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●   変容のロードマップ
 
〇3匹のヤギのがらがらどん
プロセスワークとは、ユング心理学をベースとし、老荘思想やネイティブアメリカンの知恵、そして量子力学などを有機的に結合させて出来上がった体系です。よって、それをひとことで説明するのは難しいのですが、簡略化しすぎることを恐れずに言うと、「変容」と「対立」を扱うことに長けた心理学と定義できます。変容について、ノルウェーの昔話である「3匹のヤギのがらがらどん」を比喩に、プロセスワークの概念を解説しましょう(図1)。
 


昔々あるところに3匹のヤギが仲良く住んでいました。そばには川が流れていて、川の向こうには別の土地がありました。そして困ったことが起き始めました。自分たちの土地にある草、すなわち食べものが枯れ始めたのです。おなかがすいたヤギたちは川の向こうの土地に、美味しそうな草が沢山生えているのを見つけました。川には橋がかかっていたので、それを渡って向こう岸に行こうとすると、橋の下に隠れていたトロル(鬼)が現れて「お前たちを食ってやる!」と脅しました。ヤギたちは慌てて自分たちの土地に戻りました。その後、おなかがすいたヤギたちは、川向こうの草めがけて橋を渡ろうとし、トロルにおびえて逃げ帰るということを何度も繰り返しました。やがて、一番小さいヤギがトロルと交渉し始めました。「この後、僕よりも食べがいのある大き目のヤギが来ますから、僕は通してください。」「なるほど。であれば行ってよし」。2番目のサイズのヤギも同じ話法で通してもらいました。そして一番大きいヤギは勇気をもってトロルに体当たりし、トロルは橋から落っこちてしまいました。3匹のヤギは無事に新しい土地に引っ越して、豊かな牧草を食べて幸せに暮らしました。このお話をもとに、プロセスワークの主要なコンセプトを解説しましょう。
 
1次プロセス:おとぎ話では、もともと住んでいた場所が1次プロセスです。ここでのプロセスという言葉には、フローチャートやステップで表せるような西洋的意味はありません。老荘思想における「Tao」(無為自然)、すなわち起こるべきことが宇宙のありのままに従って自然に起きる様子を意味しています。プロセスという言葉に違和感がある方は、「1次無為自然」と読み替えても良いかもしれません。1次という言葉は、普段の、慣れ親しんだ、良く知っている、心地よいといった意味を持ちます。
 
2次プロセス:おとぎ話では、川の向こう側にある新天地が2次プロセスです。2次とは、よく知らないし、慣れていないのだけど、現れ出ようとしているといった意味を持ちます。
 
エッジ:おとぎ話では、2つの土地を隔てている川がエッジでした。1次プロセスと2次プロセスの間にある、変容を阻む壁をエッジと呼びます。エッジが作り出される要因には以下のようなものがあります。
・経験またはノウハウの不足
・今までの習慣
・思い込み
・失敗することへの怖れ
・これが正しいという信念や価値観
・文化的規範
・過去の否定的な体験やトラウマ
・起きると信じている未来の結末
 
ディスターバー:おとぎ話では、「草という食べ物が枯れてしまった」ことがディスターバーです。直訳すると「妨害するもの」であり、慣れ親しんだ1次プロセスに留まることを妨害します。妨害という言葉には否定的なニュアンスがありますが、変容が起きるための重要な促進要因です。通常の用語では「危機感」といった意味に相当します。
 
アトラクター:おとぎ話では、「川向こうの土地においしそうな草がある」ことがアトラクターです。魅惑するものという意味であり、2次プロセスへの移行、すなわち変容を促進します。
 
サイクリング:おとぎ話では、「おなかがすいたから橋をわたろう」「トロルが怖い」「元の土地に逃げ帰る」が何度も繰り返されました。このようにディスターバーに妨害され、アトラクターに魅惑されて1次プロセスから2次プロセスへと移行しようとするものの、エッジの壁に阻まれて1次プロセスへ戻ってしまうことの繰り返しが、実際によく起きます。
 
