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「本の福袋」その2 『私のウォルマート商法』 2011年8月

 FORTUNEが発表している世界の大企業リスト「GLOBAL 500」のトップは、ウォルマート・ストアーズ(Wal-Mart Stores, Inc.)である。1年間の売上高は4190億ドル(2011年1月期)、1ドルを80円で計算すると約33.5兆円、トヨタ自動車(2011年3月期の売上高19.0兆円)の1.8倍、イオン(2011年2月期の売上高5.1兆円)の6.6倍である。純利益は154億ドル、米国外も含めて約9000の店舗を持ち、従業員は200万人を超えている。従業員とその家族を合わせれば、デンマークやフィンランド、もしかすると話題のリビアくらいの人口になりそうだし、売上高はそれらの国のGDPよりずっと多い。
 
 『私のウォルマート商法』は、1992年4月に多発性骨髄腫で亡くなった創業者のサム・ウォルトンが、その生涯の最後に執筆した本である。ウォルマートを取り上げた書籍は何冊もあるが、たぶんこれに優る本はない。
 自伝なので、本当に都合の悪いことは書かれていないのかもしれないが、語り口は率直で、ショッピングセンターを開発しようとして失敗した話や、1970年代半ばの起きたウォルマートの内紛もきちんと記述されているし、「私は大変なケチで、従業員に十分な給料を払っていなかった」(p.218)という懺悔のような告白まである。
 
 ウォルマートの戦略の中で最も有名なものがEDLP(Every Day Low Price)と呼ばれる戦略である。マーケティングの講義では必ず取り上げられる価格戦略である。
当時はもちろん現在でも小売店は、販売促進のために頻繁に特売を実施している。日本の食品スーパーも特売が大好きだ。我が家の近所のスーパーも先週末に「夏休みラストセール」というチラシを配っていた。たしか、日曜の目玉商品は卵10個入りパックが88円だった。
この価格戦略は「ハイロー・プライシング(high-low pricing)」と呼ばれている。チラシで特売品目をアピールすることによって買い物客を集め、消費意欲を刺激することによって売上を伸ばす戦略である。しかし、当然ながら特売期間が終了するとその商品の売上は下がるし、商品の陳列や値札の変更が必要になる。チラシや店内広告の費用もかかる。かと言って、一度特売を止めると客が来なくなってしまうのではないかという心配もあるし、他の店もやっているからという理由で特売を繰返す店が多い。
EDLPは特売をしないことによって、特売のための広告宣伝費や陳列変更コストを無くし、販売コストを下げ、その分だけ商品の価格を下げるという戦略である。特売をしないために、需要予測が簡単になり、適正在庫の維持が容易になるというメリットもある。
 
 EDLPは、販売費および一般管理費(販管費)を極力少なくするというウォルトンの経営方針に従った一つの戦略である。販管費を少なくするために「私は本部にかかる事務経費を二パーセント以内に留めようと努力した」(p.366)という話も出てくる。販管費を少なくすれば、粗利が少なくても利益が出る。売上に対する販管費の割合は、普通の小売業であれば30%前後であるのに対して、当時のウォルマートは16%程度しかない。
販管費を抑えた分だけ商品を安く売ることができる。ここにウォルマートが急成長した秘密の一つがある。利幅が少なくても大量に販売すれば、会社の利益は増える。また商品の売価が安くなれば消費者はお金を節約でき、その分だけ豊かな生活ができる。つまり薄利多売は商売繁盛の道であり、社会貢献の方法でもある。これがウォルマートの経営理念なのだ。
 
 さて、この本には、ウォルトンの幼い頃の思い出から、新聞配達などのアルバイトで学費を稼いでいた大学時代、JCペニーを1年半で辞めてバラエティストアを始めた経緯なども描かれていて自伝的な本でもある。また、ウォルマートの社員やウォルトンの知人が語るエピソードもうまく散りばめられていて、エンタテインメントとしてもお薦めできる。文庫本で400ページを超える本だが、秋の夜長にはぴったりの本だと思う。
 
【今回取り上げた本】
サム・ウォルトン『私のウォルマート商法』講談社+α文庫、987円
(原題は、”Sam Walton: Made In America”)

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