム」に2度ほど特別講演の講師として登壇しているが、その時に、この長期債務の数字をグラフにして示し、「日本が抱えている少子高齢化や人口減少という問題を考えると、現状の膨大な債務を未来にそのまま引き継ぐべきではない」「できるだけ早く財政健全化を進める必要があり、その重要な手段の一つが情報化による国と地方の業務の効率化・適正化である」「その情報化の基盤となるのが番号制度だ」と述べてきた。日本経済が破綻するとまでは口にしていないが、長期債務残高の数字を、電子政府構築が必要な理由、番号制度が必要な理由の一つにしてきた。
 
 しかし、『さっさと不況を終わらせろ』を読んで少し考えに変化が生まれた。もちろん番号制度が必要だという主張に変わりはない。変わったのは、長期債務残高が危機的な状況にあるという認識である。危機的な状況にあるのは国や地方の財政ではなく、日本経済そのものなのだと思うようになった。国の財政の健全化だけを考えると、日本経済は奈落の底に向かって速度を上げながら転落していく可能性が高いのではないか。国の財政の立て直しを優先すると、日本経済がますます落ち込み、「角を矯めて牛を殺す」ことになってしまう。そんなことを考えるようになった。
 
 この本は、2008年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学教授、ポール・クルーグマンが自分のブログをまとめて書籍化したものである。日本語版は2012年7月が初版発行であり、英語版はその2ヶ月前、2012年5月に出版されている。
 
 クルーグマンの主張は極めてシンプルである。現在の不況は需要不足が原因なので、景気刺激策として金融緩和策に加えて、財政支出を増やすべきだというものである。欧米の経済がリーマン・ショック以来の不況から抜け出せないでいるのは、国が思い切った不況対策を講じないからである。逆に増税や財政支出の削減を進めようとしている。これでは経済は冷え込むばかりで、いつまでたっても不況から抜け出せない。需要不足で大量の失業者を抱えている経済では、需要(つまり雇用)を作り出すことこそが重要であり、政府が公共投資を増やすことこそが不況打開の鍵だと主張する。
 もちろん財政支出を増やせば国の長期債務は増加する。しかし、クルーグマンは、思い切った財政支出によって景気が回復軌道に乗れば、健全な範囲での物価上昇も加わって名目GDPが増大し、長期債務のGDP比率は(一時的に上昇しても)中長期的には低下に向かうから、あまり気にする必要はないと述べている。
 
 この本が議論の対象としているのは米国とEUの経済であり、日本についてはほとんど触れられていない。しかし、この20年にわたる日本の不況を振り返ると、クルーグマンの主張は非常に的を射ているように思える。現在の日本の状況を考えると、すでに公共事業費は大幅に削減され、消費税の増税が進められようとしており、クルーグマンが今やるべきではないということばかりしている。これでは長い不況から自力で脱出することはできない。
 混迷する政局が不況を長引かせていることを考えると、失敗を恐れずに大胆な経済政策を打ち出せるリーダーが登場しないといつまでもこの状況が続くのかもしれない。
 
 翻訳者の山形浩生氏の日本語訳には、その独特の口語調に違和感を覚える読者もいると思うが、読みやすくて内容的にも面白いので、是非ご一読を。
ちなみに、この後ジョセフ・E・スティグリッツ著の『世界の99%を貧困にする経済』を読み始めた。
 
 
 【今回取り上げた本】
ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』早川書房、2012年7月、本体1700円+税

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