〇コーチングロードマップ
ではおとぎ話はここまでにして、この構造をコーチングの際にどう役立てるのかをお伝えします。実際のコーチング例をもとに若干の脚色を加え、短く簡略化しています(図2)。
 


佐藤専務は300人規模の自動車部品メーカーの2代目です。父親である社長が司会する中期経営計画会議が、だらだらと長くて非効率であることをコーチングの最初に述べ始めました。慣れ親しんだいつものパターン。これが1次プロセスです。
 
コーチはディスターバーが他にないかに興味をもって以下のように質問しました。「会議が長くて非効率なんですね。他に何に困っていますか?」
そこで「この会議では、A社員が些細なことで責められて、いつも矢面に立たされるのです。なんとかしてあげなくては」というディスターバーが出てきました。
 
そろそろ2次プロセスに関わる準備ができたと感じたコーチは質問を移行させます。「ではこれからどうしましょうか?」。クライアントは「うーん。やっぱり僕が司会をするしかないですね。」と回答します。
 
良く知らないし、慣れていない2次プロセスを少し味わってもらおうという意図でコーチが質問します。「佐藤専務が司会するその会議はどんな風に進みそうですか?」。それに対して彼は「うん。僕が司会をすれば、ずっと効率的で実りがあるものになるイメージがわいてきました。」と答えます。
 
コーチは背中を押してみます。「じゃあ、次回は佐藤専務が司会をするのですね」。するとクライアントはものの見事にエッジに突き当たりました。「いやあ。僕は製造担当なので、この会議を司会する人じゃないです。」
 
1次プロセスに戻った彼は、「今の会議ではだめだ」→「俺が司会をするんだ」→「そんなことをしてはダメだ」のサイクリングに入りました。コーチは、「サイクリングしている」ということを認識します。サイクリングそのものが悪というわけではありません。
 
この後は多少簡略化して言うと2つのコーチングアプローチがあります。1つ目はエッジを丁寧に扱うことです。サイクリングの中で、なぜご本人が司会をしてはいけないかの理由を次々と洗い出してゆきます。例えば2回目のサイクリングでは「自分がしゃしゃり出て、うまく行ってしまったら、社長の顔がつぶれる」が出てきました。これらのエッジを丁寧にあついかい、それはもしかしたら思い込みに過ぎないのか、あるいは過去に大事な価値観であったが今不要になっているものなのか、といったことをコーチとクライアントが共に探求します。
 
もう1つのアプローチはエッジのトンネルを潜り抜けて一挙に2次プロセスに行ってしまい、アトラクターを十分に味わってもらうというものです。リアルで行う場合は、実際に場所を数メートル移動したり、現在と未来の境界として設定したテープなどを超えることが重要です。そして例えば、5年後に父親の後をついで社長ポジションにいるご自身や、社長としてのやりがいなどをありありと感じてもらいます。「何が見えますか?」「社長の椅子に座った感じは?」「誰と一緒にいますか?」といった質問で、頭で考えるのではなく、心で感じてもらいます。
 
そしてその2次プロセスの場所から、1次プロセスとエッジの間をサイクリングしているご自身にアドバイスを投げかけてもらうようにコーチが誘導します。「佐藤君。みんなが、社長を含めたみんなが、君がその会議の司会役をすることを待っているよ。来週からやりなよ!」といった具合です。そして現実に戻った佐藤専務に、未来の自分からもらったアドバイスへの感想を聞きます。多くの場合、クライアントにはエッジを超えて2次プロセスへと移行(変容)する覚悟が醸成されています。
 
●   対立を扱うロールスイッチ
 
〇エンプティーチェアー
 
プロセスワークのもう1つの特徴である「対立を扱う」という話題に入ってゆきましょう。ここで言う対立は、険悪な関係はもちろんのこと、良好な関係性が最近崩れてきているといった違和感程度のものまで幅広い状況を意味します。
 
