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2020/1/28(うたの日366)

君がまた世界を滑り落ちるとき僕に引っかかるためのくるぶし/度会

(2018/7/17「好きな骨」)


上の句のフレーズがめちゃくちゃかっこいい上に、下の句と合わさって独特の理屈になっている。
くるぶしは足首のところで少し出っ張った骨だけれども、それは引っかかるというには少し心もとないくらいの出っ張り方である。ここに引っかかれるかな、とも思ってしまうのだけど、初句の「君がまた」がすごくストーリーを広げてくれている。
「君」はもう何度も世界を滑り落ちていて、その進化の過程でくるぶしが出っ張るようになった。つまり、それ以前はくるぶしはこんなに出っ張っていなくてもっとフラットな状態だったということだろう。「君」は「僕」に何度も出会っていて、そのたびに世界を滑り落ちているのだけれど、その過程でだんだんとくるぶしが出っ張るようになってきた。…このふたりは生まれ変わっても、何度も出会ってしまう運命の恋人なのだろうか。でも、くるぶしがこのくらいの出っ張り方をしているのは「君」だけではなくて人類すべてである。…とすると、この「僕」と「君」はアダムとイブのように、すべての人類の始祖のような印象にもなる。
この「君」がとうとう世界から滑り落ちなかったので、今わたしたちがここにいることができる。…一読してもかっこいいし、すごく壮大な歌でとても好きな歌。



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