見出し画像

創造的分裂の結果を予見する--画筆による空間の組織化 エドゥアール・マネ 《鉄道》

写真はエドゥアール・マネ 《鉄道》
1873年 油彩・カンヴァス
National Gallery of Art, Washington

この作品で画面全体の構築に強く貢献しているのは、少女が持つ鉄格子だ。鉄格子は、人物の存在する空間と、鉄道と建物の空間を大きく隔てるが、鉄格子自体は描写が希薄なため、観者の意識を画面自体に向かわせ、画面の形状や物理的な大きさよりも、上下左右への拡がりを観者に感じさせる。そのため、鉄格子の存在は画面の中ではあまり際立ってはいない。

鉄道と建物の空間の区別は、人物の視線にもよっているが、それは補助的な役割である。空間を区別した上で、洋服や婦人の袖口の白と煙(鉄道)の白、ぶどうと植物の緑が、画面上、同様の距離感で描かれている。むしろ、煙(鉄道)の白と植物の緑が前に描かれているようにも見える。そのため、人物の前に拡がる空間は画面を超えて観客の眼前にまで近づく。
一方で二人の人物の存在感と画面奥の建物の雰囲気はやや軽薄とは言え充分に表現されている。ただし、婦人の全体像は向かって左端で切れてしまい、描写に反して存在を弱めているため、鉄格子とつながり、観客に画面右方向への拡がりを意識させる。

建物の場所と距離感は、画面向かって右の地面を描くべージュの不規則なグラデーションにより暗示される。その先の建物の入り口は、明るい白が配され、婦人の髪の左に配された煙の白に観客の視線を押し戻し、その間の煙の不安定さを補い、より画面の前面に空間を産み出す。

画面自体は、一見矛盾した前後関係の空間を持っているように見えるが、白、緑、ベージュなど色彩に連続性を与えることで、観客の視線を誘導し、時間的なずれを生じさせ、違和感を減じさせる。また婦人と少女も同時に見えないように、子犬、婦人の衣装の濃紺、少女の衣装のリボンなどが別々に構成され、それぞれの印象を明確にする。

画面の各部の空間は分裂を見せるが、媒体としての画面へマネの描く意識を反映しながら色彩を配し、より全体を関連づける。その結果、描画の強弱と合わさり、観者に空間の持つ力を時間的な要素によって活性化し伝え、作品の強度を高め、マネの感性と意識を観客に強く伝える。

以上は、まさに創造的な分裂であり、魅惑的な絵画の危機とも言える。その分裂がセザンヌの諸作品において、絵画の重要な課題となっていく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?