プロセスワークコーチングで対立を扱う1つのパターンとして、まずはエンプティーチェアーについてお伝えします(図3)。
 


クライアントはAさんであり、Bさんとの関係に違和感を感じたり、問題をかかえています。椅子を2つ向かい合わせに並べ、片方をAさんの椅子、もう片方をBさんの椅子にします。Bさんは実際にはそこにはいませんので、コーチングの開始時点ではBさんの椅子は空っぽ(エンプティー)です。Aさんの斜め後ろに立ったコーチがAさんに声をかけます。
 
コーチ「真向いの椅子にBさんが座っておられます。言いたいこと、いろいろ直接伝えてみてください。」
 
よくあるのは、「Bさんって相手の状況を考えずにいろいろ頼みごとをしてくる人なんです」と客観的描写をコーチにすることです。コーチは修正をかけます。
 
コーチ「私に説明するのではなく、真向いにBさんがいると思って、その人に話しかけてください。」
 
Aさん「あのね、Bさん。あなたがいろいろ頼み事をしてこられるのを別に拒否するつもりはないのよ。でもね、私がどれぐらい他の仕事に追われているのか、それに気を配ってくれても良いんじゃないの?」
 
このようにしてステップ1がうまく行き始めました。クライアントには頭で考えるのではなく、心で感じてもらうことが重要です。しかし、それを直接伝えて「心で感じてください」というアプローチが有効でない場合もあります。むしろ「言いたいこと、全部伝えてください。まだ他にあるんじゃないですか?」「困ってること全部、ここで言ってしまいましょうよ」と。クライアントは徐々にエスカレートしてくることでしょう。それで良いし、それが良いのです。実際にはそこにBさんはいませんので、どんな罵詈雑言が出てきたとしても、Bさんが傷つく心配はありません。ミンデルの言葉を借りると「薪を燃やし尽くす」ことがこのステップでの重要ポイントです。言い方を変えると、Aさんがたまっていたことを全部言って、すっきりすることがステップ1の目標です。
 
頃合いを見てステップ2へと入ります。Aさんに今度はBさんの椅子に座るように促し、「Bさんになってみましょう。さきほどAさんの言い分を聞いておられたと思いますので、返事をしてあげてください」と、Bさんにロールスイッチしてもらいます。コーチは斜め後ろに立ちつつ、クライアントに寄り添います。
 
ここでよくあるのは、「Bさんだったら、こう返事すると思います」と、客観的にコーチに説明し始めることです。コーチは修正をかけます。
 
コーチ「私に説明するのではなく、真向いにAさんがいると思って、Bさんになりきってその人に話しかけてください。」
 
Bさんロールをしっかりとってもらうためには、下記のようなシンプルなやり取りが有効です。
コーチ「あなたは誰ですか?」
クライアント「私はBです」
 
また、普段相手に対して呼び合っている言い方そのものを持ち込むことも大事です。あるいはBさんが関西人なら、関西弁で語るといったことも本人になりきるコツでしょう。
 
Bさんロールを取ったAさんが、空っぽの椅子のAさんに話しかけます。
「あのねAさん。私のこと、本音では仲間だと思ってないでしょう。私はあなたの仲間になりたいの。仲間だったら、たとえ他の仕事が忙しくても、助けてくれるんじゃないの?」
 
この瞬間の出来事はエンプティーチェアーをクライアント体験した人にしかわからないのですが、文章で表現する努力をしてみます。たとえて言うと、目からうろこが数十枚ボロボロっと音を立てて落ちてゆく感じ。今まで200%正当・正義と思っていた自分が、「なんてヒドイやつだ!」と心の底から感じられる体験です。あるいは、Bさんの立場が非常に辛いものであることを実感したりします。Bさんの椅子に座ったからといって新しい情報が得られるわけではありません。ステップ1で薪をしっかり燃やし尽くしたことと、Bさんの椅子という場所が持つパワーにより、心によるタガがはずれて、全体の状況がどどっと流れ込んで来ます。それを素直な心で受け止められるので、この劇的体験が起きるともいえるでしょう(図4)。
 


