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2020/4/21(うたの日366)

少女ゐし移動遊園地のあとにほほづきひとつ転べるものを/濱田和樹 

(2019/10/5「転」)


単語の扱い方が好きで、「少女」「移動遊園地」「ほほづき」が並んでいて、個人的に大好物な歌です。なんとなくノスタルジックな雰囲気があり…でも、日本にそんなに移動遊園地って浸透していないような気がするのに(軽く検索するとやはりほとんど海外のものがヒットする)、この感じが出るのはおそらく「ほほづき」が出て来るからかと思われる。浅草のほおずき市が思い浮かび、そこから浅草の花やしきへとイメージが繋がるからかもしれない。もっとも、花やしきは移動遊園地ではないので、既存のイメージを生かしつつ、ノスタルジーな架空の場所を出現させていて、上手い。
また、風景描写の綺麗さでさっと読ませつつ「ものを」で終わるのもいいな、と思う。「ものを」は詠嘆だから「少女がいた移動遊園地の跡地はほおずきが転がっているのになあ」という感じか。…つまり、移動遊園地があったからほおずきが転がっているんじゃなくて、そこにセットで少女がいたからこそほおずきが転がっている、この因果関係が面白くて詩があると思う。
「ほほづき」は「鬼灯」とも書くし、そこにいた少女がこの世のものじゃなかったような印象もある。また、ほおずきは初秋を季語にする植物で、ほおずきは終わってしまった夏だとか、夏を過ぎて少女が大人になってしまったからだとかも考えられる。想像の余地を多く残した作りになっていて、いいなと思う。

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