ステップ2が完了したとコーチが感じたら、ステップ3に入ります。Aさんの椅子に戻り、Aさん自身に戻ります。そしてコーチは以下のように声掛けします。
 
コーチ「Bさんがさきほどおっしゃっていたことに、返事をしてあげることができますか?」
 
ステップ1とステップ2が順調に行っていれば、ステップ3では劇的な雪解けが訪れることも少なくありません。
 
「過去と他人は変えることができないが、未来と自分は変えられる」という金言が、この瞬間のクライアントには強く響くことでしょう。深いレベルでの変容が起きているため、浅いレベルでの行動計画を立てることがなくても、自然に今までとは違う振る舞いをBさんに対してできるようになります。また、これは不思議なのですが、Bさんに対して一言も発する前に、「いつも迷惑をかけていてごめんね」といった言葉がBさんから発せられることも珍しくない実体験として起きます。このことをミンデルは量子力学の理論から「非局所性(この宇宙における現象が、離れた場所にあっても相互に絡み合い、影響し合っているという性質)」と呼んでいます。
 
ちなみにエンプティーチェアーはオンラインでのコーチングにおいても、画面の左右に椅子を動かしてもらったりすることで、問題なく成立します。
 
〇エンプティーチェアー以外のアプローチ
 
エンプティーチェアー以外にロールスイッチをするやり方として、コーチがなんらかのロールをとることも可能です。その場合には、事前にBさんがどんな人なのかを、その人ロールを演じるための情報として聞いておくと良いでしょう。
 
ステップ1:AさんがAさんロール:コーチがBさんロール
ステップ2:AさんがBさんロール:コーチがAさんロール(ロールスイッチ)
ステップ3:AさんがAさんロール:コーチがBさんロールに戻る
 
また、上記のような大技を使わなくても、「Bさんは、そのことにどう感じているのでしょうね?」とBさんの感情に関する質問をすることも、ある程度のロールスイッチの効果を持ちます。
 
●   6つのチャンネルから来るシグナルに気づき、増幅する
 
クライアントに、「頭で考える」モードから「心で感じる」モードに入ってもらうことが、コーチングの成功に極めて重要です。現れ出ようとしている2次プロセスを、心で感じてもらうことができれば、変容を阻む見えない壁であるエッジを超えることが容易になります。
 
クライアントに「心で感じてください」とお願いすることは、あまり効果的とは言えません。ではどうすれば良いのでしょうか。その答えが、「6つのチャンネルから来るシグナルを増幅する」です(図5)。
 


①   視覚チャンネル
クライアントが斜め上を見上げる様子をしたときに「何かが見えていますか?」という質問を投げかけることで、本人も気づかなかった何かがはっきりと見え始めることがあります。また「責任感」といった抽象概念を「モノに例えるとどんな感じですか?」と聞いたりもします。「大きくて、冷蔵庫みたいに四角くて真っ黒」といった返事が返ってきたとしたら、クライアントは視覚チャンネルから情報(シグナル)を得ています。
 
②   聴覚チャンネル
「『またお前は失敗したのか!』と自分に言われている感じがします。」といったように、内なる批判者の声を語るクライアントは珍しくありません。この場合のクライアントは聴覚チャンネルからシグナルを得ています。営業部門という場面を想像しようとするクライアントに「その場にいると、どんな音が聞こえますか?」と問いかけると「電話の音が鳴り響いています」といった聴覚チャンネルからのシグナルを答えてくれ、それが深い意味へと展開してゆく場合もあります。
 
③   身体感覚チャンネル
コーチが「それを聞いてどんな感じがしましたか?」と質問し、「心臓がバクバクした感じです」といった返事が返ってきたら、クライアントは身体感覚チャンネルからシグナルを得ています。また、視覚チャンネルから「冷蔵庫みたいに四角くて真っ黒」といったイメージを得ているクライアントに、「それに触ってみてください。どんな感じですか?」とチャンネルを意図的に変える質問をすることもできます。その場合「本当に冷蔵庫みたいです。冷たくて、すごく固い感じがします。」といった身体感覚が得られ、そこからクライアントの体験が深まる場合もあります。
 
様々なチャンネルからのシグナルをクライアントと共に探求することは、魚がいるかもしれない場所に釣り糸を垂らしてみる試みに似ています。例えば聴覚チャンネルに関する質問をしてみて何も得られなかった(コーチングが深まらなかった)としても落胆する必要はありません。そこには魚がいなかっただけです。また別の場所に移動して釣り糸を垂らし、クライアントに別のチャンネルから来る別のシグナルに関心を向けてもらえば良いだけのことです。
 
④   動作チャンネル
コーチングの際にメモをとることに熱心なコーチがおられます。それは間違いではないのですが、ノートを見ている時間が長いと、コーチングのための貴重なリソースである動作チャンネルから来るシグナルを見逃してしまうかもしれません。例えば、クライアントが手をゆらゆらと揺らし始めたことに気づいたとします。多くの場合、自分が手を揺らしていることをクライアントは自覚していません。「さきほどから手をゆらゆらと、こんな風に揺らしておられますね。」とまず確認します。増幅する場合には、「もっと大げさにゆらゆらと動かすことができますか」とリクエストします。そして「そうやっているとどんな感じがしますか?」、「この動きって、何なんでしょうか?」、「この動きに名前を付けることができますか」などと質問します。一例をあげると「ああ。この動きは『柔軟くん』です。僕に、『もっとフレキシブルに対応したら?』となげかけています。」といった返事が返ってくるでしょう。
 
⑤   関係性チャンネル
たとえば、クライアントが自組織の風土改革をテーマとしている場合に、特定の人物についてのコメントが繰り返し出てくる場合があります。そのときは、クライアントとその人物の関係性に関するシグナルが発せられています。あるいはオーナー社長のクライアントと事業の成功を目的としたコーチングをしているとする。「また嫁とごたごたして、5分遅れてしまってすみません。」といった場合、奥さんとの関係性のチャンネルに着目してワークすることもできます。結果として、彼と従業員の関係性へと話題が発展し、それが本来のコーチング目的(事業の成功)に大きく寄与する場合などもあります。
 
⑥   世界チャンネル
お母さんでもあり、ビジネスパーソンでもある女性がその両立が困難なことをテーマにコーチングを受けていたとします。突然窓の外から子供の泣き声が聞こえてきました。これは世界チャンネルからのシグナルです。急な停電、救急車が近くを通った、ベランダに鳥が来て鳴いたなど、それに気づいて注意を向けると、コーチングのテーマと深く関係していることが意外と多いものです。「せっかく小鳥が来てくれたので、小鳥になってみませんか?どんな感じがしますか。小鳥はどんなアドバイスをしたくなっていますか?」といった具合に世界チャンネルから来たシグナルを増幅することもできます。
 
●   いったん深く潜った後に、現実に浮上する
 
プロセスワークコーチングのもう1つの特徴に、「いったん深く潜った後に、現実に浮上する」ことがあります。実は今まで「頭で考える」「心で感じる」とご説明してきた事柄には、プロセスワークの理論があり、専門用語もあります。まずはそれを解説します(図6)。
 


プロセスワークでは、現実には3つのレベルがあると考えます。まずは「A課長が部長に昇進した」といった、誰もが合意できる現実があり、コンセンサス・リアリティ(CR)と呼ばれます。今まで「頭で考える」と呼んできた部分に相当します。
 
次に他の人には理解されにくい、その人の心の中のつぶやきという現実があり、ドリームランド(DL)と呼ばれます。プロセスワークは、夢分析を重視するユング心理学をベースにしているため、ドリームという言葉が使われていますが、今まで「心で感じる」と呼んできた部分に相当します。
 
そして、プチ悟りとも呼べる現実がさらに深い部分にあり、それをエッセンス(E)と呼びます。エッセンスにおいては、黒と白、陰と陽といった対立は存在しません。第1章で「俺たちは営業でも、製造でもない。俺たちは鈴木産業だ!」という場面をご紹介しましたが、実はこの瞬間に今まで争ってきた人たちはエッセンスという現実に触れているわけです。エッセンスのレベルの現実に触れた時、我々は大いなるものと合一した感じを覚えます。
 
さて、ここからがコーチングと3つの現実レベルとの関係です。当然のことながら、コーチングの最初は通用の意味での「現実」(CR)について質問し、クライアントに語ってもらうところから始まります。「何が課題ですか?」「誰が関わっていますか?」といった質問をします。「問題解決コーチング」と仮に名付けたコーチングでは、最初から最後まで、CRに留まります。例えば「何が原因でしょうか」と原因を特定し、「解決方法を思いつきますか?」「いつまでに何をしますか?」とアクションへといざないます。
 
プロセスワークコーチングも最初はCRレベルの会話から始まりますが、その後必ずDLへ入ります。そのためには「どんな感じがしましたか?」といったシンプルな質問も大事ですし、前述した6つのチャンネルから来るシグナルが役立ちます。これらのシグナルはドリームランド(DL)に入るための入り口という意味で「ドリームドア」と呼ばれます。そして、場合によってはプチ悟り状態のエッセンスのレベルを体験します。これがコーチングではなく、プロセスワークでの「ワーク」であればドリームランドに入ったり、エッセンスに触れることが重要なので、ここでセッションが終わっても問題ありません。しかし、プロセスワークコーチングでは、必ずCRのレベルに再浮上します。例えば、こんな質問をします。「『俺たちは営業でも、製造でもない。俺たちは鈴木産業だ!』には私も感動を覚えました。そして、具体的に何をすることが『俺たちは鈴木産業だ!』なのでしょうか?」。その後、いつまでに何を実行するのかの行動プランをクライアントと一緒に探求してゆくのです。
 
●   ミンデルの伝説的エピソード:脳腫瘍の少年とのワーク
 
この章の最後にミンデルの伝説的エピソード、脳腫瘍の少年とのワークをご紹介します。ミンデル本人は、これをプロセスワークコーチングだと思って実施したわけではありませんが、振り返ってみると、その要素がふんだんに散りばめられた実例です。
 


治癒が困難な脳腫瘍に苦しめられていた少年が、何らかのご縁でミンデルのところにやってきました。まず脳腫瘍は合意できる現実レベル(CR)の存在です。脳腫瘍のせいで頭痛を覚えた少年にミンデルは「どんな風に痛いの?」と尋ねました。少年は「ハンマーで殴られているみたいだ」と自分の膝を叩きながら答えました。動作チャンネルからのシグナルです。前述したロールスイッチは、実は人間に対してだけでなく、モノに対しても有効です。少年にハンマーになってもらい(ローススイッチ)、自分の膝をミンデルと一緒に数分叩き続けました(シグナルの増幅)。そしてドリームランドに入った少年は「ハンマーは、『宿題をしろ!勉強しろ!テレビをみる時間を減らせ』といっている」と言い出しました。ミンデルは少年の1次プロセスであるテレビをみてさぼっている役をひきうけ「宿題はいやだ!」と反論し、少年本人は現れ出ようとする2次プロセスのロールをとって、「規律正しくしないとダメだ!」と言い返しました。やがて1次プロセスロールのミンデルと、2次プロセスロールの少年は平和条約を結び、少しテレビをみてから宿題に戻ることを約束しました。そこに1次プロセスの味方が関係性チャンネルから現れ出ます。少年のお母さんです。彼女は「痛いのだったら勉強どころじゃないわよ!」と少年の怠惰な部分(1次プロセス)の味方をします。その母親を少年とミンデルはふざけながら「僕はもっと自分を律したいんだ!」とハンマーで追っかけまわし、少年の2次プロセスへの変容が完遂されました。そして、驚いたことに後日腫瘍は消えたのでした。
 
このエピソードに、1次プロセスと2次プロセス、ロールのスイッチ、6つのチャンネルから来るシグナルを増幅してドリームランドに入る(ドリームドア)、動作チャンネル、関係性チャンネルの要素が含まれていることに気づかれることと思います。








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